弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員-休暇の虚偽申請で懲戒免職になった例

1.休暇の虚偽申請

 公務員の懲戒処分に関しては、何らかの形で非違行為の類型毎に標準的な処分量定が定められているのが普通です。

 例えば、国家公務員に関しては、平成12年3月31日職職-68「懲戒処分の指針について」が、非違行為毎の標準的な処分量定を定めています。

https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/12_choukai/1202000_H12shokushoku68.html

 標準的な処分量定が定められていることからも分かるとおり、非違行為には懲戒免職になりやすいものと、なりにくいものがあります。

 この括りで言うと、休暇の虚偽申請は、それほど懲戒免職になりやすい類型の非違行為とは考えられていません。上記「懲戒処分の指針について」が、

「病気休暇又は特別休暇について虚偽の申請をした職員は、減給又は戒告とする。」

と規定しているからです。多くの自治体は国家公務員に適用されている上記「懲戒処分の指針について」に準拠して地方公務員の懲戒処分の標準例を定めているため、国家公務員・地方公務員の別を問わず、休暇の虚偽申請で懲戒免職になり、その効力が問題となった公表裁判例を目にすることは、あまりありません。

 しかし、近時公刊された判例集に、休暇の虚偽申請を理由とする懲戒免職の効力が問題になった裁判例が掲載されていました。大阪地判令4.11.7労働判例ジャーナル132-54 大阪府・大阪府教委事件です。

2.大阪府・大阪府教委事件

 本件で原告になったのは、大阪府の公立学校で学校栄養職員として勤務していた方です。6度に渡り診断書を偽造し、合計83日の病気休暇を不正に取得したことを理由に懲戒免職処分・退職手当支給制限処分(全部不支給)を受けたことに対し、各処分の取消を求める訴えを提起したのが本件です。

 大阪府の懲戒処分の標準例は「職員の懲戒に関する条例」で定められています。

 職員の懲戒に関する条例は、国家公務員の「懲戒処分の指針について」とは異なり、休暇の虚偽申請を二つに分けて規定しています。具体的に言うと、

「五 病気休暇又は特別休暇について虚偽の申請をすること。戒告又は減給」

「六 五の項の虚偽の申請を繰り返し行うこと。停職又は免職」

と定められています。

 免職は六号に準拠した処分ですが、国家公務員の懲戒処分の標準例の加重類型ということもあり、免職まで振り切れてしまうのかが注目されるところでした。

 この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒免職処分は有効だと判示しました。

(裁判所の判断)

・判断枠組み

「地方公務員につき、地方公務員法所定の懲戒事由がある場合には、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の上記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定することができるものと考えられるところ、その判断は、上記のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から事情に通暁し、職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、到底適切な結果を期待することができないものといわなければならない。そうすると、地方公務員につき、地方公務員法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきであり、懲戒権者が裁量権の範囲の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないものというべきである(最高裁昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁、最高裁平成2年1月18日第一小法廷判決・民集44巻1号1頁、最高裁平成24年1月16日第一小法廷判決・裁判集民事239号253頁参照)。」

・本件非違行為の懲戒事由の該当性

「前記前提事実・・・並びに認定事実・・・によれば、本件非違行為は、6度にわたり、診断書を偽造して本件学校に提出し、83日の病気休暇を不正に取得したというものである。前記法令等の定めによれば、職員懲戒条例2条1項及び別表は、地方公務員法29条1項各号に該当する非違行為を類型化し、非違行為をした職員に対する標準的な懲戒処分の種類を規定しており、別表の5の項は、病気休暇又は特別休暇について虚偽の申請をすることの標準的な懲戒処分の種類を戒告又は減給と規定し、別表の6の項は、5の項の虚偽の申請を繰り返して行うことの標準的な懲戒処分の種類を停職又は免職と規定している。」

「そうすると、上記規定によれば、本件非違行為は、別表の6の項に該当するものであり、地方公務員法29条1項1号及び3号に該当すると認めることができる。」

・本件懲戒免職処分の裁量権の逸脱又は濫用の有無の考慮要素

「前記法令等の定めによれば、職員基本条例26条は、任命権者が、職員に対し、地方公務員法29条第1項各号のいずれかに該当することを理由に懲戒処分をするに当たっては、当該職員のした行為のほか、その職責、他の職員又は社会に与える影響等を総合的に考慮するものとする旨を規定する。そして、職員懲戒条例2条3項は、任命権者が、職員に対し、懲戒処分をするときは、当該職員のした非違行為の態様及び結果、動機、故意若しくは過失の別又は悪質性の程度、当該職員の職責、当該違反行為の前後の当該職員の態度、他の職員又は社会に与える影響その他懲戒処分の検討に当たり必要な事項を考慮し、懲戒処分を選択するか否か及びいずれの懲戒処分を選択するかを決定するものとすると規定する。したがって、本件懲戒免職処分につき、裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるかを判断するに当たっても、前記諸点を考慮するのが相当である。」

