弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

助教の取得した科研費(科学研究費補助金)を講座全体で管理・費消したことに違法性が認められた例

1.科研費(科学研究費補助金)

 「人文学、社会科学から自然科学まで全ての分野にわたり、基礎から応用までのあらゆる『学術研究』(研究者の自由な発想に基づく研究)を格段に発展させることを目的とする『競争的研究費』であり、ピアレビューによる審査を経て、独創的・先駆的な研究に対する助成を行う」ことを「科学研究費助成事業」といいます。この事業に基づいて個々の研究者に交付される資金を、科学研究費(科研費)といいます。

科学研究費助成事業|日本学術振興会

 科研費は基本的に個々の研究者と紐づいたものですが、これを切り離し、研究者により取得された科研費を所属講座全体で管理・費消することは許されるのでしょうか? 科研費をとってきた部下に対するハラスメントにならないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。鹿児島地判令4.2.1労働判例ジャーナル124-72 国立大学法人鹿児島大学事件です。この事件は、助教が取得してきた科研費を、講座全体で管理するとして教授・講座長が使ってしまうことが、助教に対する不法行為(国家賠償法違反)を構成すると評価された点に特徴があります。

2.国立大学法人鹿児島大学事件

 本件で被告になったのは、鹿児島県に主たる事務所を置く国立大学法人(被告大学)と、その教授C(被告C)の二名です。被告Cは口腔微生物学を専門とする研究者であり、被告大学において、発生発達成育学講座(本件講座)の唯一人の教授で、講座長を務めていました。

 原告になったのは、被告大学の助教の方です。過去本件講座に所属していた方です。取得した科学研究費補助金を被告Cに費消されたなどと主張し、被告らに対して損害賠償の支払いを求める訴えを提起しました。

 本件の争点は多岐に渡りますが、裁判所は、次のとおり述べて、被告Cの行為に違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告cが原告の科研費を流用したため、科研費を自身の研究のために使用できなかった旨主張する。」

「前記・・・で認定した事実関係によれば、そもそも科研費はこれを取得した者が補助の対象とされた研究に必要な経費のみに充てることができるものであり、現に被告cが本件講座に着任する前は、原告が自身の取得した科研費を自身の研究に充てていたのである。しかるに、被告cの着任後、同人の発案によって、本件講座においては原告の取得した科研費も含めて講座全体で管理し、これを共通物品の購入等に充てるような仕組みが導入され、原告が取得した科研費を原告の自由に使用できなくなったばかりか、年度によってはその大部分が共通物品の購入に充てられている。このような仕組みの発案や導入、運用は、原告の科研費に関する自由を侵害するものとして被告cによる違法な行為と認めるのが相当である。」

「これに対し被告らは、原告の科研費で購入した一般試薬を他の研究に用いたとしても問題はなく、現に被告c、e及びdの科研費からも共通物品を購入しており、原告の科研費に占める共通物品の割合は他の研究者のそれより大きいわけではないなどと主張する。」

「しかしながら、科研費について前記・・・で認定したところに照らすと、他の研究のためにこれを用いることが許容されているとは認め難い。また、本件講座の他の職員の科研費も共通物品の購入に充てられていた事実も被告cが原告の科研費に関する自由を侵害したことの違法性を左右する事情には当たらない。」

「したがって、原告の科研費に関する被告cの行為は違法であり、争点・・・・についての原告の主張は理由がある。

3.講座長・研究グループの長・プロジェクトの長が資金を代表で管理する手法

 このブログを見て相談に来てくれる方にの中には、大学教員の方が相当割合で含まれています。彼ら・彼女らの働き方を見ていると、配分される研究費の管理が、講座毎、研グループ毎・プロジェクト毎になされ、それらの長によって出納に係る意思決定が行われているケースが散見されます。結果、科研費を取得した年次の浅い研究者が研究に支障を感じ、相談に来るといった経過が辿られています。

 特定個人の支配のもと十分に研究ができないという不利益から若手研究者を解放するにあたり、本裁判例には大いに活用して行くことが考えられます