1.解雇の予兆、PIPとは・・・
使用者が成績不良と判断した労働者に対し、課題を与えて能力を向上させる機会を与える制度を、一般にPIP(Performance Improvement Plan)といいます(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会編『労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、改訂版、令5〕428頁参照)。
外資系の企業を中心に使われることが多い仕組みですが、紛争になっている例を検討すると、解雇プロセスの一環として行われているとしか思われないものが少なくありません。
具体的に言うと、成績不良解雇をすると結論を決め打ちしたうえ、
PIPを拒めば「改善の機会を付与したのに本人がそれを活かすことを拒否した」と言って解雇し、
PIPを受けると「PIPによって改善の機会を付与したが、成績が改善しなかった」と言って解雇するといったようにです。
解雇のターゲットにされている場合、打診された時点である程度の察しはつきます。しかし、拒否すると改善の意思自体がない(ゆえに労働契約を解除されても仕方ない)と認定されかねないので、雇用維持を狙う場合には、使用者側の特定の意図を感じ取っていたとしても、基本的に「拒否する」という選択肢はありません。受けたうえで、どのようにダメージをコントロールして行くのか、PIPの問題点を指摘して行くのかがポイントになります。
近時公刊された判例集に、このPIPに立ち向かうにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令6.3.18労働経済判例速報2563-20 華為技術日本事件です。
2.華為技術日本事件
本件で被告になったのは、情報通信機器の企画開発、製造、販売、保守等を目的として設立された株式会社です。
原告になったのは、被告に中途採用されたうえ、デジタルマーケティング部門で業務を行ていた方です。労働契約は2018年8月1日から開始されましたが、その約1年後、2019年9月2日から同年10月31日までの間、PIPを実施されることになりました。
被告はPIPを実施した後、
目標を達成できなかった、
PIP終了後にも任務懈怠があった、
などとして退職勧奨を行い、これに応じなかった原告を普通解雇しました。
このような経緯のもと、原告が解雇の効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
結論として、裁判所は、解雇を無効としたのですが、興味深く思ったのは、PIPの問題点を指摘する次の判示です。
(裁判所の判断)
「被告の主張する解雇理由のうち、項目1、3、4、6~8、10については、原告の行為につき解雇理由とされるべきものが認められない。項目5及び13については、AMS予算管理の担当者としての注意力不足は否定できないし、項目11についても、q9本部長の指示に従わなかったという結果に終わっており、項目14及び15については文書審査手順違反が認められるものの、いずれも注意や指導の対象となる以上に、解雇理由とされるほど重大な事由とまではいえない。」
「他方で、項目2については、自らの責任で作成すべきAMS広告の計画案として代理店作成の資料をそのまま提出した行為であり、原告の責任感の欠如を窺わせる事情と言わざるを得ない。この点については、直前の提出期限変更や夏季休暇直前という点で酌むべき事情がないとはいえないものの、同様の責任感の欠如は項目9においても露呈している。項目9については、チームで業務遂行する上で必要な協調性の欠如を窺わせる事情でもある。そして、項目12は、担当業務につき数字による結果報告にとどまらない原告なりの分析や考察を加える能力の欠如を示す出来事であって、Senior Digital Marketing Managerとしてデジタルマーケティングにおける専門的能力の発揮が求められる従業員の適格性を疑わせる事情というべきである。」
「こうしてみると、被告が原告の就労状況を踏まえ、本件PIPを実施したことは相当であったというべきである。しかしながら、本件PIP期間を終えて退職勧奨に踏み切る前に、被告において求められる業務の在り方についてより踏み込んだ指導や教育を施す余地はあったと考えられる。一例を挙げれば、q9本部長は繰り返し数字の報告にとどまらない『分析』を求めたが、原告は被告において求められる『分析』がいかなるものか理解できないまま、従前どおり被告には『分析』とは評価し得ない程度のコメントを付することを繰り返していたことが窺われる・・・。本件PIPについても、その目標設定は原告の就労状況に照らして適切なものと考えられるが・・・、実施の過程で原告と上長との面談等がどの程度行われ、被告が原告に求める業務改善の具体的内容について原告との間で共有されていたのか、本件PIP実施中の原告の取組みにつきどのようなフィードバックがされていたのか等の詳細については、本件証拠上明らかでない。」
「原告はデジタルマーケティングの経験者として中途採用されたとはいえ、管理職ではないデジタルマーケティングの1担当者にすぎず・・・、給与水準もそれなりに高いとはいえ・・・、被告内部における相対的位置付けは明らかでないこと、被告への入社からはそれほど長い期間を経過していたわけではないことにも鑑みれば、上記のような指導、教育が十分に行われた事実が認められないにもかかわらず、能力不足を理由に行われた本件解雇については、客観的合理的理由があり社会通念上相当であるとはいえず、無効であるというべきである。」
3.結論決め打ち型のPIPにありがちなこと
解雇と結論を決め打ちしていることが透けて見えるPIPでは、しばしば、
ゴールが明確にされない、
フィードバックがない、
といった事実経過がみられます。
ゴールを不明確にしておくのは、本人が何をしようが「目標未達」と言えるようにしておくためです。フィードバックをしないのは、フィードバックをして目標を達成されると困るからです。
本件の裁判所は、
何が「分析」なのかを示さないまま、ひたすらダメ出しをして「分析」を求める、
フィードバックの過程が明らかではない、
といったPIPの手法を否定したものです。これは、結論決め打ち側のPIPに立ち向かうにあたり参考になるもので、実務上、積極的に活用して行くことができるように思われます(なお付言すると、上述のとおりPIPは解雇プロセスとして行われることが多いので、解雇の効力を争うことを視野に入れる場合、PIPの対象になった時点で、一度、弁護士に対応を相談しておくことをお勧めします)。