弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

盗撮者に対する厳重注意が遅きに失しているうえ、被害者に対して適切な配慮をしていないとされた例

1.セクシュアルハラスメントの事後措置義務

 平成18年10月11日 厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(最終改正 令和2年1月15日 厚生労働省告示第6号)は、

「事業主は、職場におけるセクシュアルハラスメントに係る相談の申出があった場合において、その事案に係る事実関係の迅速かつ正確な確認及び適正な対処として、次の措置を講じなければならない

事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること

職場におけるセクシュアルハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、速やかに被害を受けた労働者に対する配慮のための措置を適正に行うこと

職場におけるセクシュアルハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、行為者に対する措置を適正に行うこと

改めて職場におけるセクシュアルハラスメントに関する方針を周知・啓発する等
の再発防止に向けた措置を講ずること」

と規定しています。これらはセクシュアルハラスメントに対する事後措置義務と言われています。

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf

 一昔前はともかく、近時は事後措置が全くとられないことはあまりありません。事後措置義務違反が問題となる事案では、会社がとった措置が適切かつ十分なものであったのかが争点となる類型が主流となりつつあります。一昨日、昨日とご紹介している、鳥取地倉吉支判令7.1.21労働判例1333-45 ガソリンスタンドA社ほか(盗撮)事件も、そうした事案の一つです。

2.ガソリンスタンドA社ほか(盗撮)事件

 本件で被告になったのは、

ガソリンスタンド等の事業を営む株式会社(被告会社)、

被告会社の従業員(被告Y1)

の二名です。

 原告になったのは、被告会社の従業員の方です。勤務中に被告Y1から盗撮されたことにより損害を被ったと主張して、その賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件で原告が用いた法律構成は、使用者責任、撮影行為以前の安全配慮義務違反、撮影行為以後の安全配慮義務違反の三つです。

 このうち三番目の法律構成との関係で言うと、本件の被告は何もしていないというわけではありませんでした。被告Y1に対しては厳重注意処分を行い、配置換えの検討のほか、ハラスメント行為に対する注意喚起をするポスターを掲示するなどの対応はとっていました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥し、安全配慮義務違反ないし職場環境調整義務違反を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、令和4年9月14日、上司を通じて被告会社の取締役総務部長であるBに対し、被告Y1から盗撮された旨を訴え、診断書を提出した。そこで、被告会社は、原告の休職を認めることとし、原告は、同月15日以降休職した。」

(中略)

「被告会社は、令和4年10月から同年11月にかけて、原告と被告Y1が同じ職場で働くことがないよう、配置換えについて検討した。被告会社は、当初、被告Y1を別のサービススタンドに異動させる方向で検討したが、被告Y1が勤務するAサービススタンドのマネジャーからの反対があったことから、これを実施せず、その後、原告を別のサービススタンドに異動させる方向で検討したが、サービススタンドのマネジャーから受入れを拒否されたり、原告がCサービススタンドへの配置換えを拒絶したりしたことから、これを実施せず、結局、配置換えの実施を保留した。・・・」

「被告会社は、令和4年10月17日、原告からの盗撮行為の申し出があったことを念頭に置き、顧客対応以外のスマートフォンの使用を控えるよう従業員に周知することとした。」

(中略)

「Bは、令和5年4月頃、鳥取労働局からの連絡を受け、原告から被告会社の対応が不十分であるとの相談が寄せられている旨を把握し、同年5月20日、原告の要望に基づき、初めて、被告Y1に対して撮影行為に関する事実確認をした(ただし、被告Y1は、撮影行為をしていないなどと虚偽の説明をした。)。・・・」

「被告会社は、令和5年5月、『大丈夫ですか?あなたのモラル』などと記載されたポスターを各サービススタンドに掲示し、従業員に対してハラスメント行為等に対する注意喚起をした。・・・」

「原告は、令和5年9月6日、原告訴訟代理人弁護士を通じ、被告Y1及び被告会社に対して、「損害賠償請求書」と題する書面をそれぞれ送付し、それぞれ合計365万4335円の損害賠償を求めた。・・・」

「Bは、これを受けて、被告Y1に対して改めて事実確認をしたところ、被告Y1は、性的目的があったことは否定しつつも、撮影行為をしたこと自体は認めた。・・・」

「被告会社は、令和5年9月29日、原告に対して、被告会社は使用者責任を負わず、原告の請求に応じる意思がないこと、被告Y1に対しては厳重注意等の処分を行う予定であるものの、被告Y1の配置換えをすることは考えていない旨通知した。・・・」

(中略)

「被告会社は、原告から撮影行為の報告を受けた後、事実関係の調査を行い、再発防止措置を講じ、原告の職場復帰に向けた検討を行うなど、必要かつ相当な事後的対策を講じたと主張する。」

「しかし、上記・・・で説示したとおり、被告会社が必要かつ相当な事後的な対策を講じたということはできない(なお、被告Y1に対する事実確認や、厳重注意処分は、遅きに失するといわざるを得ない。)。確かに、被告会社としては、原告と被告Y1が同じ職場で働くことがないよう、配置換えについて検討したり・・・、顧客対応以外のスマートフォンの使用を控えるよう従業員に周知したり・・・、ハラスメント行為に対する注意喚起をするポスターを掲示したりするなど・・・、まったく対応をしなかったわけではない。しかし、配置換えの検討の点については、被告会社は、服を着た姿を撮影されたもので盗撮事件とまではいえないとか、被告Y1が退職するような事態とならないように慎重に対応しようとしたなどという認識を前提としてなされたものであり、原告が被った精神的苦痛の程度や復職に当たっての意向、被告Y1の行為の問題性の程度等、被告Y1の問題行動を契機とした配置換えを行う際に当然考慮されてしかるべき事項が考慮されていないのであって、適切な検討が行われたと評価することはできず、結果として配置換え等を行わなかったことは正当化されない。その他の点についても、再発防止措置としては意味があるものの、これらがなされたからといって、被告会社が原告に対する適切な配慮を果たしていないとの評価を左右しない。

以上によれば、被告会社には、被告Y1による撮影行為後の対応について、労働契約上の付随義務違反(安全配慮義務ないし職場環境調整義務違反)がある。

3.事後措置は早く、適切でなければならない

 以上のとおり、裁判所は被告の主張を排斥しました。被告の主張が認められなかったのは、迅速さや適切さに欠けていたからです。

 事後措置義務は御座なりに形だけとっていれば履行されたといえるものではありません。会社の対応に不十分さを感じた場合には、追加で何か言えないか、一度、弁護士に相談してみても良いかも知れません。もちろん、当事務所でも、相談をお受けしています。