弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇の効力を争う時には、就業規則の文言に即した主張立証を意識すること

1.解雇権濫用法理にみられる解雇要件を加重している就業規則?

 労働契約法16条は、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定しています。

 これは解雇権濫用法理と呼ばれていた判例法理を条文化したもので、解雇の可否は、基本的に、この条文に沿って判断されます。

 しかし、就業規則の解雇事由を参照すると、

解雇理由を法所定のものよりも加重しているのではないか?

と思われることがあります。以前にも似たような話はしましたが、こうした事例では、客観的合理性・社会的相当性という枠組みよりも、就業規則の文言に即した主張、立証が効果を発揮することがあります。

解雇の可否は就業規則の文言に即した検討を忘れずに - 弁護士 師子角允彬のブログ

 近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例が掲載されていました。東京地判令5.11.16労働経済判例速報2555-21 PAGインベストメント・マネジメント事件です。

2.PAGインベストメント・マネジメント事件

 本件で被告になったのは、多様な投資を行っている世界有数の投資運用会社であるPAGの日本法人です。

 原告になったのは、アメリカ合衆国籍の男性で、年俸900万円と比較的高条件で被告に中途採用された方です。業績評価の低さを理由に解雇されたことを受け、その無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の特徴は就業規則の解雇事由の定め方にあります。被告では業績不良に関する解雇理由を次のとおり定めていました。

「会社の人的資源を開発する絶え間ない努力、十分な個人指導、カウンセリング、及び警告を与えてもなお、極度に技術力又は能率水準が低いか、又は能力の向上が認めないか、又は他の従業員の作業を妨害する習慣を改める見込みがほとんどないため、既存の任務を遂行する資格、或いは他の任務に終業する資格を著しく欠いていると判断された場合、かかる従業員は解雇の対象となるものとする。」

 このような解雇理由の定めのもと、裁判所は、次のとおり述べて、解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告には、職務遂行上必要とされる仕事の正確性や迅速性に関する能力が不足しており、このため期待された職務を適正に遂行することができない面があり、その業績評価は客観的に見て不良との評価は免れず、平成29年から令和2年までの4年間はいずれも1.5又は2.0と標準よりも低い評価(下位数%)を受けていることも併せ考慮すれば、正確性や迅速性に関する職務遂行能力の不足は、解雇を検討すべき客観的な状況にあったと一応認められる。」

(中略)

「他方・・・評価権者であるEは、別紙『業績評価における評価権者のコメント』(略)記載・・・のとおり、令和元年以降の原告の評価について、正確性や迅速性に関する問題は改善の余地が残るとする一方で、原告に改善の努力がみられることや、日々の業務においてこれらの問題が改善傾向にあり、問題が落ち着いてきたこと、原告が他のチームメンバーが担えないような内容の業務を行っており、他の人と比べても原告の業務が良いと認められるレベルまで改善する可能性を見出していることなど、原告の問題が改善されつつあり、将来もそれが期待できる趣旨のコメントをしていることが認められる。さらに、コントリビューターのコメントの中には、原告のチーム内での仕事ぶりを評価するコメントや、仕事やチームに対する積極的な姿勢などを高く評価するコメントが多く記載されており・・・、原告が被告に貢献しようとする意欲を有していたことが認められる。」

「以上の事情を総合考慮すれば、原告は正確性及び迅速性に関する職務遂行能力に問題があり、その業績評価は不良であったものの、本件解雇当時において、『会社の人的資源を開発する絶え間ない努力、十分な個人指導、カウンセリング、及び警告を与えてもなお』、是正し難い程度であったとまでは直ちに認められない。

(中略)

「原告につき、本件解雇時において、『会社の人的資源を開発する絶え間ない努力、十分な個人指導、カウンセリング、及び警告を与えてもなお、極度に技術力又は能率水準が低いか、または能力の向上が認めない』場合に該当するとは認め難く、被告が主張するその他の事情を踏まえても、原告について解雇事由に該当する事実は認められない。そうすると、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないから(労働契約法16条)、無効である。」

3.文言が影響したのではないか?

 本件は、中途採用・高賃金労働者と比較的解雇の認められやすい類型の方が原告になっていました。また、過去数年の業績評価も下位数パーセントと芳しいものではありませんでした。

 しかし、裁判所は、解雇の効力を否定しました。

 裁判所が解雇の効力を否定したのは、

「会社の人的資源を開発する絶え間ない努力、十分な個人指導、カウンセリング、及び警告を与えてもなお、極度に技術力又は能率水準が低いか、又は能力の向上が認めないか、又は他の従業員の作業を妨害する習慣を改める見込みがほとんどないため、既存の任務を遂行する資格、或いは他の任務に終業する資格を著しく欠いていると判断された場合」

と解雇が認められる範囲を極めて限定的に規定していたからではないかと思います。

 解雇の効力を争う場合に就業規則の文言に立ち返って考えることの重要性を再認識させられる事案といえます。