1.成績査定による賃金減額
賃金減額の効力を争うにあたり、減額の法的根拠を問い質すと、
(成績)査定だ、
と言われることがあります。
一般論として、査定による賃金減額は許されないわけではありません。
しかし、
「年俸制など労働者の能力や成果の評価に基づいて個別に賃金額を決定する賃金制度において、評価が低いことを理由に賃金が減額されることもある。このような減給措置が適法になされるためには、①能力・成果の評価と賃金決定の方法が就業規則等で制度化されて労働契約の内容となっており、かつ、②その評価と賃金額の決定が違法な差別や権利濫用など強行法規違反にならない態様で行われたことが必要になる」
と理解されていて、無条件で認められているわけではありません(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第3版、令5〕648頁参照)。
近時公刊された判例集に、①の制度化要件との関係で、興味深い裁判例が掲載されていました。東京地立川支判令6.2.9労働判例ジャーナル150-26 JYU-KEN事件です。何が興味深いのかというと、就業規則に査定による賃金減額が規定されてはいたものの、改定要件等の規定を欠く恣意を許す構造になっているなどとして、成績査定による賃金減額の効力が否定されたことです。
2.JYU-KEN事件
本件で被告になったのは、不動産の売買、賃貸、管理及び受託不動産の活用企画業務等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告で不動産営業職として働いていた方です。被告を退職した後、未払の時間外勤務手当の支払い等を求めて提訴したのが本件です。
本件では、在職中、原告に基本給の減額措置がとられており(基本給月額30万円⇒28万5000円)、その可否が争点の一つになりました。
被告の賃金規程上、
第19条(賃金の改定)
a 1項
基本給及び諸手当等の賃金の改定(昇給、降給、現状維持のいずれかとする。)については、原則として毎年4月に行うこととし、改定額については、会社の業績及び従業員の勤務成績等を勘案して各人ごとに決定する
b 2項
前項のほか、特別に必要があるときは、臨時に賃金の改定を行うことがある
という規定があり、本件の被告は、この条文に基づく人事考課に基づいて言及を行ったと主張しました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、賃金減額の効力を否定しました。
(裁判所の判断)
「前記前提事実によれば、被告の賃金規程19条には、原則として毎年4月に会社の業績及び従業員の勤務成績等を勘案して、各人ごとに賃金を改定(昇給、降級、現状維持のいずれか)する旨規定されている・・・。」
「しかし、同規程は、それ以外に、改定の要件等については何ら規定しておらず、労働者の職務との対応において定められているわけでもなければ、昇進昇格に応じた枠組みの中で人事評価の手続や決定がされるわけでもなく、使用者である被告の恣意的な適用を排除し得ないところである。」
「実際に、証拠によれば、令和元年7月の人事考課の際、原告は、訴外P3のアドバイスに従ったとしつつ自らを45パーセントと評価し、その一方で、『人事考課表』・・・の記載を前提にしても、『ノルマ達成度』欄によれば、ノルマ200万円(原告によれば、正確な金額は2592万円とのことである(原告本人)。)に対して実績は67万6000円であるから、200万円を前提にしても目標達成度は約30パーセントであるところ、被告の評点は『80』となっており・・・、いかなる理由で上記評点となったのか、客観的な基準や根拠が明らかではない。」
「これらのことからすれば、当該人事考課時に、数名ではあるものの昇給している者もいることを考慮しても、原告の基本給減額について、合理的な理由は見出し難い。」
「したがって、被告による令和元年7月からの原告の基本給の減額は、有効であるとは認められない。」
3.形だけの根拠ではダメ
以上のとおり、裁判所は、考課(成績査定)による賃金減額の効力を否定しました。
改定要件が不明確で恣意を招きやすく、実際に恣意が疑われるような査定がされているとなると、形の上で賃金減額の根拠が就業規則(賃金規程)上に置かれていたとしても、賃金減額は認められないということなのだと思います。
本件のように、就業規則(賃金規程)上、考課(成績査定)による賃金減額の根拠が置かれてはいるものの、どのような場合に賃金が上下するのかが明確に定められておらず、経営者が単純な好き嫌いで賃金を上下させているのではないのかが疑われるケースは、実務上、それなりの頻度で目にします。
こうした事案に直面した時、賃金減額の効力を否定して行くにあたり、本件は実務上参考になります。