弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

3コール以内に電話に出なかったことへの叱責、在宅勤務等の抑制言動、会社規程にない宿泊費の実費精算の要求についてパワハラの成否が問題となった事例

1.非典型化するパワーハラスメント

 令和2年1月15日、

「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」

が告示されました。

 この告示に基づいてパワーハラスメントを防止する義務は、令和2年6月1日から施行・適用されています(中小事業主は令和5年4月1日から)。

職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000683138.pdf

 施行・適用から既に数年が経過し、ハラスメントに対する問題意識が深まるにつれて、「バカ」「アホ」などといった所謂典型的なパワーハラスメントが確認されるケースは減少傾向にあるように思われます。

 その代わりに増えつつあるのが、非典型的な嫌がらせです。よく分からない業務命令を出してそれに違反すると叱責をするだとか、会社にある制度の利用を認めない、他の人とは異なるルールを適用するといった差別的取り扱いなどです。こうした非典型的なハラスメントを捕捉するにあたっては、公刊物に掲載されている判例を読み込むことで、どのような行為に違法性が認められているのかを把握し続けるしかありません。

 近時公刊された判例集に、こうした非典型的な行為の違法性が問題になった裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.12.22労働経済判例速報2544-34 倉敷紡績事件です。

2.倉敷紡績事件

 本件で被告になったのは、

紡績会社(被告会社)

被告会社の元執行役員(被告A)

の二名です。

 原告になったのは、被告会社の環境メカトロニクス事業部情報機器システム部画像情報課の課長補佐として働いていた方です。被告Aからパワーハラスメントを受けたことを理由に損害賠償(慰謝料)を請求する訴えを提起したのが本件です。

 この事件で、裁判所は、次の事実を認めたうえ、50万円の慰謝料を認定しました。

(裁判所の判断)

・被告Aの原告に対する言動

「ア 被告Aは、令和3年2月1日に情報機器システム部の部長に就任した後、同年9月30日に原告が被告会社を退職するまでの間、原告に対し、被告会社における業務の進め方等に関し、『アホ』『ボケ』『辞めさせたるぞ』『今期赤字ならどうなるかわかっているやろな』といった言動を日常的に繰り返し行っていた。」

イ 被告Aは、前記アの期間において、原告に対し、『自分からかかってきた電話は3コール以内に出ろ』と言い、実際に原告が電話に出るのが遅かった場合は原告を叱責することがあった。

「ウ 被告Aは、令和3年4月又は5月、顧客とのWEB会議の終了後に、原告が座っていた椅子の脚を蹴ったことが1回あった。」

「エ 被告Aは、令和3年7月頃、原告が新入社員を指導していた際、WEB会議システムを介して、新入社員の目の前で、原告ほか1名を指して『こいつらは無能な管理職だ。こんな奴らに教育されて可哀そうだ。これくらいのことができないのは本当に無能だ。』と発言した。」

オ 被告Aは、前記アの期間において、原告に対し、被告会社において利用が認められているフレックスタイム制度や在宅勤務の抑制を示唆する言動をし、また、被告会社の規定で認められている宿泊費の定額精算を認めず、実費で精算すべきであると述べた。

(中略)

前記・・・ア、ウ、エ、オにおいて認定した被告Aの原告に対する言動は、被告会社のハラスメント防止規則の定めるパワハラ・・・に当たり、原告に対する注意や指導のための言動として社会通念上許容される限度を超え、相当性を欠くものであるから、原告に対する不法行為に当たるというべきである。また、被告Aの前記言動は、被告会社の被用者であった間に、被告会社の事業の執行に関連してされたものである。」

「したがって、被告Aは民法709条に基づき、被告会社は民法715条1項に基づいて、原告に対し、連帯して損害賠償責任を負う。」

「これに対し、前記・・・イにおいて認定した被告Aの原告に対する言動は、原告に対する注意や指導のための言動として社会通念上許容されるものというべきであるから、原告に対する不法行為に当たるとはいえない。

・損害及び因果関係

「前記・・・において認定した事実経過に照らせば、原告が被告会社を退職した原因は、被告Aの前記・・・の言動にあったものと認めるのが相当である。」

「そして、被告Aの原告に対する言動の内容、これらの言動がされた状況、期間及び頻度、その他本件において現れた一切の事情を考慮すれば、被告Aの前記・・・の言動により原告が受けた精神的損害に対する慰謝料の額は、50万円と認めるのが相当である。また、本件事案の難易、認容額その他の事情を考慮すれば、被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、慰謝料額の1割に当たる5万円と認めるのが相当である。」

3.電話は叱責するほどのことなのか?

 裁判所の判断で目を引かれるのは、

3コール以内に電話に出るのが遅れたことを理由とする叱責に違法性が否定され、

在宅勤務等の抑制言動、会社規程にない宿泊費の実費精算の要求に違法性が肯定された

部分です。

 個人的には3コール以内に電話に出られなかったからといって叱責するほどのことかという感覚はするのですが、裁判所は、この叱責は許容されると判示しました。

 在宅勤務等の抑制言動や、宿泊費の実費精算の要求に関して違法性が認められたのは画期的なことだと思います。会社で認められている制度の利用を抑制するような言動をとられたり、他の従業員とは異なるルールの適用を求められたりする例は、実務上それなりの頻度で遭遇します。「アホ」「ボケ」などの言動とセットであるとはいえ、こうした処遇にハラスメントとしての違法性が認められたことは、他の事案でも活用できる意義のある判示だと思います。

 非典型的なハラスメントに関しては、今後とも、裁判例の動向が注目されます。