1.休職期間満了日時点で「治癒」していることは必須か?
休職している方が復職するためには、傷病が「治癒」したといえる必要があります。
ここでいう「治癒」とは「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したこと」をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕479頁参照)。
しかし、休職期間満了時点で「治癒」の状態に至っていなければ、直ちに自然退職や解雇が正当化されるかといえば、そういうわけでもありません。
例えば、
東京地判昭59.1.27労働判例423-23エール・フランス事件は、
「申請人を他の課員の協力を得て当初の間はドキュメンティストの業務のみを行なわせながら徐々に通常勤務に服させていくことも充分に考慮すべきであり、前記の後遺症の回復の見通しについての調査をすることなく、また、復職にあたって右のような配慮を全く考慮することなく、単に一瀬医師の判断のみを尊重して復職不可能と判断した被申請人の措置は決して妥当なものとは認められない。」
と判示しています。
また、大阪地判平11.10.18労働判例772-9、大阪高判平13.3.14 労働判例809-61全日本空輸(退去強制)事件は、
「直ちに従前業務に復帰ができない場合でも、比較的短期間で復帰することが可能である場合には、休業又は休職に至る事情、使用者の規模、業種、労働者の配置等の実情から見て、短期間の復帰準備時間を提供したり、教育的措置をとるなどが信義則上求められるというべきで、このような信義則上の手段をとらずに、解雇することはできないというべきである。」
と判示しています。
要するに、休職期間満了の時点で完全に治癒していなければならないというわけではなく、多少の緩衝が認められていて、それほど時間を置くことなく通常勤務に復帰することができれば、復職は可能ということです。
そこで、この「緩衝」がどのように理解されるかが問題となります。
近時公刊された判例集に、この「緩衝」との関係で、興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。大阪地判令6.5.21労働判例ジャーナル149-38 阪神高速技研事件です。何が興味深いのかというと、厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」が引用されたうえ、復職要件について、段階的プロセスを経れば最終的に従来と同様の担当業務を行う見込みがあれば足りると判示されていることです。
2.阪神高速技研事件
本件で被告になったのは、道路構造物の補修設計等を事業内容とする株式会社です。
原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、企画部で働いていた方です。平成31年2月7日に休職期間の満期を2年とする休職命令が発令され(本件休職)、途中リワークプログラムの受講を経たものの、令和3年2月6日の経過をもって休職期間満了による退職扱いを受けました(本件退職扱い)。これに対し、本件退職扱いの無効を主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。
裁判所は原告の地位確認請求を認めたのですが、その中で、復職要件「職場復帰して、従来と同様に担当業務を行えるほどまで回復していること」との関係で次のような判断を示しました。
(裁判所の判断)
「復職判定基準4号は『職場復帰して、従来と同様に担当業務を行えるほどまで回復していること』と定めている。もっとも、『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』(乙10)が、数か月にわたって休業していた労働者に、いきなり発病前と同じ質、量の仕事を期待することには無理があり、職場復帰後の労働負荷を軽減し、段階的に元へ戻すなどの配慮が必要となると指摘しているところを踏まえると、同号の基準も、そのような配慮などのプロセスを経れば、最終的に従来と同様の担当業務を行う見込みがあれば足りるものと解するのが相当である。そして、原告は、別件リワークにおいて、令和2年9月17日の本件評価シートで、現在から6か月以内に9割以上10割未満の業務遂行能力が達成されると説明していること・・・や、本件リワークの会社課題の成果物そのものに特段の問題が指摘されていないこと(弁論の全趣旨)に照らすと、原告が職場復帰後には、休職前と同様の事務作業に従事することが十分可能であるといえ、同号の要件充足性にも問題がない。」
「なお、被告は、本件リワークの終了後に、会社課題の取り組みに関して、十分なホウレンソウ(報告・連絡・相談)がされていなかったことを指摘するが、それは復職後において、原告に指導・改善を促せば足りる問題にとどまるのであって、復職の可否を判断する際の消極的要素とはなり得ないものである。」
「おって、『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』では、職場復帰後における就業上の配慮等として、まずは元の職場への復帰を原則とするが、例外的に他の適応可能と思われる職場への異動を積極的に考慮した方がよい場合があると指摘されている(乙10)。本件では、原告の適応障害の原因が、所属部署の課長補佐との折り合いの悪さにある可能性が否定できないことから、実際に原告を復職させるに当たっては、当該課長補佐と同じ職場に復帰させることの当否を検討すべきである。もちろん、被告は職員の配置について人事権を有しており、その裁量も尊重されるべきではあるが、原告について適当な異動場所がないこと・・・について、具体的・客観的な裏付けがない以上、原告を異動させないことを前提に復職の当否や復職先を判断することは相当でない。そして、仮に、被告の人事配置上、当該課長補佐と原告とを同じ職場に配置せざるを得ないとしても、原告を復職させるにつき異動等の環境調整は必須ではないことは先に説示したとおりであるから、原告を当該課長補佐と同じ職場に復職させた場合に、原告が再び適応障害等の精神疾病を再発させる蓋然性が高く、そのために担当業務(事務作業)を全うできないとまでは認めるに足りない。」
3.心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き
判示の中で言及されている
「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」
は厚生労働省が作成している、メンタルヘルス対策における職場復帰支援用の資料のことだと思います。
心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き |厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/000561013.pdf
労働者の職場復帰支援を謳うだけあって、ここには労働者保護の参考になる知見が多く記述されています。そのため、休職⇒解雇・自然退職の効力を争う訴訟で労働者側から提出されることが多いのですが(本件では乙号証として提出されているので使用者側から提出されているようです)、如何せん法令ではないためか、個人的経験・観測の範囲内で言うと、裁判所がこれを根拠に「治癒」要件を甘く見てくれることは、あまりないように思います。
しかし、本件の裁判所は上記「手引き」を参照したうえ、
「数か月にわたって休業していた労働者に、いきなり発病前と同じ質、量の仕事を期待することには無理があり、職場復帰後の労働負荷を軽減し、段階的に元へ戻すなどの配慮が必要となると指摘しているところを踏まえると、同号の基準も、そのような配慮などのプロセスを経れば、最終的に従来と同様の担当業務を行う見込みがあれば足りるものと解するのが相当である」
という復職要件を導いています。
この規範は他の事案にも応用可能性のあるもので、実務上、大いに参考になります。