1.違法無効な解雇後の賃金請求と就労意思(労務提供の意思)
解雇されても、それが裁判所で違法無効であると判断された場合、労働者は解雇時に遡って賃金の請求をすることができます。いわゆるバックペイの請求です。
バックペイの請求ができるのは、民法536条2項本文が、
「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」
と規定しているからです。
違法無効な解雇(債権者の責めに帰すべき事由)によって、労働者が労務提供義務を履行することができなくなったとき、使用者(労務の提供を受ける権利のある側)は賃金支払義務の履行を拒むことができないという理屈です。
しかし、解雇が違法無効であれば、常にバックペイを請求できるかというと、残念ながら、そのようには理解されているわけではありません。バックペイを請求するためには、あくまでも労務の提供ができなくなったことが、違法無効な解雇に「よって」(起因して)いるという関係性が必要になります。例えば、何等かの理由によって違法無効な解雇とは無関係に就労意思を喪失してしまったような場合、就労意思喪失時以降のバックペイの請求は棄却されることになります。
就労意思との関係ではしばしば他社就労が問題になります。他社で就労を開始した以上、元々の会社での就労意思は既に失われてしまっているのではないかというようにです。
近時公刊された判例集にも、他社就労により就労意思の喪失が問題になった裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令4.11.16労働判例ジャーナル138-42 大央事件です。
2.大央事件
本件で被告になったのは、不動産取引業の企画等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で、期間の定めのない労働契約を締結し、C店(本件店舗)で働いていた方です。
年末年始の出勤日を尋ねたところ「どうしても出ろというなら辞めます」と退職を申し出られたとして、被告は令和2年12月29日付けで原告の退職処理を行いました。
これに対し、退職の申出をしていないとして、原告が、被告を相手取り、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
本件では合意退職の効力のほか、他社就労による就労意思喪失の有無が問題になりました。
裁判所は、合意退職の成立を否定し、次のとおり、就労意思を喪失したとは認められないと判示しました。
(裁判所の認定した前提事実)
「原告は、令和3年2月1日、株式会社アイエー住宅販売に就職した。原告は、同社から、同年3月以降、毎月15万3808円(原告の月の平均賃金・・・38万4520円・・・の4割に相当する金額。)以上の賃金を受領している・・・。」
(当事者の主張)
・被告の主張
被告は、令和3年2月1日、株式会社アイエー住宅販売に就職した時点で、就労の意思を喪失した。
・原告の主張
争う。
(裁判所の判断)
「原告は、令和3年2月1日、株式会社アイエー住宅販売に就職したことが認められるところ、証拠によれば、原告はすぐに被告に復職できる見込みがあったわけではなく、家族がいるため収入のない状態のままでいるわけにはいかないことから、同社に就職したことが認められる・・・。したがって、原告は、被告において就労する意思を喪失したとは認められない。」
3.特に労働条件の比較が行われていない
他社就労による就労意思の喪失の有無が問題になる場合、解雇された元々の就労先と新たな就労先との労働条件の比較が行われることが少なくありません。例えば、元々の就労先よりも高い賃金で正社員の職を得るなどしてしまうと、就労意思が否定される可能性が生じてきます。
しかし、本件では、そうした労働条件の比較が行われているようには見えません。前提事実のところで、元々の勤務先の賃金の4割以上の賃金を受領していると、損益相殺に必要な限度で判断をしているだけです。
そのうえで、
「原告はすぐに被告に復職できる見込みがあったわけではなく、家族がいるため収入のない状態のままでいるわけにはいかないことから、同社に就職したことが認められる・・・。したがって、原告は、被告において就労する意思を喪失したとは認められない。」
と解雇された労働者の置かれた一般的な立場に言及しただけで、就労意思の喪失は認められないと判示しました。
かなり簡単に使用者側の就労意思喪失の主張が排斥された事案として、本裁判所の判断は同種事件の処理の参考になります。