弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメントの調査を求めるメール類は文言や内容が攻撃的になっても、かなりの程度までは許容される

1.ハラスメントの相談と不利益取扱い

 男女雇用機会均等法11条は、1項で、

「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」

と規定し、2項で、

事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

と規定しています。

 労働施策総合推進法は30条の2は、1項で、

「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」

と規定し、2項で、

事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

と規定しています。

 こうした規定により、セクシュアルハラスメントやパワーハラスメントの被害者は、事業主に相談したことで不利益を受けない立場を保障されています。

 しかし、法律相談を受けていると、ハラスメントの相談をしたことを事業主から否定的に取り扱われている人を見ることが少なくありません。単に供述が対立していて事実を認定できなかっただけであるのに「故意に嘘を言って同僚を貶めた」ということで懲戒処分や雇止めを受けたり、相談で用いられた言葉に品位がないということで逆に叱責を受けたりすることが典型です。

 もちろん、このような取扱いは法的に問題ありとされる可能性が高いのですが、後者のようなケースは、具体的なペナルティとの結びつきまでは認めることができないこともあって事件化することが稀で、裁判所がどのように考えているのかが今一よく分からない状態にありました。

 しかし、近時公刊された判例集に、強めの文言でハラスメントの相談をすることの適否が問題となった裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、鹿児島地判令4.2.1労働判例ジャーナル124-72 国立大学法人鹿児島大学事件です。

2.国立大学法人鹿児島大学事件

 本件で被告になったのは、鹿児島県に主たる事務所を置く国立大学法人(被告大学)と、その教授C(被告C)の二名です。被告Cは口腔微生物学を専門とする研究者であり、被告大学において、発生発達成育学講座(本件講座)の唯一人の教授で、講座長を務めていました。

 原告になったのは、被告大学の助教の方です。過去本件講座に所属していた方です。本件講座に所属していたeが原告からハラスメントを受けていると被告大学の相談員に申し出た後、原告からも被告c、e、dからハラスメントを受けているとの申し出を行いました。

 その後、被告大学のハラスメント調査委員会は、

原告がハラスメントを行った事実も、

被告c、e、dがハラスメントを行った事実も、

いずれも認められなかったと結論付けました。

 しかし、被告大学総長は、原告に対し、

「〔1〕前記ハラスメント調査委員会の調査に当たって、ハラスメントの申立てとして多数の文書をメールで調査委員会及び労務調査室に送付したが、その中には、自己の主張を正当化するために本件講座の同僚の職員を個人攻撃するものがあり、職員としての節度を逸している、

〔2〕教室の運営について不満をもち、一方的な非難を行うなど同僚の教員との信頼関係を喪失させているとした上で、それらが職場環境を乱し、服務規律を欠いた行為であること」

を理由に厳重注意処分を行いました(本件処分)。

 原告の方は、本件処分が違法であることを主張し、損害賠償等を請求する訴えを提起しました。

 本件で原告が発出したメール・文書は、次のようなものであったと認定されています。

(裁判所の事実認定)

「原告は、同委員会による調査が行われていた同月24日、労務調査室に対して、以下の内容の文書をメールに添付して送信した・・・。」

「〔1〕dについて、『第三者の評価』として、dの表情や目線の異常性から精神的な問題を抱えている可能性が否定できない、暴力的な行動もしばしばだが、通常の態度、身振りによって、人格や尊厳を傷つけたり、精神的な傷を負わせて、職場の雰囲気を悪くさせるモラルハラスメントに該当する行為があることは明らかで、過去においてもそれら態度の悪さ、機嫌がすこぶる悪いなどは多くの人が目撃している、などと記載した文書」

