弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

上司の指示・確認のもとで違法行為をしたことは、処分の軽減事由になるのか?

1.上司の指示で行われた不正行為

 不正行為の責任を問われて懲戒処分を受ける人の中には

「上司からの指示で仕方がなかった」

という弁解をする人がいます。

 しかし、この種の主張が通った例は、あまり見たことがありません。

 理由は二つあります。

 一つ目は立証が困難であることです。

 上位者が自分の手を汚さず、第三者に不正を指示するのは、いざとなったら切り離して保身を図るためです。保身を図りたいのに巻き添えを食っては意味がありません。そのため、人に不正行為を指示する場合、証拠が残らないような形がとられるのが普通です。多義的な暗喩や婉曲表現が用いられたり、口頭で簡単なやりとりがされるだけであったり、色々なパターンがありますが、大抵の場合、指示者は証拠が残らないように細心の注意を払います。結果、上司から不正行為の指示が流れてきたことが立証できるケースはそれほどありません。

 もう一つは、裁判所の廉潔性の問題です。

 個人的な実務経験を通しての感覚であって実証できるものではありませんが、裁判所は違法行為に対して本能的な嫌悪感を持っています。「他にも違法行為をしている人がいる」「自分が違法行為をしたのはあの人のせいだ」という類の主張に対しては、かなり冷淡な態度をとります。

 こういう具合であるため、不正な指示が流れてきた場合、従ってしまうと命取りになりかねません。組織も上司も裁判所も守ってはくれないからです。

 近時公刊された判例集にも、上司の指示・確認のもとで違法行為が行われたという主張が裁判所に一蹴された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、大分地裁令6.4.12労働判例ジャーナル149-54 中津市事件です。

2.中津市事件

 本件で被告になったのは、中津市です。

 原告になったのは、中津市の職員として働き、定年退職した方です。在職していた時に、内容虚偽の領収書等を作成し、被告をして県や国への補助金の返還を免れさせたことを理由として、退職手当全額の返納命令を受けました(本件返納命令)。これに対し、原告の方は、本件返納命令の取消を求めて出訴しました。

 本件の原告は、補助金流用の経緯について、

「公金である補助金(助成金)の管理等をしていたのは被告である。」

「補助金を受領するのは私人である原告ではなく被告であり、補助金を流用して別の事業に用いたのも被告自身であって、原告は事務作業を、有給中、時間外などにさせられていたにすぎない。」

「原告は、別紙3の別紙流用先一覧表のとおり、補助金の下りなかった被告の事業に対して上司の指示・確認のもとで業務命令により補助金を流用(目的外使用)し、被告の事業を行うために本件非違行為を行ったものである。」

という主張を展開しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて原告の主張を排斥しました。結論としても、原告の請求は棄却しています。

(裁判所の判断)

「原告は、流用先一覧表(別紙3)のとおり、補助金の下りなかった被告の事業に対して、上司の指示・確認のもとで業務命令により補助金を流用(目的外使用)し被告の事業を行うべく事務処理を担っていただけであって、その動機に私的なものはなく、このような流用は被告も承知していたのであるから、この点を考慮せずに行われた本件返納命令には裁量権の逸脱又は濫用がある旨主張し、このような主張を基礎づける事実として、原告は、〔1〕AED購入に係る事情、〔2〕totoの領収書の偽造に係る事情、〔3〕姫島サマーキャンプに係る事情、〔4〕グリーンカーテン事業に係る事情を指摘する。」

「〔1〕につき、確かに、洞門元気クラブの平成23年度のNo.163ないし166(借料及び損料)の特記事項欄には、「H24.4.1使用料補助金として元気クラブから洞門ファイターズへ18、000円の支払いを確認。実績に添付された資料のコピーに『24年度AED購入し禅海ふれあい広場へ設置するので使用料は少年野球グラウンド使用料へ移す P6支所長・P7センター長・P3・P10にて承 のメモ書き有 ※本来であれば市からの請求額90、600円を市に納入するはずだが、市には納入せず洞門ファイターズとP9さんに渡したこととなっている。』との記載があり・・・、『24年度AED購入し禅海ふれあい広場へ設置するので使用料は少年野球グラウンド使用料へ移す P6支所長・P7センター長・P3・P10にて承』のメモ書きのあること・・・が認められるものの、当該メモ書きの作成経緯について原告主張のような関係者間でのやり取りが行われたことを証するに足りる的確な証拠はなく、また、仮にメモ書きの記載の内容についてのやり取りがされたものだとしても、原告主張のAED購入費用を他の補助金を流用することで賄う旨の具体的指示があったということが直ちに明らかにされるものではなく、原告の主張は採用し難い。また、〔2〕についても、原告の主張する経緯のあったことを認めるに足りる的確な証拠はなく、〔3〕及び〔4〕についても、補助金によって事業の実施に係る経費の全額を賄うことができないとしても、それが補助金の流用によって賄う旨の具体的指示のあったことを認めるに足りる的確な証拠はないのだから、結局において、前記〔2〕ないし〔4〕の原告主張の経緯を認定するに足りる証拠はないといわざるを得ない。

仮に原告の主張するように、補助金の下りなかった被告の事業に対して上司の指示・確認のもとで業務命令により補助金が流用(目的外使用)されていたとしても、本件非違行為の態様及び性質において非難の程度が強く悪質であることに変わりはなく(その上司が懲戒されるべきか否かという点とは別問題である。)、かつ、前記1のとおり、一部において原告は本件非違行為により自己の利益をも得ていることが認められるのであるから、このような事情の有無によって本件返納命令を行うことが不合理となるものではなく、その余の原告の主張を考慮しても、前記判断を左右しない。

3.不正行為の指示があった場合、どのように対応するか?

 本件では原告の方が利益を得ていたことが認定されているため、上司の指示だけが問題になっている事案ではありません。また、結局、原告の方に対する上司からの指示があったのか/なかったのかは分かりません。

 しかし、「証拠がない」が連発され、上司の指示だろうが何だろうが「非難の程度が強く悪質であることは変わりない」と総括されているのは、「上司の指示のもとで違法行為をした」という弁解に対して裁判所が行う典型的な判示です。

 このような具合になるため、不正な指示には絶対に従ってはなりません。組織は手心を加えることなく責任を追及してきますし、上司は守ってくれないし、裁判所からも冷淡に扱われます。

 とはいえ、不正ではあっても、上司からの指示を断ることには勇気が要ります。指示を断って、何らかの報復を受けないかも心配になります。

 不正行為の指示を受けた労働者としては、かなり難しい立場に置かれます。このような場合に、不正行為に関与しないことを前提としつつ、どのように立ち居振る舞うのかは、正解のある問題ではなく、事案毎に最善手を考えて行く必要があります。

 判断に迷ったら、弁護士のもとに相談に行ってみると良いかも知れません。弁護士は職務倫理上、「不正行為に従う」と言うアドバイスはできませんが、最もダメージの少ない選択を一緒に考えて行くことはできるだろうと思います。