弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラ被害を受けた事実は、同居している父親に対する場合であっても、本人に断りなく伝えることは許されないと判示された例

1.セクシュアルハラスメント被害を受けたことのプライバシー性

 セクシュアルハラスメント被害を受けたことが明らかになったところで、別段、被害者の社会的評価が低下するわけではありません。しかし、被害を受けたことは、一般に他者に知られたくない事実ではあります。そのため、被害を受けたことがみだりに口外されてしまうと、被害者は安心して相談することができなくなります。

 こうした事情を踏まえ、平成18年厚生労働省告示第615号『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』【令和2年6月1日適用】は、企業に対し、

「職場におけるセクシュアルハラスメントに係る相談者・行為者等の情報は当該相談者・行為者等のプライバシーに属するものであることから、相談への対応又は当該セクシュアルハラスメントに係る事後の対応に当たっては、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に対して周知すること」

を求めています。

職場におけるハラスメントの防止のために(セクシュアルハラスメント/妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント/パワーハラスメント|厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf

 本日、テーマにしたいのは、このプライバシー保護・秘密保護の厳格性です。

 プライバシーとはいっても絶対的なものではなく、プライバシーに属する事項を口外することが直ちに違法性を有すると理解されているわけではありません。違法性の有無は、開示する情報の詳細度や口外する相手方の属性によっても変化します。

 それでは、セクハラ被害にあったことを、被害者の親族に対して情報提供する行為の違法性については、どのように理解されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。一昨日、昨日と紹介させて頂いている、東京地判令5.12.25労働判例ジャーナル148-32 三菱UFJ信託銀行ほか1社事件です。

2.三菱UFJ信託銀行ほか1社事件

 本件で被告になったのは、

証券代行業務等を行う金融機関(被告銀行)、

被告銀行から委託を受け、被告銀行のバックオフィス業務等を行っている株式会社(被告会社)、

被告銀行に雇用され、被告会社に出向していた方(被告F 平成30年1月当時53歳 既婚者)

被告銀行に雇用され、被告会社に出向し、被告会社の人事課長を務めていた方(被告D)

の二法人二名です。

 原告になったのは、平成30年1月当時24歳の女性です。大学卒業後、被告会社に正社員として採用され、被告Fの部下であった方です。被告Fからセクシュアルハラスメントを受けたこと、被告Dが二次加害となる言動をしたことなどを理由に、被告らに対して損害賠償を請求したのが本件です。

 問題とされた被告Dの行為は多岐に渡りますが、その中の一つに、同居する父親に対する口外がありました。

 この行為の違法性について、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「被告Dは、平成30年8月14日、被告会社において、原告の緊急連絡先として登録されていた原告の父の携帯電話の番号に4回以上電話をかけた。原告の父は、折り返して被告Dと通話し、被告Dは、原告の父に対し、原告の電話番号と間違えてかけたこと、原告が1箇月以上出勤していないこと、早く原告を出勤できるようにしたいこと、原告の異動を同年9月に予定していることなどを伝えた。原告の父は、原告から、食事にしつこく誘う上司がいて困っていること、被告会社にその相談をしようと思っていることを聞いていたが、原告が1箇月以上出勤していないことは知らず、原告の異動の件も知らなかった。」

「原告の父は、被告Dに対し、原告は異動を希望していないはずであり、セクシュアルハラスメントをした側が異動するのが通常ではないかとの意見を述べた。・・・」

「被告Dは、平成30年8月14日、原告に電話し、被告Dが原告の父と電話で話したことを伝えた。その際、被告Dは、原告の父は原告が出勤していないことを知らなかったので、被告Dからこれを伝えたこと、原告の父にも原告の状況を説明したほうがよいと思うことなどを伝えた。原告は、当時、原告が勤めを休んでいることを原告の父に話していなかったため、被告Dが原告の承諾を得ることなく、原告の父に原告が勤めを休んでいることを伝えたことに怒りを感じた。・・・」

「原告は、平成30年8月14日、上記イの電話後、直ちに原告の父に電話をかけ、原告の父に対し、泣きながら、被告Dが間違いを装って故意に原告の父に電話をかけて原告が会社を休んでいることを知らせたと思うこと、原告が出勤しないと会社の人が家まで来て会社まで連れて行かれたこと、被告Dにより原告が大学時代に精神科に通院した旨の嘘を言わされたことを伝え、『ひどいメールを見せても、断れない私が悪い。』『私が弱い人間だから。』などと繰り返し述べ、興奮して、身体を壁に打ち付ける状態となった。」

