弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

年齢差のある男性上司は、食事の誘いのメールに返信がなかったこと等から自分がセクハラをしている可能性に気付くべきであったとされた例

1.セクシュアルハラスメントと故意・過失

 不法行為の被害者が加害者に損害賠償を請求するにあたっては、民法上の、

「第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」

という条文が根拠になります。

 条文の構造を見れば分かるとおり、不法行為が成立するためには、

権利侵害などの客観的要件のほか、

故意又は過失といった主観的要件

が必要になってきます。

 セクシュアルハラスメントを例に説明すると、

性的自由、性的自己決定権が侵害されていることだけ立証すれば足りるのではなく、

性的自由、性的自己決定権を侵害したことについて、加害者に故意又は過失があることまで立証して初めて、

損害賠償責任を問うことができるということです。

 このブログでも何度か触れてきたとおり、最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件が、管理職からのセクハラについて、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」

との経験則を示して以来、迎合的言動があったとしても、性的自由、性的自己決定権の侵害は生じていると判断する裁判例が増加傾向にあります。

 それでは、客観的要件の立証はL館事件によって示された最高裁判例によってクリアできるとして、迎合的言動と主観的要件の関係は、どのように理解されるのでしょうか?

 迎合的言動があると、加害者側からは、しばしば

「嫌がっている(性的自由、性的自己決定権が侵害されている)とは分からなかった」

という弁解がなされます。これは、法的な主張として翻訳すると、

嫌だったとしても、故意にやったわけではない、

嫌がっていることを認識することは不可能であり、自分には過失があるわけでもない、

という議論になります。

 近時公刊された判例集に、こうした議論がどこまで裁判所で通用するかを考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令5.12.25労働判例ジャーナル148-32 三菱UFJ信託銀行ほか1社事件です。

2.三菱UFJ信託銀行ほか1社事件

 本件で被告になったのは、

証券代行業務等を行う金融機関(被告銀行)、

被告銀行から委託を受け、被告銀行のバックオフィス業務等を行っている株式会社(被告会社)、

被告銀行に雇用され、被告会社に出向していた方(被告F 平成30年1月当時53歳 既婚者)

被告銀行に雇用され、被告会社に出向し、被告会社の人事課長を務めていた方(被告D)

の二法人二名です。

 原告になったのは、平成30年1月当時24歳の女性です。大学卒業後、被告会社に正社員として採用され、被告Fの部下であった方です。被告Fからセクシュアルハラスメントを受けたこと、被告Dが二次加害となる言動をしたことなどを理由に、被告らに対して損害賠償を請求したのが本件です。

 本件では事実関係を含め多数の争点があり、幾つかの興味深い判断がなされているのですが、冒頭に掲げたテーマとの関係で重要なのは、下記の判示です。裁判所は、次のとおり述べて、被告Fの行為に不法行為該当性を認めました。

(裁判所の判断)

・不法行為と評価すべき行為

「被告Fは、家族と同居している既婚者で、原告より30歳近く年長の男性で、24歳の独身女性である原告が新卒での入社以来指導を受けてきた上司であり・・・、原告にとって反対の意思を表明し難い立場にある者であったにもかかわらず、平成30年3月7日に原告と二人で食事をした際、原告に対し、異性として好ましく思っていることを伝え、同月以降、異性としての好意を伝えつつ、自分が禁煙できたらご褒美として二人で食事に行きたい旨伝えるメールを送り、食事の誘いを断り続けている原告を何度も二人きりの食事に誘い、被告会社が管理職に対して実施したハラスメントに関する注意喚起において、部下を1対1で食事に誘うことのないよう指導されたにもかかわらず、その後も、原告を1対1での食事に誘い、原告の帰宅途中で原告と同じ車両に乗って原告に話しかけ、原告の最寄り駅で原告が降車するまで原告に同行したり、喫茶店に誘って同行させている。これらは、部下である原告が反対の意思を表明できない状況に乗じて、異性として原告に接近し、食事や喫茶への同行を要求する行為であって、原告に対し不快感を与えるのみならず、要求を断った場合の職場での不利益を懸念させる行為であり、原告の職場環境を害する違法なものと評価できる。」

