弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働時間管理を行っていない使用者による欠勤控除が否定された例

1.ノーワーク・ノーペイの原則と欠勤控除

 民法624条1項は、

「労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。」

と規定しています。

 簡単に言えば、働かなければ賃金が発生しないということです。このことは講学上、ノーワーク・ノーペイの原則といいます。

 このように賃金は働いて初めて発生する建付けになっているため、使用者には欠勤控除という仕組みをとることが認められています。欠勤控除とは、その月の賃金から、働かなかった時間・日数に相当する賃金を差引くことを言います。

 労働時間管理が御座なりになっている会社に残業代を請求した時、それまで丼勘定をしていたにもかかわらず、突然欠勤控除を主張されることがあります。

 それでは、このような会社による欠勤控除は認められるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令4.3.28労働経済判例速報2491-17 学校法人目黒学園事件です。

2.学校法人目黒学園事件

 被告になったのは、大学等を設置する外国法人です。

 本件で原告になったのは、被告との間で有期労働契約を締結し、専任講師として勤務してきた方です。被告から雇止めを受け、その無効を主張して地位確認を請求するとともに残業代を請求して被告を提訴したのが本件です。

 原告の方は、被告がタイムカードを設置するなどの労働時間管理等をしていなかったことからパソコンのログイン・ログアウトの時刻で始業・終業を特定し、残業代を請求しました。

 これに対し、被告は、

「本件パソコンのログオン・ログアウト時刻による労働時間が1日の所定労働時間であるう7時間に満たない日が相当数ある」

などと主張し、欠勤控除すると主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告による欠勤控除を認めませんでした。

(裁判所の判断)

「被告は、前記・・・のとおり、・・・1日の所定労働時間7時間に満たないにもかかわらず被告が誤って欠勤控除することなく賃金を支払ったとして、不当利得返還請求権がある旨主張しており、たしかに、給与規則19条には、勤務しないことにつき特に許可のあった場合を除くほか勤務しない1時間につき給与規則24条に規定する1時間当たりの給与額を減額する旨の規定がある。」

「しかしながら、被告が当時給与規則19条の減額(欠勤控除)を実施することを本当に考えていたのであれば、本件雇用契約で午前9時始業、午後5時終業、休憩60分と規定されていたのであるから、毎日の始業・終業時刻を適切に把握すべく勤怠管理を実施していたはずというべきであるが、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、被告は、就業規則39条3項で出勤時に出勤簿捺印かタイムカード打刻を義務付ける旨規定しているにもかかわらず、教員について、タイムカードへの打刻を求めず、出勤簿についても年度当初教員に交付したまま年度末の回収時まで放置して日々の押捺について各教員に委ねていて、講義への学生の出席確認や学内会議・行事への出席を確認する限度で出勤を確認していたものの、欠勤が発覚して注意をすることはあっても上記給与規則19条の減額(欠勤控除)をしていなかったと認められる。」

「かえって、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成29年度の秋学期の5限(午後4時20分から午後5時50分まで)の月曜日及び木曜日に講義を担当し、平成30年度の春学期及び秋学期の5限(同)の月曜日に講義を、水曜日に委員会(年5回)をそれぞれ担当していて、被告としては、本件雇用契約上は『所定時間外労働の有無』について『無』と規定されていたのであるから、原告の担当業務に対応して始業・終業時刻の変更(就業規則39条2項)をするなどして勤怠の基準を明確にすべきであったと考えられるが、そのような対応もしないままにしていたと認められる。」

そうすると、被告は、給与規則24条に規定する1時間当たりの給与額を減額する権利(欠勤控除の権利)を放棄していたと認めるほかないというべきである。

「なお、原告は、平成30年1月20日(土曜日)を除き、本件パソコンのログイン時刻からログアウト時刻までの時間を基礎として請求しているものの、この時間以外に労働していないということではなく、本件パソコンのログイン前、ログアウト後、あるいは、研究室への出入りがないまま、出張先で仕事をしたり、学校外の行事に参加したり、自宅に持ち帰った仕事をしたりするなどの労働時間が存在したものの、その労働事実を裏付ける証拠が残存していないため、本件で請求していない旨供述していて・・・、例えば、被告が1時間28分の不足を主張する平成30年6月15日(金曜日)について、原告は、始業時刻が午後0時12分、終業時刻が午後6時44分、休憩時間が1時間で実労働時間が5時間32分とするものの、原告の認識は同日午前8時20分から午前11時15分まで(東京都)小平市所在の教育実習先に学校訪問していたというものであり・・・、原告のカレンダー・・・にも同日の箇所に『教実Ⅲ訪問』『AM8:50@小平高』との記載があることから、原告が労働事実に係る客観的な裏付け証拠を提出できない労働時間の存在可能性は否定し難く、原告の上記供述内容が不自然不合理とも評し難いことから、原告の上記供述を排斥して被告主張の欠勤の事実を認めるに足りる証拠は存しないというべきである。

そもそも被告が欠勤控除を実施したいのであれば、当時厳格な勤怠管理を実施した上で、欠勤と疑う時間があれば原告から事情を確認するなどして認定すべきであったといえ、労働者が実労働時間を主張立証すべきことから提出可能な客観的証拠を踏まえた請求に止めているからといって、原告の請求外の時間について勤務しない時間(欠勤)であったと当然に認めることは困難というべきである。

「したがって、被告の主張する不当利得返還請求権は認められず、被告の予備的相殺の抗弁は採用できない。」

3.欠勤控除の否定例

 本件は傍論で欠勤の事実自体認定できないとされている点には留意する必要があります。とはいえ、労働時間管理をしていなかった使用者による賃金控除を否定した点は注目に値します。

 個人的な感覚ではありますが、近時の裁判所は労働時間管理を放棄している使用者が済し崩し的に利得することに対する問題意識を深めつつあるように思われます。

 パソコンのログイン・ログアウト時刻など、元々労働時間管理のために生み出されたとはいえないツールを立証方法にする場合、どうしても始業時刻後や終業時刻前で時間が記録される日は発生してしまいます。本裁判例はこうした場合の賃金控除を否定した例として活用して行くことが考えられます。意外と汎用性の高い裁判例であり、残業代請求の実務において大いに活用することが期待されます。