「原告の父は、電話口での原告の態度が不穏であったため、同日、急遽旅先から帰宅し、翌15日、原告の気分転換のため原告とともに鬼怒川温泉へ行って観光して一泊し、原告が落ち着くのを待って、原告から、被告会社での出来事を聴いた。」

「原告の父は、同月15日、被告Dに対し、電話で、被告Fが原告に送信したメールの開示を求めたが、被告Dは、同日頃、原告の同意が確認できないとしてこれを断った。」

「原告の父は、被告Dの話と原告の話を聴いていて、同日、被告Dの解釈と原告の話が異なると感じたことから、原告に対し、被告会社との質問・回答などのやりとりは書面で行うよう促すメールを送信した。同メールにおいて、原告の父は、被告Dの解釈と原告の話の相違点の例として、被告Dは、被告FがK駅で原告と喫茶したこと及び被告FがK駅まで原告に付いて来たことを原告の被害として重視していないこと、当初厳罰を望まないと言った原告の意向を尊重したのは顧問弁護士の指示の下で行ったことであり問題ないとしていることを挙げていた。」

(中略)

「被告Dは、平成30年8月14日、原告の父と通話した際、原告から事前に同意を得ることなく、原告の父に対し、原告が1箇月以上勤めを休んでいること、それが上司からのセクシュアルハラスメントによるものであることを伝えた・・・。」

「他方、原告の父が作成した文書によれば、同日、被告Dが原告の父に対し電話で伝えたのは、原告のセクシュアルハラスメント被害の詳細ではなく、原告が出勤していないことや原告の異動の話などであり・・・、被告Dが、同日、原告の父に対し、原告がセクシュアルハラスメント被害の詳細について伝えた事実は認められない。」

セクシュアルハラスメント被害を受けたとの情報は、第三者に知られることで、被害者に羞恥心を抱かせたり不利益を受けたりするおそれがある情報であるから、被害者のプライバシーとして保護されるべき情報であり、被疑者と同居している父親に対する場合といえども、被害者に断りなくこれを伝えることは許されないと解される。

しかし、被告Dが原告の父に伝える前に、原告の父は、原告から、食事にしつこく誘う上司がいることを伝えられており・・・、原告のセクシュアルハラスメントの被害を全く知らなかったわけではなかった。

そして、従業員の同居の家族に対し、従業員が傷病により出勤していない状況を伝達することは、従業員の心身の安全を確保するための措置(労働契約法5条参照)として必要性がないとはいえない。

被告Dが、原告の父に対し伝えたのは、原告が勤めを1箇月以上休んでいること、それが上司のセクシュアルハラスメントによることであり、原告が受けたセクシュアルハラスメント被害の詳細ではなかったから、原告の父が知らなかった原告のセクシュアルハラスメント被害の情報を新たに伝えたものではなく、原告のプライバシーを侵害したものとはいえない。また、原告と同居する家族である原告の父に対し、原告が1箇月以上勤めを休んでいるという情報を共有し、もって健康上の配慮を促すことは、業務上必要のない行為とはいえないものである。したがって、被告Dの行為〔12〕は、違法とはいえない。

「原告は、被告Dに対し、原告が原告の父に対してセクシュアルハラスメントの被害を受け休んでいる状況について伝達しないでほしい旨明示的に伝えていた旨を主張するが、被告Dはこれを否定しており・・・、これを裏付ける証拠はない。被告Dが自認するのは、原告の父と初めて通話した直後に原告に電話した際、原告から、原告の被害状況を原告の父に伝えることについて『自分で説明するので大丈夫です。』旨言われたことであって・・・、原告の父と通話する前から原告の上記意向を聞いていたということではない。この点についての原告の主張は採用できない。」

3.結論として違法性は否定されたが・・・

 裁判所は結論として被告Dの行為の違法性を否定しました。

 しかし、

「セクシュアルハラスメント被害を受けたとの情報は、第三者に知られることで、被害者に羞恥心を抱かせたり不利益を受けたりするおそれがある情報であるから、被害者のプライバシーとして保護されるべき情報であり、被疑者と同居している父親に対する場合といえども、被害者に断りなくこれを伝えることは許されないと解される。」

という一般論部分が重要で、本件でも明示的に秘密にして欲しいと要請していた事実が認められていれば、おそらく違法性が認定されていたのではないかと思います。

 セクハラ被害を受けた事実について、かなり高いレベルでの保護が認められたことは、被害者にとって朗報となる判断だと思います。こうした裁判例は、当然、会社も意識するでしょうから、今後、被害を受けた事実が漏洩される事故は、より少なくなって行くのではないかと思います。