弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

身体的接触や卑猥な言動がなくても人格権侵害が成立するとされた例

1.セクシュアルハラスメントと人格権侵害

 「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」を「職場におけるセクシュアルハラスメント」といいます。

 職場におけるセクシュアルハラスメント(セクハラ)は、厚生労働省の告示(平成18年厚生労働省告示第615号『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』【令和2年6月1日適用】)で規定されている法概念であり、民法等の私法で定義されているものではありません。つまり、セクハラに該当することそれ自体は、私法的な法律効果と結びついているわけではありません。セクハラに該当するのか否かは、不法行為法上の違法性が認められるのか否かを判断するにあたっての重要な考慮要素になりますが、セクハラに該当すれば、直ちに不法行為が成立するというわけではありません。

 もう少し敷衍していうと、セクハラが成立する範囲は、かなり広めに設定されています。例えば、告示上、セクハラとされている行為の例に、

「労働者が抗議をしているにもかかわらず、事務所内にヌードポスターを掲示しているため、当該労働者が苦痛に感じて業務に専念できないこと。 」

があります。確かに、事務所内にヌードポスターが張って有れば不快に感じる人はいるでしょうが、だからといって金銭賠償を要するほどのレベルで精神的に傷つくかといえば、必ずしもそうとは言えないように思います。

 このように、セクハラが成立する場面と、不法行為(人格権侵害)が成立する場面とでは、必ずしも一致しません。

 このこととの関係で問題になりやすいテーマの一つに、身体的接触や卑猥な言動がないタイプのセクハラが不法行為(人格権侵害)構成するかという論点があります。

 例えば、関心のない異性から食事に誘われたり、好意を伝えられたりすることはどのように考えられるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、身体的接触や卑猥な言動ではないタイプのセクハラに不法行為該当性(人格権侵害)を認めた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.12.25労働判例ジャーナル148-32 三菱UFJ信託銀行ほか1社事件です。

2.三菱UFJ信託銀行ほか1社事件

 本件で被告になったのは、

証券代行業務等を行う金融機関(被告銀行)、

被告銀行から委託を受け、被告銀行のバックオフィス業務等を行っている株式会社(被告会社)、

被告銀行に雇用され、被告会社に出向していた方(被告F 平成30年1月当時53歳 既婚者)

被告銀行に雇用され、被告会社に出向し、被告会社の人事課長を務めていた方(被告D)

の二法人二名です。

 原告になったのは、平成30年1月当時24歳の女性です。大学卒業後、被告会社に正社員として採用され、被告Fの部下であった方です。被告Fからセクシュアルハラスメントを受けたこと、被告Dが二次加害となる言動をしたことなどを理由に、被告らに対して損害賠償を請求したのが本件です。

 本件では事実関係を含め多数の争点があり、幾つかの興味深い判断がなされているのですが、冒頭に掲げたテーマとの関係で重要なのは、下記の判示です。裁判所は、次のとおり述べて、被告Fの行為に不法行為該当性を認めました。

(裁判所の判断)

・認定できる被告Fの行為について

「被告Fが、平成30年1月上旬、原告に対し吉祥寺駅付近のケーキ店を紹介してほしい旨を伝え、原告に、同月15日ケーキ屋などを紹介するメールを被告Fの私的メールアドレスに送信させたこと、同年2月8日の終業後、被告Fが、原告が紹介したケーキ店に原告を誘い、二人でケーキ店に入りケーキを食べたこと、被告Fが海外旅行に赴く原告に対し、同月16日、『可愛い乙女(ハートの絵文字)の一人旅』などといった内容のメールを送信したことが認められる。」

「被告Fが、原告を食事に誘い、平成30年3月7日、終業後に二人で食事をして井の頭公園を散歩するなどし、その際、これまで好きになった人には全員『○』が付くとか、若ければ原告に対して交際を申し込むであろうなどと発言し、もって、原告を女性として好ましいと思っていることを伝えたこと、被告Fは、同月10日、禁煙を勧めていた原告に対し、自分が今一番気になる魅力的な女性から禁煙するよう言われたので禁煙することを誓う、同月末まで禁煙できたら原告とご褒美の食事に行きたい旨のメールを送信して原告を異性として好ましいと思っていることを伝えつつ食事に誘ったこと、同月、原告を職場の食堂に呼び出して原告の交際相手として若い男はふさわしくない旨意見を述べたことが認められる。」

「被告Fは、平成30年3月23日の職場の送別会終了後、複数の帰宅経路のうち原告の自宅最寄り駅を通る経路を使い、原告の自宅の最寄り駅まで同行し、原告に不安を与えたこと、同月25日、原告のことを『Aちゃん』などと職場では使われない親密な呼びかけをして原告を夕食に誘うメールを送信したこと、その後も同年5月半ば頃まで、夕食への誘いを断る原告を何度も誘ったこと、同月14日の終業後、原告を喫茶店に誘って同行させ誕生日プレゼントを渡したことが認められる。」

「さらに、平成30年7月1日、原告に対し、休暇を取って二人で観光地に行こうと誘うメールを送信し、原告が、交際相手がいるので二人きりで会えない旨の断りのメールをすると、同月2日、原告に対し、原告とたくさん話しをしたい、同じ空間にいたいとの気持ちがとても大きくなっている、自分の気持ちは変わらないなどといったメールを送信して恋情を伝え、原告が返信しなかったにもかかわらず、同月3日には、原告と二人でトルコやエジプトなどへ海外旅行に行きたい、エッチな気持ちではなく、単なる同行者兼保護者として行く覚悟であるなどといったメールを送信したことが認められる。」

