弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

使用者側が不就労控除を主張する時には、どの程度の事実の特定が必要なのか?

1.不就労控除

 労働者が欠勤、遅刻、早退等により就労しなかった時間に相当する賃金を給料から差引くことを「不就労控除」といいます。

 使用者側がこの不就労控除を主張する際、どの程度の事実の特定が必要になるのでしょうか?

 賃金請求権についていうと、

「労務の提要をした実労働時間は労働者が主張立証すべきことになる。実労働時間は、日ごとに、何時間何分かを特定して主張する必要があり、日ごとの始業時刻、終業時刻を特定し、休憩時間を控除することにより主張されることになる」

と理解されています。

 これと並行的に捉えると、使用者の不就労控除の主張は概括的なもので足り、労働者の側で日々の具体的な実労働時間を立証できない限り、使用者側の請求が認められるという理解も成り立ちそうにも思います。

 しかし、近時公刊された判例集に掲載されていた裁判例では、こうした考え方は採用されませんでした。大阪地判令5.9.29労働判例ジャーナル142-30モルビド事件です。

2.モルビド事件

 本件で原告になったのは、各種催物、テレビ、雑誌等の宣伝広告の企画や制作等を主な事業とする株式会社です。

 原告の請求は多岐に渡りますが、その中の一つに、元従業員のbやその身元保証人cに対し、

「実際には業務時間の50%しか労務提供をていしないにもかかわらず、業務時間内全てにつき労務提供をした前提で支払われる賃金を受領した」

などと主張し、賃金の50%の返還を求める訴えがありました。

 裁判所は、次のとおり述べて、この請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告bが、平成22年4月から平成27年6月までの間、就業時間のうち、少なくとも50%に相当する時間について無断欠勤をしていたから、支払済みの賃金のうち50%については、法律上の原因なく不当に利得していると主張する。」

「そして、上記2のとおり、信用できる本件メールの内容からすると、被告bが、平成26年10月頃以降、直行直帰する旨の届を出しつつも、被告bの認識として半分位は、実際に取引先等に赴かなかった日があったことは推認される。」

「もっとも、労働者が使用者に対して割増賃金の請求を行う場合において、原則として、具体的な労働日において、何時から何時まで時間外労働に従事したかについて個別に主張立証が必要と解されていることに鑑みれば、使用者が労働者に対して不就労時間に対応する賃金に相当する不当利得返還請求を行う場合においても、具体的な労働日において、就業時間中の何分間、何時間、労務に服していなかったのかについて個別に特定して主張立証を行う必要があるというべきである。そうであるところ、原告は、専ら本件メールに依拠して、就業時間の5割と主張するのみで、上記の特定を行わないのであるから(令和4年9月12日第29回弁論準備手続調書参照)、原告の主張では、原告においていかなる損失が生じ、被告bがいかなる利益を受けているのかについての具体的な特定を欠いているといわざるを得ない。

「また、上記・・・の点を措くとしても、被告bが本件メールで認めているのは、直行直帰の届出をしたにもかかわらず、取引先等に赴かなかった割合が50%であるというにすぎず、現に職務に従事していなかった割合が50%あることを認めたものではない。しかも、上記の割合で取引先等に赴かなった期間の始期として認めているのは平成26年10月頃なのであって、平成22年4月以降の全期間について認めたものでもない。」

「したがって、本件メールの内容のみからは、平成22年4月から平成27年6月までの間、被告bが就業時間のうち少なくとも50%に相当する時間について無断欠勤していた、すなわち就労していなかったことを推認することはできないというべきであり、ほかにこれを認めるに足る証拠はない。」

「以上によれば、この点に関する原告の主張には理由がない。」

3.日時の特定を欠く不就労控除の主張は排斥できる可能性がある

 以上のとおり、裁判所は、使用者による不就労控除について、

「使用者が労働者に対して不就労時間に対応する賃金に相当する不当利得返還請求を行う場合においても、具体的な労働日において、就業時間中の何分間、何時間、労務に服していなかったのかについて個別に特定して主張立証を行う必要がある」

と判示しました。

 これは不就労控除の主張について、結構高いハードルを課しているように思います。日々の労働日について、何時から何時まで働いていなかったのかが正確に把握できていれば、当初より不就労控除を行っていたはずであり、過払い金を返せという話にはならないからです。

 不就労控除の主張に対抗するにあたり、本裁判例は実務上参考になります。