1.労働条件格差に対する法規制
短時間労働者(パート)と無期正社員との間での労働条件格差、有期契約労働者と無期正社員との間での労働条件格差に関しては、
「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(パート・有期法)
という名前の法律で是正が図られています。
この法律は第8条で不合理な待遇を禁止し、第9条で差別的取扱いを禁止しています。
近時公刊された判例集に、パート有期法との関係で無期専任教員と有期常勤講師との間の賃金格差を不合理だと判断した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、京都地判令7.2.13労働判例1330-5 学校法人明徳学園事件です。
2.学校法人明徳学園事件
本件で被告になったのは、短期大学や高等学校を運営する学校法人です。
原告になったのは、平成22年4月1日以降、被告の常勤講師として有期雇用(期間1年)されていた方です。
原告と被告の労働契約は毎年更新され、原告の無期転換権行使により、令和4年4月1日からは期間の定めのない労働契約になりました。
その後、被告から常勤嘱託への配置転換命令を受け、令和4年6月30日、
常勤講師としての労働契約上の権利を有する地位の確認、
常勤嘱託として勤務する義務がないことの確認、
専任教員(無期労働者)と常勤講師(有期労働者)との間の賃金格差が差別であることを理由とする損害賠償
を請求する訴えを提起しました。
注目したいのは、賃金格差についての判示です。
裁判所は、次のとおり述べて、賃金格差は不合理だと判示しました。
(裁判所の判断)
「原告と同じ年齢で平成22年4月に採用された専任教員と、原告との間の賃金差は次の表のとおりである。
勤続年数 年度 年齢 〔1〕専任教員 〔2〕常勤講師(原告) 〔1〕÷〔2〕(概数)
1年目 H22 33歳 31万8900円 24万9400円 1.27倍
2年目 H23 34歳 32万8600円 25万7600円 1.27倍
3年目 H24 35歳 33万8200円 26万9100円 1.25倍
4年目 H25 36歳 34万7700円 28万1700円 1.23倍
5年目 H26 37歳 35万7100円 29万4600円 1.21倍
(省略)
10年目 H31 42歳 40万0700円 29万4600円 1.36倍
11年目 R2 43歳 40万8600円 29万4600円 1.38倍
12年目 R3 44歳 41万6100円 29万4600円 1.41倍
13年目 R4 45歳 42万3400円 29万4600円 1.43倍
(中略)
「ア 教職員に対して支給される賃金の性質及び目的」
「被告において教職員に支給される賃金は、職務・職種ごとに定める年齢給に、職位・職階給を加算した額とされる(給与規程12条1項)。専任教職員となった者の給料月額は、その者の4月1日における満年齢に対応する年齢給とし、これに職位・職階級を加算した額とされ(同14条)、年齢給は毎年昇給が予定されている(同13条、別表第1)。これに対し、常勤講師は、25歳までは年齢に応じて初年度の賃金額を区別しているが、25歳以上になると年齢に関係なく勤務年数に応じた賃金額が定められており、5年を超えると昇給しない(同12条3項、別表第2-ア、第2-イ)。そして、給与規程には、年齢給とは別に支給される賃金として、職位(部門長、総合管理職、部長、課長)及び職階(主幹教諭、指導教諭)によって定められる職位・職階給(同別表第3)、校長、副校長、本部長及び教頭に支給される管理職手当(同18条)、入試作問手当(同20条)、担任手当(同21条、別表第4)並びに教科主任や日常業務外の横断的業務に従事した者に対する職責手当(同22条、別表第5)が定められている。」
「これらの事実からすれば、専任教員に支給される年齢給は、年齢によって定められる部分に加え、職務遂行能力に応じた職能給及び継続的な勤務等に対する功労報酬等の複合的な性質を有するものということができる。これに対し、常勤講師に支給される賃金(給与規程別表第2で規定される部分)は、年齢によって定められる性質は小さく、有期労働契約であり本来的に短期雇用であることを前提に、5年を限度として職務遂行能力に応じた職能給及び勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質を有するものといえる。これらとは別に職位・職階給や管理職手当、職責手当が支給されていることからすれば、専任教員の年齢給及び常勤講師に支給される賃金(給与規程別表第2で規定される部分)は、担当業務の相違によって左右される要素は乏しいものといえる。」
「以上を前提に検討するに、本件高校において、専任教員には、長期雇用を前提として、専任教員として求められる職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る目的から年功的な賃金制度を設け、常勤講師は、1年以内の雇用期間が定められることから(就業規則8条ただし書)、専任教員とは異なる賃金制度を設けるという制度設計には、被告の人事施策上の判断として一定の合理性があるというべきである。」
