弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

確定的な退職の意思表示-「それでも出ろっていうなら辞めます」

1.退職の意思表示の慎重な認定

 労使間でトラブルになっている時に、売り言葉に買い言葉で辞意を口にしてしまうことがあります。こうした軽率な発言によって、本意ではないにもかかわらず退職扱いされてしまった場面で労働者を保護する法律構成の一つに、

退職の意思表示が行われたといえるのかどうかを慎重に認定すべきである

という議論があります。後先のことを慎重に考えず口をついて出た辞意は「退職の意思表示」とは認められない、ゆえに合意退職(退職の意思表示の合致)は成立しないとする主張です。こうした理屈で合意退職の効力を否定した裁判例が多々あることは、このブログでも紹介してきたとおりです。

 近時公刊された判例集に、これと似た言い回しを用いて、退職の意思表示の効力を否定した裁判例が掲載されていました。東京地判令4.11.16労働判例ジャーナル138-42 大央事件です。

2.大央事件

 本件で被告になったのは、不動産取引業の企画等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で、期間の定めのない労働契約を締結し、C店(本件店舗)で働いていた方です。

 年末年始の出勤日を尋ねたところ「どうしても出ろというなら辞めます」と退職を申し出られたとして、被告は令和2年12月29日付けで原告の退職処理を行いました。

 これに対し、退職の申出をしていないとして、原告が、被告を相手取り、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、合意退職のの効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告と被告代表者は令和2年12月初旬ころ、原告が申請した年末年始の休暇(同年12月29日から令和3年1月3日まで)に対し、被告代表者は、本件店舗は年末年始も営業することから、休暇の申請を認めない旨を伝えたことが認められる。」

「被告は、その際、原告から退職の申し出を受け、被告代表者はこれを了承した旨主張するところ、被告代表者が原告に年末年始に休暇を取得せずに出勤するように依頼した際に、原告から『それでも出ろって言うなら辞めます』『どうしても出なきゃいけないんであれば、自分は辞めます」との申し出があった旨を供述する・・・とともに、原告は最終出勤日である令和2年12月28日に支給されたPC及びスマートフォンの整理を行っていたこと・・・は、一応これに沿うものといえる。

 しかしながら、本件において、

〔1〕退職届などの原告の退職の申し出を記載した書面は作成されていない上に、原告自身は退職の申し出をしたことはない旨を陳述していること・・・、

〔2〕被告自身の供述によっても、『それでも出ろって言うなら辞めます』『どうしても出なきゃいけないんであれば、自分は辞めます』との原告の発言は、年末年始の休暇取得を認めるか否かのやり取りのなかでされた発言であって、少なくとも確定的に被告を退職する旨の意思表示とはいえないこと、

〔3〕原告は、令和2年12月27日に、被告に対して解雇通知書の交付を求めているとともに・・・、令和3年1月7日には、代理人を通じて、被告を退職する意思はない旨を伝えていること・・・

からすると、被告代表者が令和2年12月初旬ころに原告から退職の申し出を受け、これを了承したとまでは認められない。

3.確定的に被告を退職する旨の意思表示とはいえない

 以上のとおり、裁判所は、確定的に被告を退職する意思表示はないなどと述べて、合意退職の効力を否定しました。

 売り言葉に買い言葉で退職扱いされてしまった方の合意退職の効力を争ううえで、裁判所の判示は参考になります。