弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

黙示の労働契約の成立が認められた例

1.労働者派遣等と黙示の労働契約

 最二小判平21.12.18労働判例997-5 パナソニックプラズマディスプレイ(パスコ)事件は、黙示の労働契約の成否について、次のとおり判示しています。

上告人はパスコによる被上告人の採用に関与していたとは認められないというのであり,被上告人がパスコから支給を受けていた給与等の額を上告人が事実上決定していたといえるような事情もうかがわれず,かえって,パスコは,被上告人に本件工場のデバイス部門から他の部門に移るよう打診するなど,配置を含む被上告人の具体的な就業態様を一定の限度で決定し得る地位にあったものと認められるのであって,前記事実関係等に現れたその他の事情を総合しても,平成17年7月20日までの間に上告人と被上告人との間において雇用契約関係が黙示的に成立していたものと評価することはできない。

 パスコは上告人から業務委託を受けていた会社です。被上告人はパスコと雇用契約を交わしたうえ、上告人の工場で働いていました。こうした働き方については「労働者派遣法の規定に違反していたといわざるを得ない」と判示されていますが、最高裁は、労派遣法違反の問題とは区別したうえで、

採用に関与していたとは認められない、

パスコから支給を受けていた給与等の額を事実上決定していたといえる事情もない、

などとして、と派遣先(上告人)と派遣労働者(被上告人)との黙示の労働契約の成立を否定しました。

 こうした最高裁判例の存在からも分かるとおり、黙示の労働契約の成立が認められることは、それほど多くはありません。違法派遣の場合でも、派遣先は、派遣元が連れてきた労働者を受け入れて働かせるだけで、派遣元が集めている労働者の採用に関与したり、給与の額を事実上決定したりしていることは稀だからです。

 しかし、近時公刊された判例集に、黙示の労働契約の成立が認められた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令5.4.12労働判例1316-46 国・労働保険審査会ほか(共立サポート)事件です。

2.国・労働保険審査会ほか(共立サポート)事件

 本件で原告になったのは、軽貨物自動車運送事業等を目的とする特例有限会社です。

 原告の指示を受けながら倉庫作業に従事していた方が、雇用保険、厚生年金保険、健康保険の被保険者資格の確認請求を行ったところ、行政不服申立の段階で、被保険者資格を認める趣旨の決定を受けました。被保険者資格の確認というのは、大雑把に言えば、労働者として労働保険や社会保険への加入を認めるということです。

 これに対し、原告は、当該倉庫従事者は被保険者(労働者)ではないと主張し、行政処分の取消を求める訴えを提起しました。なお、この倉庫従事者の方は、行政側の補助参加人として裁判に参加しています。

 本件では、当初、

新開社が自らを荷主とする配送業務を原告に請け負わせる、

原告は、これを「わいわい社」(軽貨物運送事業を営む株式会社)に請け負わせる、

わいわい社は、原告から請け負った配送業務の一部(本件配送作業)を補助参加人に請け負わせる、

というスキームが採られていました。

 その後、補助参加人の方は、原告から勧誘を受け、新開社〇センター✕倉庫(本件倉庫)における内勤業務にも従事することになりました(本件倉庫作業)。

 本件では、この本件倉庫作業での働き方との関係で、

労働者に該当するのではないか、

労働者に該当するとして、原告は使用者といえるのか、

が問題となりました。

 裁判所は、原告から業務遂行上の指揮監督を受けていたことなどを認めたうえ、補助参加人の労働者性を認めました。

 そのうえで、次のとおり述べて、原告と補助参加人との間には黙示の労働契約が成立しているとし、原告の使用者性を認めました。

(裁判所の判断)

「H(わいわい社の代表取締役 括弧内筆者)は、当初、補助参加人が本件倉庫作業をしていたことを認識しておらず、平成25年2月中旬頃、同年1月分の補助参加人に係る請求明細書を見て原告代表者に問い合わせて初めてそのことを知り・・・、補助参加人は、本件倉庫作業の業務内容及び方法等につき、Dのほか、Jらから指導を受け、その作業時間を新開社が設置したタイムカードによって管理されるなど、新開社又は原告から指揮監督を受けて本件倉庫作業に従事しており・・・、わいわい社が補助参加人の業務内容を決めたり、補助参加人に対して業務上の指示をしたことはうかがわれない・・・。そして、わいわい社は補助参加人に対して本件倉庫作業の報酬を支払っているが、その報酬額は、原告が補助参加人の業務に従事した時間に時給を乗じて算定した金額からわいわい社が1時間当たり100円を手数料として控除したものである・・・。

「これらの事情からすると、わいわい社が補助参加人に対して本件倉庫作業に係る指示をし、本件倉庫作業に係る対価を支払っていたものということはできないから、わいわい社と補助参加人との間に雇用契約が成立したと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。」

「そして、原告は、新開社から本件倉庫に係る業務を一括して請け負い、新開社からの依頼を受け、本件倉庫に係る配送業務に従事する人員を確保するべくこれを募集しているほか、本件倉庫作業に従事する人手が不足しているとして、本件倉庫作業に従事する人員として補助参加人を勧誘しており・・・、新開社が設置したタイムカードにより補助参加人が本件倉庫作業に従事した時間を把握するとともに、これを基に補助参加人の本件倉庫作業に係る報酬を算定していた・・・。そして、補助参加人に対して本件倉庫作業の業務内容及び方法等を指導したのは、原告の下請であるDであり、Dの指導により補助参加人は適切に本件倉庫作業を行うことができるようになっている・・・。さらに、本件倉庫作業に係る補助参加人の報酬は、原告がわいわい社に支払う報酬からわいわい社が一定の手数料を控除したものであり、原告は、わいわい社との間で予め合意することなく、本件倉庫作業につき時給1000円で計算した金額をわいわい社に対して支払い、補助参加人から本件倉庫作業に係る報酬額が低すぎるとの苦情を受けた際も時給1100円を提示するなど・・・、原告が補助参加人に対して支払われる報酬額を事実上決定していたということができる。

「上記のような補助参加人の採用に至る経緯、補助参加人に対する指導等の状況や報酬の決定方法等に照らすと、原告と補助参加人との間で本件倉庫作業に係る雇用契約が成立し、原告が補助参加人の使用者であったと認めるのが相当である。」

3.採用への関与、報酬の決定の立証が認められた

 上述したとおり、パナソニックプラズマディスプレイ(パスコ)事件の最高裁判決は、

採用への関与

(派遣元ポジションの会社から支払われる)給与等の額の決定、

を黙示の労働契約が認められるための要素として指摘しました。

 かなり高いハードルであり、これらが充足される事件は、決して多くはないと思います。実際、黙示の労働契約の成立に関しては、水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版、令5〕90頁以下でも紹介されているのですが、肯定例は、パナソニックプラズマディスプレイ(パスコ)事件以前の古いものが殆どを占めています。

 本件では黙示の労働契約の成立が認められた稀有な事案、しかも近時の事案として、実務上参考になります。