1.早出残業の認定は厳しい
タイムカードで労働時間が記録されている場合、終業時刻は基本的にはタイムカードの打刻時間によって認定されます。しかし、始業時刻の場合、所定の始業時刻前にタイムカードが打刻されていた場合であっても、打刻時刻から労働時間のカウントを開始してもらうためには、「使用者から明示的には労務の提供を義務付けていない始業時刻前の時間が、使用者から義務付けられまたはこれを余儀なくされ、使用者の指揮命令下にある労働時間に該当することについての具体的な主張・立証が必要」で、「そのような事情が存しないときは、所定の始業時刻をもって労務提供開始時間とするのが相当である。」と理解されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕68頁参照)。
このように早出残業(始業時刻前に出勤して働くこと)の労働時間性の立証は、必ずしも容易ではありません。
それでは、早出残業の労働時間性の立証のハードルを乗り越えるには、どのような証拠を準備しておけば良いのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地立川支判令6.2.9労働判例ジャーナル150-26 JYU-KEN事件です。
2.JYU-KEN事件
本件で被告になったのは、不動産の売買、賃貸、管理及び受託不動産の活用企画業務等を目的とする株式会社です。
原告になったのは、被告で不動産営業職として働いていた方です。被告を退職した後、未払の時間外勤務手当の支払い等を求めて提訴したのが本件です。
被告の就業規則上、始業時刻は午前10時と定められていましたが、タイムカードにはそれよりも前の時刻が打刻されており、本件でも早出残業の労働時間性が問題になりました。
本件の事案としての特徴は、残業に関連する上司(被告取締役P3)の発言が認定できていることです。
裁判所では、次のようなP3の発言が認定されています。
(裁判所の認定事実)
ア 令和2年1月30日(甲22)
「日報はさ」「社長に送るときは決まりがあって」「すごい遅くなるときに」「遅く送ると「お前自分が俺を待たせるのか」ってくるから」「適当に送っといて」「(原告の「何時ぐらいまでってあります」という質問に対し)うーん9時10時くらい」「それぐらい、で時間かかっても契約書作成して。時間なったら帰ってもいいから。」「24時だったら24時」「言った通りさぁお釣りが来てるわけだろ。今日やったのでも、火水でやっとけば」(1頁)
「俺火水何やってたと思う?」「火曜日はここにきて、朝からね」
「変な話休みを火水で取るんだったら月曜日の夜中までやって火曜日の朝一までやってもいいじゃん。片付くんだったら。」「早く帰るのはいいよ。だったら効率よくしろよ、ね。俺と同じ効率でできないでしょう。ねえ。だったら俺と同じ時間帯だけ働けばいいの。」
「だからもう意識本当に変えて。(仕事を)片付けてから帰ろう。ね。」
イ 令和2年2月23日(甲23)
「(原告の終わっていない仕事がある旨の発言に対し)でもそれ昼間、平日の話だろ。それはもう家でやってきてんじゃないの。」
ウ 令和2年4月9日(甲11)
「最後どんだけ頑張るか分かんないけど、がんばるんだったらやれるだけ仕事をやってから帰れよ。」(1頁)
「仕事を覚えるまで毎日何時まで働いてたと思う?」「平均2時」
「仕事覚えないんだったら覚えるまでずっとやれ、時間かけていいから」(3頁)
「契約あります明日決済ありますって言ったら俺どれぐらい前に来てると思う?渋滞とかない限り」「30分前にはいっているよ。あんたどれぐらいを目指すの?」(4頁)
「そこに書いとけ30分前行動って」(5頁)
「朝来るとは別に9時半に来てないだろ。」(14頁)
「新人はさぁ、どれぐらいに来たらいいの?」「(原告の「一番最初に」という発言を受けて)うん、ていうところから変えてみたら?」「自分が新人だと思うんだったら」「もう早く来ること。」(15頁)
エ 令和2年4月24日(甲8)
「一個できるようになったのは朝早く来ることぐらいだろ先に。なあ。着て掃除してるかお前。」「なんでお前が掃除しなくて俺が掃除するんだよ、俺は別にいいよ掃除好きだから。ねえ。お前がやんなきゃいけない仕事を俺がやってるのね。」「あなたができる仕事は俺やってるの。」(7頁)
このような発言があったことを前提に、裁判所は、次のとおり述べて、早出残業は労働時間にあたるとし、始業時刻をタイムカードに準拠して認定しました。
(裁判所の判断)
「始業時刻についても、原則としてタイムカードに従うべきである。ここで、始業時刻については、就業規則で定められた時刻より早い時間については、いわゆる早出残業が認められるか否かが問題となる。」
「早出残業については、始業時刻まで使用者の指揮命令下に入らず自由に過ごすことがあり得るため、居残り残業に比して慎重に検討する必要があるが、本件においては、前記前提事実記載のとおり、上司である訴外P3が、原告に対し、令和2年4月9日に、朝9時30分までに出社するよう求め(甲11の14頁)、原告は新人であるから一番最初に出勤するよう申し向けており(同15頁)、同月24日には、同人より先に出社することはできるようになった旨の発言があるなど(甲8の7頁)、上司から就業規則で定められた始業時刻より前に出勤するよう命令があったものと認められる。そして、原告は、令和元年12月19日にタイムカードの打刻時刻と同時刻の8時39分に書類の確認手続を行い(甲2の13)、令和2年4月7日にはタイムカードの打刻時刻である4時59分の3分後である5時02分に書類の押印申請を行い(甲2の43)、同月16日にタイムカードの打刻時刻より約1時間早い8時28分に書類の確認手続を行うなど(甲2の47)、実際に業務をしているものと認められること、上記いずれの日も、同日のうちに原告の上司である訴外P3が当該書面の承認や確認の手続を行っているところ、訴外P3から原告に対して始業時刻前の勤務について注意をしたなどの形跡も特段うかがわれないこと等からすれば、他の労働日全般についても、使用者から具体的な反証がない限り、使用者の指揮命令下に入っていたものと認められるものといえる。そして、この点について、被告から特段の反証等はされていない。」
「したがって、上記のとおり、始業時刻も原則としてタイムカードの打刻時刻によるべきであり、就業規則で定められた時刻より早い時間にタイムカードが打刻されている場合についても、労働時間として認められるといえる。」
3.録音は労働時間立証との関係でも効力を発揮する
録音というと、ハラスメントの立証方法としての活用を想像する人が多いのではないかと思います。
しかし、録音が効力を発揮するのは、ハラスメント立証の場面だけではありません。早出残業の労働時間性を立証するにあたっても、同様に威力を発揮します。所定始業時刻よりも早く来て働くように言っている発言が記録でき、稼働していたことについて一定の裏付けが確保できれば、早出残業の労働時間性の立証のハードルを乗り越える芽が出て来ます。
本裁判例は、早出残業に対応する残業代を請求して行くにあたり、実務上参考になります。