1.ハラスメントの一連性・一体性
労働者が使用者に対し複数のハラスメント行為を理由として損害賠償を請求する場合、一つ一つの行為を分解して個々的に不法行為の成立を論じるのではなく、一連一体のものとして不法行為の成否を論じて欲しいという主張をすることがあります。
一連一体性の主張には、二つの趣旨があります。
一つは、古い行為まで捕捉する趣旨です。
精神障害の業務起因性の有無は、基本的には精神障害の発病前6か月の間に強い心理的負荷が認められるのか否かによって判断されます。しかし、いじめやセクシュアルハラスメントのように、出来事が繰り返されるものについては、発病の6か月よりも前にそれが開始されている場合でも、発病前6か月以内の期間にも継続しているときは、開始時からのすべての行為を評価の対象にすることができます(平成23年12月26日 基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について 最終改正:令和2年8月21日 基発0821第4号」参照)。当たり前ですが、ハラスメントは長期間・多数に渡っていればいるほど強い心理的負荷を生じさせます。そのため、ハラスメントによって精神障害を発症したことを問題にするケースでは、個々のハラスメントを独立したものとして捉えるのではなく、発病前6か月の縛りは妥当しないとして、開始時点にまで遡って全てのハラスメントを一連一体のものとして評価すべきだと主張することになります。
もう一つは、単体で見ると弱い行為まで捕捉する趣旨です。
例えば、「気持ち悪い」という暴言も、それ一つだけを取り出してみれば、不適切であっても違法ではないという評価が可能かも知れません。しかし、毎日のように暴行を浴びせていたうえ、暴行がない日も「気持ち悪い」などの暴言を吐いていたとなると、暴行・暴言という一連一体の不法行為の一部を構成する行為として、心理的負荷や慰謝料額を評価するうえでの考慮要素として掬い上げることができます。
この一連一体性に関する主張との兼ね合いで、近時公刊された判例集に目を引く裁判例が掲載されていました。大阪高裁令4.12.22労働判例ジャーナル132-28 ライフマティックス事件です。
2.ライフマティックス事件
本件で被告(被控訴人・附帯控訴人)になったのは、ソフトウェアの企画、開発、販売等の事業を行う株式会社(被告会社・被控訴人会社)と、被告会社のe支社において支社長を務めていた方(被告C・被控訴人C)です。
原告(控訴人)になったのは、被告との間で労働契約を締結した女性です。被告会社がした労働契約終了の扱いが無効であるとして、地位確認や賃金を請求したほか、被告Cが違法なセクシュアルハラスメント及びパワーハラスメントをして人格権を侵害したなどと主張して損害賠償を求めた事件です。原審が地位確認等を認めなかったうえ、損害賠償請求も一部しか認容しなかったことを受け、原告側が控訴したのが本件です。なお、被告側も控訴審において附帯控訴を提起しています。
個人的に興味深く思ったのは、ハラスメントに関する判示です。
裁判所は、次のとおり述べて、日常的に継続してハラスメントが行われていたことを認めました。
(裁判所の判断)
「裁判所認定に係る言動〔2〕、〔3〕についてみると、これらは令和元年5月頃から同年6月中旬までの比較的短期間のうちに上司である被控訴人Cから部下である控訴人に向けて行われたものであるところ、職場内での会話(同〔2〕)、あるいは、被控訴人会社内のゴルフコンペへの勧誘(同〔3〕)という職務に関連する機会において、控訴人の服装について、『水着は・・・ビキニがいいね・・・逆にビキニじゃない水着ってあるの』、『ミニスカートのウェアがいいね・・・華やかに賑やかにプレーすると楽しいよね』など控訴人の意思にかかわらず、ことさら肌の露出を求めるという趣旨でいずれも控訴人に性的な不快感を与えるものとしてセクシャルハラスメントに該当するというべきである。」
「裁判所認定に係る言動〔4〕について判断する。前記前提事実及び認定事実のとおり、控訴人が被控訴人会社に採用されるに当たって、被控訴人Cから条件提示を受けるなどの交渉を経ており、被控訴人会社の意思決定過程をみても、被控訴人Cの意向を踏まえての採用であったことが認められる・・・。また、被控訴人会社への入社後、控訴人は、被控訴人Cが支社長を務めるE支社において勤務し・・・、採用時の連絡として、6か月間の勤務期間中に各種能力を評価され、その後に『正社員登用』に至る旨を告知されており・・・、後に至っても、控訴人自身『私は有期雇用の人間です』等と表明するなど、その点を強く意識していた・・・。以上によれば、被控訴人Cは、控訴人の雇用関係ないし雇用継続に強い影響力を有していたということができる。」
