弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

マタハラ-妊娠中、労働能率の低下を理由に雇用形態の変更を打診されても、早まったらダメ

1.妊娠を理由とする雇用形態の変更の強要はダメ

 男女雇用機会均等法9条3項は、

「事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」

と規定しています。

 そして、この

「妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるもの」

には、

妊娠又は出産に起因する症状により労務の提供ができないこと若しくはできなかつたこと又は労働能率が低下したこと。

も含まれます(男女雇用機会均等法施行規則2条の2第9号参照)。

 妊娠又は出産に起因する症状というのは、分かりやすく言うと、つわり、妊娠悪阻、切迫流産、出産後の回復不全等を意味します(労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針 平成18年厚生労働省告示第614号 最終改正:平成27年厚生労働省告示458号)。

 また、

「解雇その他不利益な取扱い」

には、

「退職又は正社員をパートタイム労働者等の非正規社員とするような労働契約内容の変更の強要を行うこと。」

も含まれると理解されています(同指針)。

 つまり、妊娠による「つわり」などが原因である場合、労働能率が低下したとしても、正社員である労働者は、契約社員やアルバイトになるように強要されることはありません。

 この点は、育児休業からの復職の場面とは様相を異にします。少し前に話題を呼んだ東京高判令元.11.28労働判例1215-5 ジャパンビジネスラボ事件は、語学スクールの正社員を育児休業明けに契約社員することの適否が問題になった事案において、

「子を預ける保育園が確保できる見込みがないまま、週5日勤務の正社員のコーチとして復職すれば、時間短縮措置を講じたとしても、コーチとしてクラスを担当すること自体が困難になったり、クラスを担当してもその運営に大きな支障が生じたりし、あるいは欠勤を繰り返すなどして自己都合による退職を余儀なくされるか、勤務成績が不良で就業に適さないとして解雇されるか(就業規則34条1項2号)、さらには出勤常ならず改善の見込みがないものとして懲戒解雇される(就業規則31条2号)おそれがあるなどの状況にあった」

ことなどを指摘し、このような取扱いに違法性はないと判示しました。

 しかし、妊娠によ場合、「つわり」などが原因で労働能率が低下したとしても、解雇されることが有り得ないため、妊娠中の正社員労働者が自由な意思に基づいて契約社員やアルバイトへの契約形態の変更に同意することは殆ど想定できません。妊娠中の正社員労働者の場合、契約社員やアルバイトへの契約形態の変更が「強要」と言える範囲は育休からの復職の場面以上に広範であり、契約形態の変更が許容される場面は決して多くありません。

 このように妊娠中の労働者の立場が法で強く保護されていることは、より広く知られて良いように思います。というのも、こうした基本的な知識の欠如が労働契約上の地位の喪失に繋がったと思われる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていたからです。東京地判令2.3.23労働判例ジャーナル104-48 ドリームスタイラー事件です。

2.ドリームスタイラー事件

 本件で被告になったのは、飲食店及び各種店舗の企画、開発、工事、経営等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、被告が運営していたカフェ兼レストラン「ルーシーズ」で働いていた方です。妊娠が判明した後、

「月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば、正社員としての雇用を継続することはできない」

と告げられたことが実質的な解雇であるとして、退職後に被告を相手取って地位確認等を求める訴訟を提起しました。

 これに対し、被告は、上記言動を否認し、原告は自己都合退職したにすぎないと反論しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、地位確認に係る原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

被告が原告に対して月220時間の勤務時間を守ることができないのであれば正社員としての雇用を継続することができない旨を伝えていたと認めることはできず、したがって、原告において、月220時間勤務を約束することができなかったため、退職を決断せざるを得なくなったという事情があったということはできない。

「また、上記・・・のとおり、被告は、原告の妊娠が判明した後、原告の体調を気遣い、原告の通院や体調不良による遅刻、早退及び欠勤を全て承認するとともに、ルーシーズにおいて午前10時から午後4時又は午後5時まで勤務したいという原告の希望には直ちに応じることができなかった(本件各証拠によっても、被告において当該希望に応じることが容易であったといった事情を認めることはできない。)ものの、原告に対し、従前の勤務より業務量及び勤務時間の両面において相当に負担が軽減される本件提案内容のとおりの勤務を提案していたものであり、これらの被告の対応が労働基準法第65条第3項等に反し、違法であるということはできない。」

「さらに、上記のとおりの本件提案内容を提案するに至った経緯や、本件提案内容においても、原告の体調次第では人員が足りている午後3時までは連絡すれば出勤しなくてもよいとの柔軟な対応がされていたことからすると、本件提案内容自体、今後の状況の変化に関わらず一切の変更の余地のない最終的かつ確定的なものではなく、被告は、平成30年4月3日及び同月4日の時点においても、今後の原告の勤務について、原告の体調や被告の人員体制等を踏まえた調整を続けていく意向を有していたことがうかがわれる(原告は、被告において高い評価を受けており・・・、原告とP6店長及びP7部長との間のLINEメールによるやり取り・・・からも、P6店長やP7部長から厚い信頼を得ていたことがうかがわれ、被告において、原告が退職せざるを得ない方向で話が進んでいくことを望んでいたと認めることもできない。)。」

「なお、P6店長は、同月3日、原告に対し、自分の好きな場所で好きな時間帯に働きたいというのであれば、アルバイト従業員の働き方と同じであり、原告の希望次第では契約社員やアルバイトへの雇用形態の変更を検討することも可能である旨を伝えていた・・・ものの、上記の被告の対応を踏まえれば、一つの選択肢を示したに過ぎないことは明らかであり、このことをもって、雇用形態の変更を強いたということはできない。

「これらの事情によれば、原告の退職が実質的にみて被告による解雇に該当すると認めることはできない。」

3.解雇にしても雇用形態の変更の強要も無理なのだから辞める必要はなかった

 原告の方は、被告会社との面談の後、母親に対し、

「勤務時間などについてこのままの体制なら、正社員として雇えない。と会社から言われました。」

「現段階で労働基準法を破って、1ヶ月220時間が基本。と言ってる会社です。それなのに、時短で働きたいと言ってる人に、措置を講じれないというのは、どうゆうことなのか。」

などと書かれたLINEを送っていました。

 本件では、その後、原告の方が、被告会社のP7部長と面会し、

「このままの環境であれば勤務を続けていくのが難しく、精神的にも辛いため、同月一杯で被告を退職する旨を伝えると共に、有給休暇の残日数を消化したい旨の希望を伝えた。」

という経過が辿られていました。

 裁判所の事実認定上、被告会社は、

「勤務時間などについてこのままの体制なら、正社員として雇えない。」

などとは言っていなかったとされています。

 しかし、仮に、こうした言動があったとしても、冒頭で述べたとおり、妊娠が関係する場合、労働能率の低下すら解雇や契約形態の変更の正当化する理由にならないため、自主的に退職する必要は全くありませんでした。

 妊娠中の労働者には強力な保護が与えられているため、契約形態の変更等を打診された時には、早まった判断をすることなく、取り敢えず、その足で弁護士に対応を相談してみることをお勧めします。

 早い段階から弁護士の助言を受けておけば、意に反して正社員としての立場が奪われてしまう場面は、極めて限定的になるだろうと思います。