1.労働者性の判断基準
労働基準法を始めとする労働関係法令の適用の可否は、ある働き方をしている人が「労働者」に該当するのか否かによって判断されます。そのため、ある人が「労働者」か否かという問題は、実務上、極めて重要なテーマとなています。
「労働者」への該当性は、しばしば、業務委託契約における受託者、請負契約における請負人との関係で議論されています。しかし、「労働者」への該当性が問題になるのは、「受託者」や「請負人」ばかりではありません。例えば、僧侶の方が労働者性を主張することもあります。
僧侶の労働者性が問題になった事例は過去にもご紹介させて頂いたことがありますが、
僧侶・修行僧の労働者性(肯定) - 弁護士 師子角允彬のブログ
近時公刊された判例集にも、僧侶の労働者性が認められた裁判例が掲載されていました。東京地判令6.5.28労働判例ジャーナル152-30萬福寺事件です。
2.萬福寺事件
本件で被告になったのは、真言宗豊山派を包括法人とする宗教法人です。
原告になったのは、真言宗豊山派の教師資格を有する僧侶の方です。被告から解雇されたと主張し、労働契約上の地位の確認や賃金の支払等を求める訴えを提起したのが本件です。
これに対し、被告は、個人である被告代表者が当事者となり、原告を弟子とするかどうかを決めることを目的とする研修を内容とする契約を締結したのであって、被告との間に労働契約は成立していない等と主張して、原告の請求を争いました。
この事案で、裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を肯定しました。
(裁判所の判断)
「労働契約は、当事者の一方が相手方に使用されて労働し、相手方がこれに対して賃金を支払うことを内容とする契約であるから(労働契約法6条、2条)、本件契約が労働契約であるか否かは、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価するにふさわしいものであるか否かによって判断すべきである。」
「上記に認定した事実経過を踏まえた判断は、以下のとおりである。」
「被告ないしBは、平成30年9月下旬の『証』と題する書面・・・により、原告に対し、原告が被告寺院の後継候補者となった場合、J夫妻に代わって原告が被告寺院に居住し、それ以降、月額45万円の給与の支給を受けながら、Bの跡を継いで住職となるための研修を1年から1年半程度の期間を想定して実施することを内容とする契約の申込みをし、原告は、同年10月4日、これに対する返信・・・をもって承諾したと認めることができる(・・・以下、この契約を『本件契約』という。)。」
「本件契約に基づく研修は、Bの指導の下で実施され、原告にはBの指導の過程で発せられた指示に対する諾否の自由はなく、原告自身の宗教的信念や運営方針に基づいた自由な活動が認められていたとはいえない。時間的・場所的にも、金曜日を除く毎日午前7時から午後5時まで、被告寺院内に拘束されていた。」
「そして、被告は原告に対し、本件契約に基づき給与名目で毎月37万円という労働の対価として相応な額の金員を支給していた。所得税については、納期の特例により6か月分をまとめて原告が被告を通じて納税しており、結果的には源泉徴収と同様の税務処理がされている。なお、被告は社会保険料を負担していなかったが、平成27年に宗教法人への厚生年金加入促進が一時停止されていたこと・・・に鑑みると、この点は労働者性の判断を大きく左右するものではない。」
「当然ながら、本件契約に基づく研修は、宗教上の修行としての性質を帯びるものであるが、上記のような、単なる生活費の援助にとどまらない、労務提供の対価として相応の金員が支給されていた事実を踏まえると、原告が修行中の者であるとしても、これを原告の宗教的信念に基づく無償奉仕に類する活動と評価することは困難であり、その点から労働者性が否定されることはないというべきである(・・・昭和27年2月5日基発49号『宗教法人又は宗教団体の事業又は事務所に対する労働基準法の適用について』二(イ)参照)。」
「本件契約に基づく研修は、境内や墓地の清掃、墓地や檀家の管理、行事案内文書の作成や送付といった事務作業、来客や電話への対応など、一般の労働者と同様の活動が相当な割合を占めている。これらは僧侶としての活動である以上、宗教上の修行ないし奉仕としての側面を持つにしても、他方で被告寺院の施設管理や事務運営といった世俗的性格を有することは否定し得ない。なお、被告は、原告が行った文書作成等の事務作業等はBが命じたものではないと主張するが、Bは転居後の被告寺院の運営について、自ら定める基本方針のもと、一定の範囲では原告に委ね、毎日の終礼等を通じてその活動状況を把握していたと認められるから、少なくとも黙示的な業務指示はあったと認めるのが相当である。」
「こうした点に加え、上記・・・のとおり原告に対しては月額37万円という労務提供の対価として相応の金員が支給されていたことを併せ考慮すると、本件契約は労働契約であると解するのが相当である(・・・前掲通達二(ハ)参照)。」
「被告は、原告の研修はBが弟子とするか否かを判断するために行ったものであるとして、契約当事者は被告ではなくBである旨主張する。しかしながら、上記・・・のとおり研修として行われた活動は、結果的に被告寺院の運営に寄与していること(Bがこれを高く評価するか否かは業務の質の問題であって、ここでは関係がない。)、Bの後継者探しは究極的には寺院としての被告の存続を目的とするものであること、本件契約に基づく給与は被告から支給されていることに照らすと、本件契約の当事者は被告と認めるのが相当である。」
「以上によれば、本件契約は、被告と原告との間で締結された労働契約と解するのが相当である。原告の給与額は、最終的に原告が按分割合をBに一任したこと・・・を踏まえると、毎月37万円と認めることができる。給与の締め日及び支払日は、被告が令和元年12月分の賃金5日分を日割計算して支払ったこと・・・及び弁論の全趣旨によれば、毎月末日締め、当月末日払いと認めるのが相当である。」
3.通達の定め
僧侶の労働者性については、存外問題になる例があるからか、行政通達によって一定の解釈が示されています。
判決で引用されている昭和27年2月5日 基発49号とあるのがそれで、ここには下記のように書かれています。
(イ)宗教上の儀式、布教等に従事する者、教師、僧職者等で修行中の者、信者であって何等の給与を受けずに奉仕する者等は労働基準法上の労働者でないこと。
(ロ)一般の企業の労働者と同様に、労働契約に基づき、労務を提供し、賃金を受ける者は、労働基準法上の労働者であること。
(ハ)宗教上の奉仕あるいは修行であるという信念に基づいて一般の労働者と同様の勤務に服し報酬を受けている者については、具体的な勤務条件、特に、報酬の額、支払方法等を一般企業のそれと比較し、個々の事例について実情に即して判断すること。
僧侶だからといって当然に労働者ではなくなるということはありません。給与をもらっていなければ労働者というのは難しいですが、僧侶も職業の一種であり、労務に対して賃金・報酬が発生していれば、労働者として労働法の保護を受けることができる可能性があります。
自分には労働法の適用がないのだろうかと疑問に思われている方は、一度、弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所にご相談頂いても問題ありません。