弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

報酬月額80万円で他社の代表取締役に就任しても、就労意思が否定されなかった例

1.他社就労と就労意思

 解雇が無効とされた場合に労働者が労務を提供していなくても賃金を支払ってもらえるのは、

「債権者(使用者)の責めに帰すべき事由によって債務(労務提供義務)を履行することができなくなった」

と理解されるからです。

 この場合、

「債権者は、反対給付(賃金支払義務)の履行を拒むことができない」

とされています(民法536条2項本文)。

 しかし、

「労働者が、就労の意思又は能力のいずれかを失っている場合には、債権者の責めに帰すべき事由による履行不能とはいえない」

ため、解雇が無効とされるケースでも、就労意思・能力のいずれかを喪失した以降の賃金の支払を受けることはできません(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、改訂版、令3〕379頁)。

 この就労意思の欠缺との関係で、しばしば他社就労が問題になります。

 解雇を言い渡され生活の糧が奪われれば、取り敢えず働いて生活費を得ようとするのは当然のことです。このことは裁判所も理解しており、ただ単に係争中に他社就労したからといって、就労意思が否定されることはありません。

 しかし、係争中の職よりも高い賃金を得て正社員として他社就労したような場合には、もはや旧勤務先での就労意思を喪失したとして、未払賃金の請求が認められないことがあります。

 このルールとの関係で、近時公刊された判例集に興味深い裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京地判令3.6.23労働判例ジャーナル117-52 ディーエイチシー事件です。

2.ディーエイチシー事件

 本件で被告になったのは、化粧品の輸出及び製造販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告のヘリコプター事業部(本件事業部)で部長として勤務していた方です。日常的に周囲に暴言を吐き高圧的なパワーハラスメントを繰り返したことなどを理由に懲戒解雇されたことを受け、その効力を争い、未払賃金等の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の原告は懲戒解雇の後、航空事業等を業とする株式会社(ジャネット)の代表取締役に就任し、一時は月額80万円もの報酬を得ていました。

 このこととの関係で、本件では、懲戒解雇が無効であったとしても、原告には就労意思がなくなってしまっていたといえるのではないかが問題になりました。

 裁判所は、懲戒解雇を無効としたうえ、次のとおり述べて、就労意思は喪失されていないと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告がジャネットの代表取締役に就任し、相当額の賃金を得ていたことから、少なくとも同就任時点で被告における就労の意思及び能力は失われていた旨主張する。」

「しかしながら、前記認定事実によれば、原告がジャネットの代表取締役に就任したのは、事業の手伝いを依頼されて本件業務委託契約を締結したヨナタンのP8から推薦を受け、ジャネットの筆頭株主である航空学園理事長のP11から依頼を受けたためであって、自ら積極的に望んで当該役職に就任したものではないこと、本件業務委託契約も1か月毎に更新する有期契約となっていたこと、他方のジャネット側としても、当時、ヘリコプター事業の営業活動を強化しようとしており(証人P13 1~2頁)、同事業について知識と経験が豊富な原告に対し、一時的であっても同社の代表取締役に就任するよう依頼する合理的理由があったことからすれば、原告が、恒久的にジャネットにおいて就労する意思で、当該役職に就任したものとは即断できない。

かえって、原告が当時、P2会長から約750万円の借金をしており、本件降格及び本件減給後はその返済が滞っていたこと、原告には家族もあり(原告本人12頁等)、生活の糧を得る必要があったこと、現に、本件懲戒解雇後まもなく、賃金仮払仮処分の命令を申し立てていることからすれば、原告は、当面の生活の糧を得るため、誘われるがまま他社の代表取締役に就任したとみる余地が多分にある。

そして、報酬額についてみても、前記認定事実のとおり、原告のジャネットにおける当初の報酬額は50万円であり、増額後の報酬額も80万円であって、被告における本件減給前の給与月額124万円ないし本件減給後の給与月額119万円と比較して、低額といわざるを得ない。

さらに、職務内容についても、前記前提事実のとおり、原告は、被告において、本件事業部長としてヘリコプター事業全般を統括し、その直接のレポートラインはP2会長であったところ、上記のような原告の被告における職務の内容並びに権限及び責任は、ジャネットにおける代表取締役としてのそれらと大きく異なるところはなかったものと推察される。

以上で検討したところによれば、原告が、ジャネットの代表取締役に就任したことで、被告における就労意思及び能力を喪失したものとは認められない。

3.給与額より低ければ相当額の報酬を得ていても就労意思は否定されない?

 代表取締役という高い地位についたこともさることながら、月額80万円と比較的高額の報酬が得ていたにも関わらず就労意思が否定されなかったことは、興味深い判断です。

 それだけで決まっているわけではないにしても、裁判所は、就労意思の有無について、絶対的な金額の多寡ではなく、係争中の労働契約における賃金額との比較で判断しているのかも知れません。