弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

早出残業の立証が認められた例-定型業務は立証が容易?

1.早出残業の認定は厳しい

 タイムカードで労働時間が記録されている場合、終業時刻は基本的にはタイムカードの打刻時間によって認定されます。しかし、始業時刻の場合、所定の始業時刻前にタイムカードが打刻されていた場合であっても、打刻時刻から労働時間のカウントを開始してもらうためには、「使用者から明示的には労務の提供を義務付けていない始業時刻前の時間が、使用者から義務付けられまたはこれを余儀なくされ、使用者の指揮命令下にある労働時間に該当することについての具体的な主張・立証が必要」で、「そのような事情が存しないときは、所定の始業時刻をもって労務提供開始時間とするのが相当である。」と理解されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕68頁参照)。

 このように早出残業(始業時刻前に出勤して働くこと)の立証は、必ずしも容易ではありません。しかし、近時公刊された判例集に、早出残業の労働時間性の立証に成功した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.11.29労働判例ジャーナル122-44 ホテルステーショングループ事件です。

2.ホテルステーショングループ事件

 本件で被告になったのは、都内で16店舗のラブホテルを経営する個人です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、客室清掃等を担当するルーム係として勤務していた方です。原告の所定労働時間は、

午前10時~午後5時(うち45分間休憩)

とされ、タイムカードで労働時間管理がされていました。

 このような事実関係のもと、本件では、原告の早出残業、つまり午前10時以前の勤務の労働時間性が問題になりました。

 原告は、

「原告を含むルーム係は、被告の指示の下、午前10時に客室清掃を始めていたが、その前にロビー、エレベーター、建物回りの清掃を済ませ、リネン業者が配達してきたタオル、シーツ類の仕分けなどの準備作業を行っていた。」

と主張しました。

 これに対し、被告は、

「被告が経営する店舗では、午前0時から午前10時までの間は『遊軍』と呼ばれる従業員が各店舗を回り客室清掃などの作業を行い、原告のような早番のルーム係は出社した午前10時から作業を行うこととなっていたから、原告が午前10時より前から作業をする必要はなかった。被告が午前10時より前の作業を指示したこともない。被告の従業員には高齢者が多く、所定始業時刻の30分前や1時間前に出勤して、控室でテレビを見ながら談笑して時間を過ごしている。」

と反論しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、早出残業の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうものと解する(最高裁判所平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。」

原告は、タイムカードを打刻してから所定始業時刻の午前10時までの間、上記・・・のようなリネン類の準備作業などを行っており、原告のこれらの作業の性質は被告の業務遂行そのものである。このことに加え、その作業が被告が労務管理のために導入したタイムカードの打刻後に行われていたこと、被告の管理が及ぶ店舗内で行われていたものであること、ほぼ全ての出勤日で同じように行われ続けていたことなどからすると、被告はこのような常態的な所定始業時刻前の作業の実態を当然に把握していたというべきところ、これを黙認し、業務遂行として利用していたともいえるから、上記作業は被告の包括的で黙示的な指示によって行われていたものと評価すべきである。

「そうすると、原告は、タイムカードを打刻してから午前10時までの間も被告の指揮監督下に置かれていたものと評価でき、その時間も労基法上の労働時間と認めるのが相当である。」

「被告は、午前10時までは遊軍と呼ばれる従業員が各店舗を回るため、午前10時より前から原告が業務を行う必要はなかったと主張する。しかし、上記のような勤務実態に関する原告の供述は、入社以降そのような勤務を続けている経緯を含めて詳細であり、不自然な点はないこと、タイムカードの打刻に整合していること、被告の管理下での事象であるのにこれに反する証拠は何ら提出されていないことからすれば、信用することができる。他方、被告の述べる遊軍については、店舗数16に対して5名程度存在するにすぎないというのであり、七番館に固定的に派遣されていたといった事情も認められないのであるから、原告の供述の信用性を弾劾するに至るものではない。」

「なお、原告は、作業が終わってから午前10時になるまでの間に数分程度ルーム係の控室で休息をとっていたこともあったことが認められるが、原告は、既にタイムカード上の出勤時刻から被告の指揮命令下での労働を開始しており、この程度の短時間の余裕しかないのであれば、結局午前10時からの作業に備えてルーム係控室などに在室していることを余儀なくされているといわざるを得ないから、その数分間被告の指揮命令下から解放されていたとは評価できない。」

「被告は、原告が出勤後にルーム係の控室で同僚と談笑していた可能性も指摘するが、その事実を確かめたことはないなどと被告自身が述べており・・・、採用できない。」

3.定型業務、詳細な供述、反証の欠如

 何か月も前の特定の日に、どのような業務をしていたのかを誤りなく明確に話すことができる人は、それほど多いわけではありません。このことは早出残業の立証が困難である一因を構成しています。

 しかし、担当しているのが定型業務である場合は、話が違ってきます。毎日同じ仕事をしているので、日々の仕事の手順を詳細に話しさえすれば、それぞれの日に労務を提供したことが立証できます。

 これに対し、使用者の側で有効な反証ができなければ、早出残業の労働時間性が認められることになります。

 本件では、

原告の業務が定型的なものであったこと、

そうであるがゆえに、業務手順を詳細に話しさえすれば、日々の労働時間が立証できる関係にあったこと、

被告側からの有効な反証がなかったこと、

という条件が満たされていたことから、早出残業の労働時間性を立証できたのではないかと思われます。

 定型業務に従事している方は、本件のような立証実例を意識したうえで、早出残業の労働時間性を立証して行くことが考えられます。