「さらに、被告Fが、原告を平日に休暇を取り観光地へ二人で行くことに誘った行為、原告が、被告Fと二人で会うことをはっきり断ったにもかかわらず、原告に対し、原告と同じ空間にいたい気持ちが強いなどと恋愛感情を表現するメールを送信したり、原告と二人で海外旅行に行きたい、エッチな気持ちからではないなどといったメールを送信したりした行為は、断る態度を明確に示している原告に対し、原告の上司としての立場に乗じ、原告の心情を無視して、自らの恋愛感情に基づく欲求を一方的に吐露して、原告を困惑させたものであり、原告の職場環境を害し、かつ、原告の人格権を侵害する違法なものと評価できる。」

・被告Fには故意又は過失が認められることについて

「原告は、被告Fに対し、メールの絵文字などで親しみを表現し、被告Fの話が面白かったとか、食事がおいしかったとか、もらったプレゼントが素敵すぎて自分にはもったいないなどといったメールを送信しているが・・・、原告が被告Fの部下として被告Fから指導を受けている立場であり、年齢差もあり、食事代などを被告Fが負担していることからすれば、原告が、被告Fに対し、食事の誘いやプレゼントを断れず、その謝礼を伝える際に被告Fの心情に沿った表現をすることは自然なことであり、これをもって原告が被告Fに対し異性として好意を伝えていたとは認められない。かえって、原告が、被告Fからの禁煙を誓うメールや『晩ゴハンのお誘い』と題する食事の誘いのメールに対し、上司への失礼を顧みずメールを返信していないこと・・・、平成30年4月上旬に食事の約束を直前に断っていることからは・・・、原告は、被告Fの言動を原告の意に反するものと感じ、困惑していたといえるし、被告Fに対し、その困惑を極力表現しようとしていたといえる。さらに、部下が明確に拒絶していなくても1対1で部下を食事に誘わないよう注意指導がされていたことに照らせば、上記・・・の被告Fの言動が原告の意に反する可能性があることは、被告Fとしては十分認識することができたものであり、これを認識できなかった場合、少なくとも被告Fには過失があるといえる。

・被告Fの主張について

「被告Fは、原告に対する身体的接触を行っておらず、原告の承諾の下に食事に行ったほか、好意を伝えたり、食事に誘ったりするメールを送信したにすぎず、内容は卑猥なものではなく、原告に明確に拒絶された後は、メールは送っておらず、社会通念上不相当とはいえず、原告の人格権を侵害するとはいえない旨主張する。」

「しかし、セクシュアルハラスメントは、相手の意に反する性的な言動であり、必ずしも身体的接触や卑猥な言動に限られるものでもない。また、上司であるにもかかわらず、反対の意思を表明し難い部下の女性に対し、異性としての好意を示しつつ二人きりの食事に何度も誘ったり、観光地への二人での外出に誘ったりすることは、性的な言動であり、上記・・・の被告Fの性的言動が原告の意思に反するものであったこと、原告が困惑していたこと、その困惑を被告Fに伝えていたと認められることは、上記・・・で判断したとおりである。したがって、被告Fの主張は採用できない。」

・小括

「以上から、上記・・・の被告Fの行為について、被告Fには不法行為が成立する。」

3.過失の否定は難しい?

 上述のとおり、裁判所は、食事に誘うメールへの返信がなかったことや、食事の誘いを断られたことから、原告が困惑している可能性を認識できたとして、被告Fの過失を認定しました。

 裁判所の判示を見ると、主観的要件(故意、過失)の立証は、権利侵害性さえ立証できれば割と簡単に認められているようにも読めます。L館事件最高裁判決によって権利侵害性の立証のハードルが下がっても、主観的要件の立証のハードルがそのままでは意味がないという価値判断が根底にあるのかも知れません。

 いずれにせよ、迎合的言動を真に受けたという弁解(故意、過失がない)が成功する可能性は低そうです。このブログでも何度か触れてきましたが、加害者にならないためには、職場に異性関係を持ち込まないに越したことはありません。