弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

残業代請求-検証実験による労働時間の反証活動が否定された例

1.労働時間であることの反証活動

 残業代請求訴訟をしていると、使用者側から、

「もっと短い時間で作業を終えられたはずなのに、これほど長く働き続けているのはおかしい。」

といった形で労働時間に関する主張に反論されることがあります。

 そうした反論の根拠として、折に触れて登場するのが、使用者側が独自に行った検証実験結果です。タイムカードなどの客観的証拠に乏しい事件では、時間外労働を行っていたことを主張・立証するため、労働者側で、時間外にどのような業務を行っていたのかを具体的に特定・主張しなければならないことも少なくありません。こうした場合に、労働者側から特定された作業が使用者側で再現実験され、その結果が労働時間性の反証として出てくることがあります。

 昨日ご紹介した東京地判令2.3.23労働判例ジャーナル104-48 ドリームスタイラー事件は、こうした検証結果による反証を排斥している点にも注目されます。

2.ドリームスタイラー事件

 本件で被告になったのは、飲食店及び各種店舗の企画、開発、工事、経営等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、被告が運営していたカフェ兼レストラン「ルーシーズ」で働いていた方です。妊娠が判明した後、

「月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば、正社員としての雇用を継続することはできない」

と告げられたことが実質的な解雇であるとして、退職後、地位確認等を求めるとともに、未払いの残業代の支払いを求める訴えを提起しました。

 原告は、始業時刻(午前7時)以前から早出残業せざるを得なかったとして、具体的な業務内容を特定したうえ、午前6時頃から出勤する必要があったと主張しました。

 これに対し、被告は、始業時に必要な業務内容は1人で作業しても30分程度で終わる作業量であったとして、検証結果を証拠として提出したうえ、午前6時ころから稼働していたとの原告の主張を争いました。

 裁判所は、この論点について、次のとおり判示し、早出残業の必要性を一部認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、別紙『時間計算書〔1〕』の『始業時刻』欄記載のとおり、シフト上の出勤時間である午前7時より相当前の時間に出勤することが多かったところ、その理由として、開店準備をする必要があったほか、ルーシーズが慢性的な人員不足の状態にあったため、朝のカフェ営業の人員が足りない時には開店前に売上日報の作成を完了しておく必要があったり、シフトに入っていたアルバイト従業員が当日になって出勤しないといった不測の事態に備える必要があったりした旨を供述する。」

「これに対し、被告は、原告が主張する始業時に必要な業務の内容を概ね認めつつも、現在の従業員による検証結果・・・を基に、1人で作業しても30分程度で終わる作業量である旨等を指摘する。しかし、被告による検証結果は、所要時間を意識しつつ作業すれば物理的に同程度の時間で作業することが可能であることを示すにとどまり、実際の作業時間と必ずしも一致するものとはいえない。さらに、アルバイト従業員2名が午前7時15分に出勤したとしても、着替えをして実際に店舗に出てくるのは午前7時30分頃になるというのであり・・・、原告の後任の朝番の責任者であるP8氏も、日によって異なるものの、概ね午前6時30分から午前6時50分までの間に出勤していたこと(乙1、7、原告本人)や、P6店長も、原告に対し、他の従業員と同様に必要な時間の10分ないし15分前に出勤してもらえれば足りると伝えた旨を証言していることからしても、シフト上の出勤時間である午前7時より前に出勤する必要があったものと認められる。」

「そして、P6店長は、上記のとおり、原告に対し、他の従業員と同様に必要な時間の10分ないし15分前に出勤してもらえれば足りると伝えた旨を証言するものの、その時期は明らかではなく、原告も、P6店長から、無理をしすぎない程度に出勤してほしいと伝えられた旨を供述するにとどまるものである。さらに、証拠(甲15、原告本人)によれば、実際にシフトに入っていたアルバイト従業員が当日になって出勤しなかった日があり、開店時間に開店することができなかったことについてクライアントに謝罪したこともあったことが認められ、被告にとっても、正社員である原告が不測の事態に備えて早く出勤することにはメリットがあったといえることからすると、被告が、原告に対し、具体的な出勤時間についてどこまで強く指示していたのか疑問があるといわざるを得ない。」

「これらの事情によれば、原告が朝番に変更になった当初の時期(平成29年8月下旬頃から同年10月頃まで)に出勤していた時間帯であり、かつ、後任の朝番の責任者であるP8氏の出勤時間とも概ね一致する午前6時30分(実際の開店時間の1時間15分前)以降の勤務については、被告の黙示の指示に基づくものとして、労働時間に当たると認めるのが相当である(他方で、上記のとおり30分程度で終わるといえるかはともかく、始業時に必要な業務の量には限りがあることや、実際に不測の事態がどれほどの頻度で生じていたのかは明らかでなく、原告の上記供述を前提としても、P6店長も原告が余りに早い時間に出勤することまでは許容していなかったといえることからすると、午前6時30分より前の勤務についてまで、被告の黙示の指示に基づくものと認めることはできない。)。」

3.検証実験結果は嫌な証拠ではあるが・・・

 検証実験結果は印象が鮮烈であるため労働者側にとって嫌な証拠ではありますが、それで直ちに勝負が決まるという証拠ではありません。裁判所が指摘するとおり、「検証結果は、所要時間を意識しつつ作業すれば物理的に同程度の時間で作業することが可能であることを示すにとどま」るものでしかなく「実際の作業時間と必ずしも一致するものとはいえ」ないからです。

 他の周辺的な事情から立証を積み重ねることにより、反駁できることもあるため、検証実験結果が出されたとしても、悲観的になることなく、地道に主張・立証を補充して行くことが重要です。