弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇後の他社就労-国外で従前以上の年収(約13万ドル/年)を得ていても就労意思が否定されなかった例

1.違法無効な解雇後の賃金請求と就労意思(労務提供の意思)

 解雇されても、それが裁判所で違法無効であると判断された場合、労働者は解雇時に遡って賃金の請求をすることができます。いわゆるバックペイの請求です。

 バックペイの請求ができるのは、民法536条2項本文が、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」

と規定しているからです。

 違法無効な解雇(債権者の責めに帰すべき事由)によって、労働者が労務提供義務を履行することができなくなったとき、使用者(労務の提供を受ける権利のある側)は賃金支払義務の履行を拒むことができないという理屈です。

 しかし、解雇が違法無効であれば、常にバックペイを請求できるかというと、残念ながら、そのようには理解されているわけではありません。バックペイを請求するためには、あくまでも労務の提供ができなくなったことが、違法無効な解雇に「よって」(起因して)いるという関係性が必要になります。つまり、何等かの理由によって、違法無効な解雇とは無関係に労務の提供をしなくなった場合、バックペイの請求は棄却されることになります。

 この違法無効な解雇とは無関係に労務の提供をしなくなったといえる場合の一つに、他社就労した場合が挙げられます。他社就労を行うと、労務提供を行わなかったのは、旧勤務先で働かなかったのは就労意思を喪失したことに起因するのであり、違法無効な解雇に起因するわけではないとして、バックペイの請求が認められないことがあります。

 もちろん、解雇の効力を争って裁判をしている時に、生計を立てるため、やむなく行う他社就労の全てが、労務提供意思の喪失と認定されるわけではありません。例えば、アルバイトや非正規の仕事についたにすぎない場合には、通常、労務提供意思の喪失を認定されることはありません。しかし、解雇前と同水準の賃金額での正規雇用についたりすると、その時点から労務提供意思の喪失を認定されることがあります。

 このような議論状況のもと、以前、他社就労して解雇前と同水準以上の給与を得ても就労意思が否定されなかった裁判例をご紹介させて頂きました。

(東京高判令2.1.30労働判例1239-77 新日本建設運輸事件)

他社就労して解雇前と同水準以上の給与を得ても就労意思(労務提供の意思)が否定されなかった例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

(大阪地判令4.1.13労働判例ジャーナル124-54 新時代産業事件)

解雇された派遣社員の就労意思-他の派遣会社に登録して遠隔地で従前と同水準以上の収入を得ても就労意思が否定されなかった例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 近時公刊された判例集にも、この系列に連なる裁判例が掲載されていました。

 東京地判令4.3.16労働判例ジャーナル127-42 ニューアート・テクノロジー事件です。

2.ニューアート・テクノロジー事件

 本件で被告になったのは、IT関連事業、IT関係のコンサルティング業務等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、契約上の使用者の地位の承継に伴い、平成30年1月から被告で働いていた方です。労働契約上、業務内容は、IT開発業務及びシステム開発業務、賃金は年俸750万円(月額62万5000円)とされていました。

 平成30年12月18日に被告から解雇されたことを受け、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、バックペイの支払い、時間外勤務手当等(残業代)の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 他社就労との関係でいうと、原告は、令和元年9月15日、アメリカ合衆国に所在する会社との間で雇用契約を締結し、ソフトウェアエンジニアとして就労を始めました。同社からは年間約13万ドルの収入を得ており、稼働状況は次のとおりだったと認定されています。

(裁判所が認定した事実)

「原告は、アメリカ合衆国と日本に住所を有しているところ、令和元年9月15日、アメリカ合衆国に所在する会社との間で雇用契約を締結し、現在は、同社において、ソフトウェアエンジニアとして就労している。同社では、事業所以外の場所での労働(リモートワーク)が認められていることから、原告はリモートワークの形態で就労している。また、同社は、フレックスタイム制を適用しており、原告の勤務すべき時間は、基本的には24時から5時まで(日本時間)とされている。原告の同社における賃金は、令和元年度は年間13万ドル、令和2年度は約12万6000ドル、令和3年の時点では年間13万5000ドルであった。また、原告は、令和3年初めには、令和2年度の賞与として1万ドルを受け取っている上、同社における賞与として、ストックオプションも付与されている。」