「そして、このような両者の関係がある中、被控訴人Cは、女性店員が既に認定したとおりの服装で接客し、サービス等を提供する本件店舗に控訴人を誘って同行した上・・・、本件店舗では、控訴人に対し、淫らな行為をすることを勧める趣旨の発言をした。控訴人は、女性店員と接吻や胸部を触り合う行為を求められ、真意において忌避する感情があったものの、断りにくい雰囲気を感じて、応じざるを得なくなり、男性上司らの面前で、女性店員と複数回の接吻をしたほか、女性店員との間で胸部を触り合う行為をするなどした。社会通念上このような行為は雇用関係において求められるべきではないものであるところ、被控訴人Cは、控訴人に対し、更に淫らな行為をするよう煽る趣旨の発言をした上、控訴人が女性店員の胸部を触れる際の挙動をみて、性的羞恥心を一層害するような卑わいな発言をするなどしたものである・・・。」
「以上のとおりの被控訴人Cが控訴人に対してした本件店舗への控訴人の同行及び本件店舗内での一連の言動は、明らかにセクシャルハラスメントに該当する行為であり、控訴人の上司であり、その雇用関係に強い影響力を有している者の行為として是認できないものであって、控訴人に耐えがたい精神的苦痛を与えたものとの非難を免れない。」
「なお、この点につき、E支社の従業員であるFは、本件店舗での様子について、その時の様子を見ていないと前置きしつつ、本件店舗での時間は、多少羽目を外しているような感覚はあるが、楽しい時間の一つであり、控訴人がこれに嫌悪感を抱く理由が分からない旨陳述する(乙9)。しかしながら、認定事実・・・で認定した本件店舗での一連の出来事は、社会通念上、性的羞恥心を著しく刺激する態様のものというべきであり、Fの個人的な感覚・嗜好はどうであれ、上記陳述により、裁判所認定に係る言動〔4〕の違法性を否定することはできない。」
「裁判所認定に係る言動〔5〕については、被控訴人Cが控訴人に対してコオロギをティッシュ載せて渡すなどの行為を行ったことを認めるに足りない。そして、食の嗜好については個人差が大きく、被控訴人Cが職場に昆虫食を持参したことが配慮を欠いた行為であるとみる余地はあるが、昆虫食に控訴人が不快感を抱いたとしても、これをもって、被控訴人Cの環境型パワーハラスメントとまでいうことはできない。」
「裁判所認定に係る言動〔7〕、〔9〕は、時間的・場所的に強い近接性があり、一連の言動として判断することが相当である。窓から飛び降りろなどという発言(同〔9〕)は、社会通念上明らかに相当性を欠いており、それが誇張や冗談の趣旨を含んでいたとしても、職場で上司がすべき発言とはいえない。『面白いことを言え』などの発言(同〔7〕)は、ハラスメントといえるかどうかは会話の状況、発話者と受話者の関係による部分があるが、同言動〔9〕と併せて考慮すると、職場の上司が部下に対して不相当に苦痛を与える行為としてハラスメントに当たる可能性のある行為というべきである。」
「控訴人は、以上の言動につき一連一体の違法行為として評価されるべきである旨主張する。そこで検討すると、被控訴人Cは、個々の言動について意識的に控訴人の人格を否定しようとしたものではないが(乙7)、非常に仲間意識が強く、一致団結した職場であり、強い言葉等であってもブラックジョークなどとして笑って済ますことができる(乙32)などの思い込みから、日常的に継続してこれらの言動が行われていたものとみることができるのであって、その違法性の評価に当たっては一連のものとして評価することが相当である。そして、これらの行為の態様等に照らせば、これらの行為(裁判所認定に係る言動〔2〕ないし〔4〕、〔7〕、〔9〕)は、全体として、控訴人の人格権を侵害した不法行為に当たると認めるのが相当である。」
3.被告・被控訴人側の証拠で認定されている
目を引かれたのは、乙号証から一連一体性が認められていることです。
「乙〇号証」(乙号証)とは被告側から提出されている証拠を意味します。
ハラスメントの外形的事実の否認が難しい場合、使用者側からは、しばしば、
人格を傷つけようとしたわけではない、
ジョークだった、
などという弁解めいた主張が提出されます。
本件でも、おそらく同趣旨の主張が、被告・被控訴人Cの供述を根拠として展開されたのではないかと思います。しかし、裁判所は、
「強い言葉等であってもブラックジョークなどとして笑って済ますことができる」
との供述を単なる「思い込み」の問題として整理し、逆に、
ハラスメントについてブラックジョークであるという程度の認識しか持っていなかったとすれば、日常的に継続してこれらの言動が行われていたものとみることができる
として、上述の各言動の一連一体性を認めました。使用者からしばしば行われる苦し紛れの弁解を、逆に使用者の側の不利に評価したというのが、使用者側にとって何とも皮肉なことだと思います。
実務上、ハラスメントを構成する個々の行為について、一連一体のものなのかどうかが問題になることは決して少なくありません。本件は、一連一体性を立証するにあたり参考になります。