弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

専修学校卒業者を高卒として取り扱って初任給を決定することの適法性

1.公務員の初任給

 国家公務員の初任給は、

「人事院規則九―八(初任給、昇格、昇給等の基準)」

というルールに基づいて決められます。

 ここでは「初任給基準表」が定められ、13条1項は、

「初任給基準表は、その者に適用される俸給表の別に応じ、かつ、職種欄の区分又は試験欄の区分・・・及び学歴免許等欄の区分に応じて適用するものとし、経験者採用試験の結果に基づいて職員となつた者には適用しない。」

と規定しています。

 この「学歴免許等欄の区分」は「学歴免許等資格区分表」に基づいて決定されます。

 要するに学歴に応じて初任給が異なる仕組みが採用されており、こうした仕組みは地方公務員の関係でも多くの地方公共団体に取り入れられています。

 近時公刊された判例集に、この「学歴免許等資格区分表」の解釈・適用が問題となった裁判例が掲載されていました。釧路地判令5.10.6労働判例ジャーナル142-26 清水町事件です。

2.清水町事件

 本件で被告になったのは、北海道十勝地方に所在する普通地方公共団体です。

 原告になったのは、専修学校を卒業後、被告の職員として採用された方々です。

 専修学校の卒業生は、

「人事院規則9―8(初任給、昇格、昇給等の基準)の運用について 昭和44年5月1日給実甲第326号」

によって、一定の要件のもと、「短大3」「短大2」といった区分で扱うことが認められていました。それなのに「高卒」として取り扱われて初任給が決定されていたのは違法だと主張し、短大2卒相当の給与額と実際に支給された給与額との差額等を請求する訴えを提起したのが本件です。

 本件の特徴の一つは、被告の側で短大2卒として初任給決定することが正当であったとして、原告らの初任給決定俸を訂正し、以降、短大2卒相当の給与を支払っていることです。具体的には、次の事実が認定されています。

(裁判所が前提とした事実)

「被告は、令和2年7月20日、原告Eから、同人が人事院規則の規定する短大2卒に該当すると思われるため確認して欲しい旨の依頼を受けたことからこれを確認したところ、本件給与条例、本件初任給規則、人事院規則及び人事院規則運用基準によれば、原告Eのような本件専修学校の卒業者について、短大2卒として取り扱うことができることを認識し、被告において協議した結果、本件専修学校の卒業者については、短大2卒として初任給決定することが正当であったとの結論に至った。」

「そこで、被告は、同年8月28日、本件専修学校の卒業者である原告らの初任給決定号俸を訂正し、原告らに対し、同年7月分以降について、短大2卒相当の給与を支払った。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の裁量権の行使に問題はなかったと判示しました。

(裁判所の判断)

(1)裁量権の有無及び範囲について

「前記関連法令等の定めに記載したとおり、本件専修学校の卒業者の初任給を短大2卒として取り扱うことができることについて、本件給与条例、本件初任給規定及び人事院規則に明確な規定はなく、人事院規則運用基準において『取り扱うことができる』という選択の余地のある文言によって定められているものである。そして、本件専修学校の卒業者を短大2卒として取り扱うか否かについては、各地方自治体の人事及び財政に関する事柄であり、その性質上、政策的観点からの検討を要するものである。これらを踏まえると、本件専修学校の卒業者を短大2卒として取り扱うか否かについて、被告には広範な裁量があったというべきである。」

(中略)

(2)裁量権の逸脱又は濫用の有無について

「被告の給与担当者等は、原告らの初任給決定に当たり、被告において、本件専修学校の卒業者を短大2卒として取り扱う運用がされておらず、学校教育法上の2年制の短期大学の卒業生のみを短大2卒として取り扱い、本件専修学校の卒業者は高卒として取り扱い、専修学校の修業年数につき2割5分の前歴換算を行うという運用が確立されていたことから、原告らを高卒として取扱い、2割5分の前歴換算を行い、1級7号俸とする内容の初任給決定をしたものであることは前記前提事実・・・のとおりであるところ、被告の給与担当者等としては、特段の事情がない限り、確立した運用に従って職員の給与を決定することが公平性及び透明性に資するものであるから、被告の給与担当者等が、上記の確立した運用に従って原告らの初任給決定をしたことが合理性を欠くということはできず、被告の給与担当者等の原告らの初任給決定について、その裁量権の範囲の逸脱又は濫用があったということはできない。」

(中略)

「以上のとおりであるから、原告らの主張は,採用することができない。」

3.地方公共団体が誤りを認め、訂正している場合でもダメなのか?

 以上のとおり、裁判所は、初任給決定について被告の裁量に逸脱・濫用があったとは認められないと判示しました。

 しかし、本件では、被告自身、初任給決定に問題があったことを認め、一定の時期以降は訂正した給与を支払っています。このような場合にまで、裁量権の逸脱・濫用がなかったと言い切ることには、かなりの違和感があります。

 本件は裁判所に初任給決定の違法性を認めてもらうためのハードルの高さを推知させる事案として、実務上参考になります。