弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

蒸し返し的な欠勤控除への対抗手段

1.特に問題視されることなく賃金が支払われていたのに・・・

 「ノーワーク・ノーペイの原則」というルールがあります。これは「労働者が就労していない場合には、賃金請求権は発生しない」という原則をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』12頁参照)。

 ノーワーク・ノーペイの原則により、従業員が欠勤した場合(働かなかった場合)、使用者は、その時間、あるいはその日数に相当する賃金を、欠勤しないことを前提に合意された賃金額から差し引くことができます。これを「欠勤控除」といいます。

 欠勤控除は、日単位ではなく時間単位・分単位でも行うことができます。しかし、仮に、一日の労働時間の内にサボっていた時間があったとして、その時間を計測することは、必ずしも容易ではありません。常時サボっていないのかと監視されることへの労働者の反発や、監視に要するコストとの兼ね合いで、日単位はともかく、時間単位・分単位の欠勤控除は行っていない会社も少なくありません。

 しかし、何等かの理由で使用者の不興を買った労働者に関しては、遡って勤怠を精査され、それまで黙認されていたにも拘わらず、嫌がらせ的に欠勤控除による賃金の返還を請求されることがあります。

 こうした場合、労働者は、どのように対抗することができるのでしょうか?

 昨日ご紹介した東京地判令4.11.26労働経済判例速報2506-28 ITサービス事業A社事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.ITサービス事業A社事件

 本件で被告(反訴原告)になったのは、ITソフト開発やSES(System Engineering Service)などの事業を行っている株式会社です。

 原告(反訴被告)になったのは、被告の従業員であった方です。

 原告は被告との間で、令和2年5月8日、賃金月額40万円とする労働契約を締結しました。原告が被告と取り交わした契約書には、就業場所について「本社事務所」と記載されていました。しかし、令和3年3月3日までの間、被告の事務所に出社したのは、初日のほか1度だけでした。

 原告がSlackのダイレクトメッセージ機能を利用して、他の従業員に

「これだけ人辞めててまだ理解できないのかな・・・??・・・って関jですね!!!!!負のスパイラルですね!!!!!だから、福利厚生とかを良くしてホワイトっぽくしてるんですね!」

などと書かれたメッセージを送信しました。

 これが判明したことから、令和3年3月2日、被告代表者は、同月4日から出勤停止1か月とする懲戒処分を通知しました(本件懲戒処分)。

 しかし、原告が本件懲戒処分は重過ぎる等と記載したメールを送ったところ、被告代表者は、次のような対応をとりました。

「出勤停止は置いといて。最終的な決定がでるまでは、勤務中にしていたこともあり、管理監督の観点からリモートワーク禁止とし、明後日から会社への通常出勤をお願いいたします。出勤が無い場合はもちろん欠勤扱いとさせて頂きます。」とのメールを送り、被告の事務所への出勤を求めた(本件出社命令)・・・。」

「被告代表者は、令和3年3月3日、原告に対し、『通常出勤については、処分に異議があるとのことなので、今回の処分は保留といたしました。そのため明日からの通常出勤をお願いいたしました。…出勤が無い場合は欠勤扱いさせて頂きます。また異論がないのであれば、無視していただいて構いませんし、そのまま出勤停止ということで明日から自宅待機で問題ありません。今回は異論があるということなので、処分は保留となっております。』とのメールを送った。」

 これを受け、原告は、令和3年3月4日以降、被告の事務所には出勤しませんでした。すると、令和3年3月18日、被告代表者は、無断欠勤が14日以上経過したとして、就業規則の規定に基づき、原告を退職扱いとしました。

 しかし、令和3年3月22日、労働者の側からも退職の申し入れが行われ、原告は遅くとも令和3年4月4日には被告を退職しました。

 その後、本件の原告は、大意、

本件懲戒処分の前提となる本社出社命令は無効である、

退職日まで働けなかったのは、無効な出社命令を発出した被告にある、

労務提供できなかったのは、被告の責めに帰すべき理由」によるのだから、賃金支払請求は成立しない、

との論理構成で、被告に対し、退職日などの金銭を請求しました。

 こうした原告の主張に対し、被告は、原告が報告していた勤務時間に虚偽報告等があるとして、

「遅刻や早退、私用外出などの場合、以下の計算式に従い不就労時間として控除する。

時間割控除額=基本給÷月の平均所定労働日数(21日)×不就労時間」

と規定する賃金規程(6条(1))上の条文を根拠に、不就労時間分の賃金の返還を求める反訴を提起しました。

 この反訴請求について、裁判所は、次のとおり述べて、請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「原告は、別紙2のとおり労務を提供した旨主張し、原告が毎月被告に提出していた工数実績表・・・に別紙2の労働時間について記載があることは、一応これを裏付けるものといえる。」

「しかしながら、①原告は使用者の面前での指揮監督を受けることなく、自宅で勤務を行っていたこと、②原告が子供の保育園への送迎等を理由に契約書に記載された勤務時間の変更を申し出たところ、被告代表者は8時間の勤務時間が確保できれば勤務時間帯については幅をもって構わないと言ってこれを了承し・・・、現に原告が申告する勤務時間については始業時間、終業時間が一定していないこと・・・からすると、原告はその就業時間について一定の裁量をもって労働していたといえること、③本件ツールのログによれば、パソコンが操作されない時間が一定程度あり・・・、この時間が全て労務を提供していない時間とまでは認められないとしても、原告が主張する時間全てについて労務を提供したことに疑義を生じさせるものであることからすると、工数実績表(甲6)のみでは、原告の労働時間の立証としては不十分といわざるを得ない。本件で他に労働時間を認定するための的確な証拠もないこと・・・を踏まえると、原告が別紙2のとおり労務を提供したとまでは認められない。

「他方で、被告は、本件ツールにより、①勤務開始の申告より後にパソコンの作業が開始されている時間、②勤務終了の申告より前にパソコンの作業が終了している時間、③5分間でほとんどパソコンの操作がないとされた時間、④欠勤した日の終日について、原告が就労していなかった旨主張し、その証拠として、本件ツールにより集計した結果を提出する・・・。」

「しかしながら、原告の職種はデザイナーであり、デザイン業務を行う上ではパソコンで作業しないこともあること・・・からすると、就業規則18条(5)の規定内容を考慮しても、上記①ないし③の時間について、原告が労務を提供していなかったとまでは認められない。加えて、被告は、原告から毎月工数実績表の提出を受け、さらには本件ツールによるログの確認をすることができた中で、実際に原告の不就労時間を問題にすることなく賃金を支払っていることからすると、仮に原告が勤務していない時間があったとしても、被告は賃金規程6条に基づく賃金の控除をすることを放棄したとみるべきであって、現時点において賃金規程に基づき、当該時間に相当する賃金の返還を請求することはできないというべきである。

※ 参考:就業規則18条(5)

「社員は…始業時刻までに、パソコンの起動等の作業準備を行い始業時刻の作業開始に備えておかなければならない。また、パソコンのシャットダウンや後片付け等は終業時刻以降に行うものとする。」

3.欠勤控除の放棄

 上述のとおり、裁判所は、原告の労働時間立証に一部問題があることを指摘しながらも、被告側で欠勤控除することを放棄していたという理屈のもと、被告による賃金の返還を認めませんでした。

 これは蒸し返し的な欠勤控除に対して使いやすい理屈であり、裁判所の判示は労働者側で同種事案に対応するにあたり参考になります。