「〔2〕eについて、『自身で語ったものや、第三者が評した内容』として、『思い込みが激しく、思い込んだことと異なる事実を受入れることが出来ず、ストレスを感じ、切れたり非常に攻撃的な態度に出る』、『非常に視野が狭く、客観性に乏しい』、『行動や考えは、一般からずれている事が多く』、『実験についても、正しく理解して鑑みる事が困難なことも多い』、『指摘された事実をハラスメントととらえる感覚』がある、『鹿児島大学においては、不適切が認められる事で助長を招き周りへの負の影響を増大させてい』る、『既にこれまでに、自らハラスメントを行わないことを約束しました。しかし、事実を正しく認識できず、自分が悪いわけでもないのに謝罪させられたという概念が自己の中で存在し、大きなハラスメントを導いたと考えます』、『一般社会では、認められない行動様式が多数あり、是認不可です。これらにより医局の体制を混乱に導いた事態は、懲戒に相当するだけの事由となりえると考えられます。』などと記載した文書」

 以上のようなメール・文書の提出行為を理由とする厳重注意処分の国家賠償法上の違法行為該当性について、裁判所は、次のとおり述べて、これを肯定しました。

(裁判所の判断)

「被告大学において、就業規則上の厳重注意は、服務を厳正にし、規律を保持するために必要があるときに行われること、教員の昇給の判断に際して、D区分該当者はA、B及びC区分該当者に比べ、昇給の幅が小さいところ、就業規則上の厳重注意処分を受けた者は、自動的にD以下の区分に該当することとされていたこと、被告大学の勤勉手当の金額は、職員の勤務成績に応じて決められるAからDまでの成績評価区分によって定められ、D区分は懲戒処分を受けた者又はその他懲戒処分に準ずる処分を受けた者等特に勤務成績が不良な者であるとされていたことが認められる・・・。」

「これらの事実に照らすと、厳重注意処分は、対象者の昇給については直ちに影響し、勤勉手当の金額についても影響する可能性があるなど、対象者に実際に経済的な不利益を生じさせ得るものであることから、そのような不利益を踏まえて、その適法性を検討すべきである。」

被告大学は、原告が被告大学の労務調査室に対し送付したメールの中に、同僚の職員を個人攻撃するものが含まれていたことや、教室の運営について不満をもって、一方的な非難を行うなど同僚の教員との信頼関係を喪失させていること・・・を本件処分の理由としているところ、原告が前記メールを送信した時点において、原告は、被告c、e及びdによる原告に対するハラスメントを訴え、また、eが原告によるeへのハラスメントを訴えている状況だったのであるから、前記メールは、原告の主張を補充し、eからの訴えに対して防御するための手段であったというべきであり、そうであるとすれば、自己の主張の正当性を強調するため、文言や内容が攻撃的になることも、かなりの程度までは許容されるべきものであるといえる。しかも、原告のメールは労務調査室のみを宛先とするもので、メールを閲覧できたのは労務調査室の職員だけであったことから、メールの送信によって本件講座の構成員間の信頼関係が失われ、職場環境が乱されるなどの事態が生じることもない。そして、前記のとおり、厳重注意処分は、経済的な不利益を実際に生じさせ得るものであって、その適法性を慎重に考慮する必要があることも考慮すれば、前記メールの送信は、厳重注意処分の事由である『服務を厳正にし、規律を保持するために必要があるとき』には該当せず、これに該当するとして行われた本件処分は違法であるといえる。

3.eからの申し出に対するカウンターという意味合いもあるが・・・

 上述のとおり、裁判所は、

「自己の主張の正当性を強調するため、文言や内容が攻撃的になることも、かなりの程度までは許容されるべきものである」

などと述べて、メール・文書の提出行為を理由とする厳重注意処分の違法性を認めました。

 本件は単純なハラスメントの相談事案ではなく、eからの申し出に対するカウンターという意味合いがあることも押さえておく必要はあります。

 それでも、ハラスメントの申し出についての

「文言や内容が攻撃的になることも、かなりの程度までは許容される」

との判示には重要な意味があります。申し出や相談の仕方を問題にされた時には、この裁判例を引用しながら反論することが考えられます。