「原告は、令和元年9月頃までは、日本に居住していたが、同月頃、アメリカ合衆国に移り、同月以降は、一度日本に移動したほかは、基本的にはアメリカ合衆国において居住している。なお、原告は、同月から現在までの間に、1か月半程度の期間、日本において居住していたところ、その間も、アメリカ合衆国に所在する会社の業務に従事していた。」

「原告には、日本人の妻及び同人との間の娘がいるところ、妻は日本に居住しており、娘はアメリカ合衆国の大学に通学している。」

 このような稼働状況に対し、被告は、

「原告は、アメリカ合衆国に所在する会社に就職し、令和元年9月頃から現在まで、同国に居住し、同国で生活・就労している。現在は、新型コロナウイルス感染症の影響により、海外渡航は極めて制限されている状況にある上、被告においては、現実に出社をしない形態での労務の提供を認めていないこと、原告は、法廷において、被告のみならず現在就労中の会社における就労も続ける予定であると述べるところ、その現実的可能性は不明であることも踏まえると、原告は被告に対し債務の本旨に従った履行の提供を行い得ない。また、原告が現在勤務する会社の労働条件は、被告の労働条件と比較すると、はるかに好待遇であることも考慮すれば、原告には、被告において就労をする意思及び能力があるとはいえないから、原告の不就労期間における賃金請求が認められる余地はない。」

と主張し、バックペイの支払義務を争いました。

 裁判所は、解雇を無効だと判示したうえ、次のとおり述べて就労意思を認め、中間利益控除こそしたものの、バックペイの支払義務は消失しないと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告の現在の就労状況、生活状況等を踏まえると、原告には被告において就労をする意思及び能力があるとはいえないから、原告の不就労期間における賃金請求は認められない旨主張する。」

「前記認定事実によれば、原告は、令和元年9月15日、アメリカ合衆国に所在する会社と雇用契約を締結し、同日以降、同社において、ソフトウェアエンジニアとしてリモートワークの形態で就労しており、同社から年間13万5000ドル程度の賃金の他に賞与を支給されていることが認められる。」

「この点、原告は、本件解雇により収入がなくなったことから、自身ないし家族の生計を維持するためにやむを得ず他社に就職し同社から給与を得ていると推察できるところ、使用者に解雇された労働者が、当該解雇後に生活の維持のため、他の就職先で就労すること自体は復職の意思と矛盾するとはいえないし、また、当該解雇の有効性を争っている労働者が解雇前と同水準以上の給与を得た事実をもって、解雇された就労先における就労の意思を喪失したと直ちに認めることはできない。前記認定事実によれば、原告は、現在、アメリカ合衆国に居住しているが、他方で、日本にも住所を有しており、アメリカ合衆国に所在する会社に勤務するようになった後も、1か月半程度の期間、日本に居住し、同社の業務に従事したことが認められることに加え、原告の法廷での供述を踏まえると、原告は被告に復職する意思を有しているものと認められること、また、原告は、現在勤務している会社をすぐに退職することは可能である旨供述していることからすれば、原告が、現在、アメリカ合衆国に居住していることをもって、被告における就労の意思を喪失したと認めることはできない。なお、被告は、原告の就労の意思ないし能力が認められない理由として、上記主張のほかにも縷々主張するが、いずれも、前記判断を左右するものではない。

3.就労意思の喪失が認められるハードルは相当高い?

 以上のとおり、裁判所は原告の就労意思の喪失を認めませんでした。

 国外で居住し、従前の倍額に近い収入を得ながら、他社就労による就労意思の喪失が認められなかったというのは、かなり画期的な判断だと思われます。新日本建設運輸事件にしても、新時代産業事件にしてもそうですが、近時、就労意思の喪失を認めるハードルを高めに設定する裁判例が目立つようになっています。本件でも就労意思が否定されないのであれば、他社就労で就労意思が否定されるケースは極めて限定的に理解されることになるのではないかと思われます。

 引き続き、裁判例の動向を注視して行く必要がありそうです。