(中略)

・不法行為と評価すべき行為

「被告Fは、家族と同居している既婚者で、原告より30歳近く年長の男性で、24歳の独身女性である原告が新卒での入社以来指導を受けてきた上司であり・・・、原告にとって反対の意思を表明し難い立場にある者であったにもかかわらず、平成30年3月7日に原告と二人で食事をした際、原告に対し、異性として好ましく思っていることを伝え、同月以降、異性としての好意を伝えつつ、自分が禁煙できたらご褒美として二人で食事に行きたい旨伝えるメールを送り、食事の誘いを断り続けている原告を何度も二人きりの食事に誘い、被告会社が管理職に対して実施したハラスメントに関する注意喚起において、部下を1対1で食事に誘うことのないよう指導されたにもかかわらず、その後も、原告を1対1での食事に誘い、原告の帰宅途中で原告と同じ車両に乗って原告に話しかけ、原告の最寄り駅で原告が降車するまで原告に同行したり、喫茶店に誘って同行させている。これらは、部下である原告が反対の意思を表明できない状況に乗じて、異性として原告に接近し、食事や喫茶への同行を要求する行為であって、原告に対し不快感を与えるのみならず、要求を断った場合の職場での不利益を懸念させる行為であり、原告の職場環境を害する違法なものと評価できる。」

「さらに、被告Fが、原告を平日に休暇を取り観光地へ二人で行くことに誘った行為、原告が、被告Fと二人で会うことをはっきり断ったにもかかわらず、原告に対し、原告と同じ空間にいたい気持ちが強いなどと恋愛感情を表現するメールを送信したり、原告と二人で海外旅行に行きたい、エッチな気持ちからではないなどといったメールを送信したりした行為は、断る態度を明確に示している原告に対し、原告の上司としての立場に乗じ、原告の心情を無視して、自らの恋愛感情に基づく欲求を一方的に吐露して、原告を困惑させたものであり、原告の職場環境を害し、かつ、原告の人格権を侵害する違法なものと評価できる。

・被告Fには故意又は過失が認められることについて

「原告は、被告Fに対し、メールの絵文字などで親しみを表現し、被告Fの話が面白かったとか、食事がおいしかったとか、もらったプレゼントが素敵すぎて自分にはもったいないなどといったメールを送信しているが・・・、原告が被告Fの部下として被告Fから指導を受けている立場であり、年齢差もあり、食事代などを被告Fが負担していることからすれば、原告が、被告Fに対し、食事の誘いやプレゼントを断れず、その謝礼を伝える際に被告Fの心情に沿った表現をすることは自然なことであり、これをもって原告が被告Fに対し異性として好意を伝えていたとは認められない。かえって、原告が、被告Fからの禁煙を誓うメールや『晩ゴハンのお誘い』と題する食事の誘いのメールに対し、上司への失礼を顧みずメールを返信していないこと・・・、平成30年4月上旬に食事の約束を直前に断っていることからは・・・、原告は、被告Fの言動を原告の意に反するものと感じ、困惑していたといえるし、被告Fに対し、その困惑を極力表現しようとしていたといえる。さらに、部下が明確に拒絶していなくても1対1で部下を食事に誘わないよう注意指導がされていたことに照らせば、上記・・・の被告Fの言動が原告の意に反する可能性があることは、被告Fとしては十分認識することができたものであり、これを認識できなかった場合、少なくとも被告Fには過失があるといえる。」

・被告Fの主張について

被告Fは、原告に対する身体的接触を行っておらず、原告の承諾の下に食事に行ったほか、好意を伝えたり、食事に誘ったりするメールを送信したにすぎず、内容は卑猥なものではなく、原告に明確に拒絶された後は、メールは送っておらず、社会通念上不相当とはいえず、原告の人格権を侵害するとはいえない旨主張する。

しかし、セクシュアルハラスメントは、相手の意に反する性的な言動であり、必ずしも身体的接触や卑猥な言動に限られるものでもない。また、上司であるにもかかわらず、反対の意思を表明し難い部下の女性に対し、異性としての好意を示しつつ二人きりの食事に何度も誘ったり、観光地への二人での外出に誘ったりすることは、性的な言動であり、上記・・・の被告Fの性的言動が原告の意思に反するものであったこと、原告が困惑していたこと、その困惑を被告Fに伝えていたと認められることは、上記・・・で判断したとおりである。したがって、被告Fの主張は採用できない。

・小括

「以上から、上記・・・の被告Fの行為について、被告Fには不法行為が成立する。」

3.身体的接触や卑猥な言動がなくても不法行為は成立する

 上述のとおり、裁判所は、身体的接触や卑猥な言動をしたわけではないという被告Fの主張を排斥し、不法行為(人格権侵害)の成立を認めました。

 冒頭で述べたとおり、セクハラが成立する範囲と不法行為が成立する範囲とは、必ずしも一致しません。しかし、私の感覚上、裁判所がセクハラの不法行為を認める範囲は、拡張される傾向にあり、近時では殆ど同義と理解する裁判例も少なくないように思います。

 裁判所の判断は、セクハラの被害者救済を考えるにあたり、実務上参考になります。