(中略)

・処分の量定の検討

「職員懲戒条例2条1項及び別表の5の項は、病気休暇又は特別休暇について虚偽の申請をすることの標準的な懲戒処分の種類を戒告又は減給と規定し、別表の6の項は、5の項の虚偽の申請を繰り返して行うことの標準的な懲戒処分の種類を停職又は免職と規定している。」

「そこで、本件非違行為について、職員基本条例2条3項の事項について検討する。」

「(ア)本件非違行為の態様及び結果
 本件非違行為は、原告が、6度にわたり診断書を偽造して本件学校に提出し、83日の病気休暇を不正に取得したというものであり・・・、少なくとも有印私文書偽造及び同行使罪を構成する犯罪行為である。そして、原告は、病気休暇に係る給与の支給を受けていた・・・というのであるから、本件非違行為は、ひいては詐欺罪をも構成し得るものである。

 また、本件非違行為は、上記・・・説示のとおり、巧妙な方法で本件各偽造を行い、しかも、発覚しないように、病名等を変更するなどしており、その態様は悪質であり、診断書に対する社会的信用を毀損するとともに公務に対する信頼を失わせたほか、病気休暇の不正取得により、本件学校の給食等の栄養管理に関する業務に支障を生じさせたものであるにもかかわらず、原告は、休暇取得に係る給与の支給という経済的利益を得ており、その結果は重大である。」

「(イ)動機

 本件非違行為の動機は、原告が繁忙な業務から逃れたいというものであったと推認できるが、上記ウで説示したとおり、本件学校の生徒数は、他の支援学校の生徒数と大差はなく、除去代替食の献立表の作成等があることを考慮しても、原告の業務が過重であったということはできず、その動機に酌むべき点は見られない。」

「(ウ)故意若しくは過失の別又は悪質性の程度

 本件各偽造の方法は、上記・・・説示のとおり、巧妙で悪質なものであり、本件各偽造は原告が故意でしたものといわざるを得ない。」

「(エ)職責

原告は、本件学校の唯一の栄養教諭であり、適正に栄養管理に関する業務を遂行すべき立場にあるのに、本件非違行為により、上記業務の遂行を怠ったものであり、その責任は重い。」

「(オ)当該違反行為前後の当該職員の態度

 原告は、本件非違行為に関する本件学校の調査において、当初、自分が本件各診断書を作成したことを否認し、叔父が偽造したなどと述べていたが、コープおおさか病院への照会結果を示されると、その後は本件非違行為に及んだことを一貫して認め、反省の弁を述べた上、病気休暇に係る給与等を全額返納する意向を示す顛末書を提出する。
 しかしながら、上記説示のとおり、解離性同一性障害及び解離性健忘とは認められないにもかかわらず、本件各偽造の核心部分についてあいまいな供述に終始し、原告本人尋問においても同様の態度を示しており、真摯に反省しているといえるかは疑わしい。」

「(カ)他の職員又は社会に対する影響

 診断書の偽造による病気休暇の取得は、模倣性が否定できず、他の公務員に悪影響を与える可能性があるほか、公務員とりわけ児童・生徒を指導する立場にある本件学校の教員としての地位を有する者による本件非違行為により、本件学校や教育行政及び公務員一般に対する社会的な信用を相応に失墜させ、これらに対する悪影響を及ぼし得るものである。」

「(キ)小括

 以上より、原告に有利な事情を考慮しても、本件非違行為は、その結果が重大であり、原告の故意行為であり、本件各偽造の態様が極めて悪質であること等の事情からすると、府教委が、病気休暇について虚偽の申請を繰り返して行った場合の標準的な懲戒処分として規定されている停職又は免職のうち免職を選択したことが、社会観念上著しく妥当を欠くということはできず、府教委の判断が、懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用したものということはできない。」

(中略)

・結論

「よって、本件懲戒免職処分は適法であるから、第1事件の請求は理由がない。」

3.自治体独自の基準に注意

 上述したとおり、国家公務員には休暇の虚偽申請について過重類型が設けられているわけではありません。仮に、同様の行為に及んだのが国家公務員であった場合、減給の壁を越えて停職処分を受けることはあったとしても、懲戒免職処分まで正当化されるのかは、やや疑問に思われます。

 しかし、本件の裁判所は、国家公務員の場合との均衡といった視点を特に意識することもなく、比較的あっさりと懲戒免職処分の有効だと判示しました。

 自治体の多くが国家公務員の「懲戒処分の指針について」を参考に懲戒処分の標準例を定めているため、国家公務員の場合との均衡は普段あまり意識されることがないのですが、本件の裁判所の判断を見ると、国家公務員の場合との均衡に関しては、司法判断において、あまり意識されないのかも知れません。

 地方公務員の懲戒処分の効力を考えるにあたっては、やはり自治体独自の基準を強く意識する必要がありそうです。