「しかしながら、本件高校の就業規則では、常勤講師の契約更新を5年に制限するわけではなく、逆に、常勤講師の通算契約期間が5年を超える場合を想定した規定(同40条、給与規程12条3項後段、同19条末文、別表第2柱書のただし書)が存し、実際にも、原告は契約更新を繰り返すことで常勤講師としての勤務が5年を超え、無期労働契約に転換しているし、原告以外の常勤講師の勤務実態が短期雇用にとどまっていたともうかがわれないところである。そうすると、上述した賃金(専任教員の年齢給)の性質及び支給目的に照らせば、少なくとも5年を超えて勤務する常勤講師については、専任教員と同様に、年齢によって定められる部分、職務遂行能力に応じた職能給及び継続的な勤務等に対する功労報酬を支払うという性質及び支給目的は妥当するものといえる。そうであるにもかかわらず、常勤講師に支給される賃金は、上記のとおり、5年を限度として職務遂行能力に応じた職能給及び勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質を有するにとどまるものであって、上記の賃金の性質及び支給目的から合理的とは言い難い。」
「イ 業務の内容及び業務に伴う責任の程度」
「被告は、専任教員が無期労働者であることを前提に、教育職員としての能力に長けた者を選抜するため、慎重かつ厳重な採用試験制度を採用しており、少なくとも有期労働者である常勤講師との間に一定の差を設けて採否を分けている。これは専任教員を中心に管理職として登用することを見据えたものといえる。・・・」
「しかしながら、管理職に登用されるか否かは将来的かつ潜在的な可能性にとどまり、管理職でない専任教員と常勤講師との間においては、専任教員に求められる能力と常勤講師に求められる能力の差が、本件高校における業務内容及び業務に伴う責任の程度の差として現れているとは言い難い。専任教員が入試作問の責任者であったり・・・、令和4年度以降は専任教員のみがクラス担任と校務を兼任したりすること・・・で、常勤講師と比較して一定程度負担の重い業務を担当していることは認められるものの、少なくとも原告が常勤講師として在任した平成22年度から令和3年度までの時期には、常勤講師である原告と管理職でない専任教員との間に、職務の内容につき明らかな差異を認めることはできない・・・。」
「ウ 職務内容及び配置の変更の範囲」
「就業規則11条には、被告が業務の都合により必要があるときは、年度の途中においても職務の変更を命じ、又は他の職務との兼務を命ずることがあると規定されている。同条の適用において専任教員と常勤講師の違いは設けられていないものの、そもそも常勤講師は1年間の有期労働契約であるため、契約期間中に被告系列校に異動することは想定されていないし、本件高校で勤務した常勤講師が次年度に被告系列校で勤務した例もあるが・・・、被告又は本件高校の配置転換命令によるものではなく、本件高校において契約期間満了により契約終了となった後、被告系列校で採用されたものであると認められる・・・。ただし、その場合に被告系列校において採用面接等を行っているのかは証拠上明らかではない上、本件高校から被告系列校へ移った後に再度本件高校へ移った常勤講師も存在すること・・・、上記・・・のとおり、常勤講師は有期労働契約が更新されて長期的に勤務することが実情となっていたことからすると、実質的には、常勤講師であっても配置転換があるといい得る状況であったといえる。専任教員が本件高校と被告系列校間を異動した例も10年間で15例程度にとどまっていることからすると・・・、常勤講師と専任教員との間で、職務内容及び配置の変更の範囲において有意な差があるとはいえない。」
「エ 小括」
「原告の賃金と原告と同年齢かつ同時期に採用された専任教員の賃金を比較すると、勤続5年目までは昇給により賃金差は縮まっていくものの、6年目以降は常勤講師の賃金は昇給しないため、賃金差は広がっていくばかりとなる・・・。」
「他方で、原告は常勤講師として5年を超えて勤務しており、原告にも専任教員に支給される賃金(年齢給)の性質及び支給目的が妥当する上、管理職ではない専任教員との間には、業務の内容及び業務に伴う責任の程度、職務内容及び配置の変更の範囲において、上記賃金差を設けるほどの違いは認められない。」
「以上によれば、常勤講師が一定の優遇措置の下で専任教員となることが可能であること・・・を踏まえても、勤続期間が長期に及んだ常勤講師について、専任教員への転換や転職を促すなどの仕組みがとられているわけでもない以上、常勤講師である原告と同年齢かつ同時期に採用された専任教員との間に賃金差が生じ、しかも年を経るごとに拡大していくことは不合理である。」
3.賃金・賃金制度という括りで不合理性が肯定されているのではないか?
パート有期法8条、9条へと連なる旧労働契約法20条に関する裁判例は、基本給や手当など、特定の賃金項目に注目して判断する例が多かったように思います。
しかし、本件は、賃金ないし賃金制度という、より大きな括りで賃金格差の合理性が検証されているように思います。こうした手法を含め、労働条件格差の不合理性を認めた裁判例として、本件は実務上参考になります。