弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

シフト数削減の合意の認定・労働条件不利益変更該当性

1.固定シフト合意

 大学教員などの特殊な業種を除き、労働者の就労請求権を一般的に肯定することは困難であるとされています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元249頁参照)。

 そのため、シフト制の労働者は、出勤日を減らされても、使用者に対して不服を述べることが難しい関係にありました。

 こうした問題に対処すため、従来二つの法律構成が試みられてきました。

 一つは、最低シフト数(所定労働日数)の合意の成立を主張することです(横浜地判令2.3.26労働判例1236-91 ホームケア事件等参照)。

 もう一つは、シフト決定権限の濫用です(東京地判令2.11.25 労働経済判例速報2443-3 有限会社シルバーハート事件等参照)。

 昨日は、これら伝統的に提唱されてきた構成に加え、近時公刊された判例集に掲載されていた東京地判令3.12.21労働判例ジャーナル123-38 医療法人社団新拓会事件を基に、固定シフト合意という法律構成の可能性についてお話ししました。

 この医療法人社団拓新会事件は、一旦成立した固定シフト合意を削減することの法的性質や、その合意の認定の在り方を考えるうえでも参考になります。

2.医療法人社団新拓会事件

 本件で被告になったのは、ファストドクター株式会社(ファストドクター)と共同して、医師が患者や患者家族から求めがあった際に車で往診する業務を行っていた医療法人社団です。

 原告になったのは、日中、大学病院において勤務していた医師で、被告と雇用契約を交わしていた方です。被告から一方的に勤務日及び勤務時間を削減されるという労働条件の切り下げを受けた後、違法に解雇されたと主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の方は、当初、「スポット」と称する、被告が募集をかける曜日および時間帯に対してその都度応募するという方法で勤務していました。

 その後、被告との間の合意により一定の勤務日・勤務時間に働くようになりましたが、次のようなやりとりを経て、勤務日が減らされるようになりました。

(裁判所で認定された事実)

「ファストドクターの担当者は、令和元年5月2日、原告に対し、

『6月1日から、平日20(19)~24時までのシフトについてレギュラー勤務を廃止することが決まりました。限られたシフト枠を多くの先生にご勤務いただくことを目的としております。…何卒ご理解と、引き続きのお力添えをよろしくお願い申し上げます。』

というメッセージをLINE上で送ったところ、原告は、直ちに

『今後もレギュラー枠で勤務したいのでレギュラー枠で空いている曜日と時間を教えてください。』

と返信した・・・。」

「dは、被告の理事であり、夜間の往診部門の責任者であった・・・。この後、原告は、LINEによって直接dに対し、固定勤務の削減には反対である旨伝え、令和元年5月までの労働条件と同年6月以降の労働条件を明確化した労働条件通知書の提出を求めた・・・。」

「dは、令和元年5月15日、原告に対し、令和元年5月までの労働条件を明記した労働条件書と同年6月からの労働条件を明記した雇用契約書(以下『本件雇用契約書』という。)を送信した・・・。原告は、同日、dに対し、

『ご対応ありがとうございました。6月のシフトに着きましてもご配慮よろしくお願いいたします。』、

『勤務につきましては週に3~4日程度定期的に入れれば幸いです。』

というメッセージをLINE上で送った。dは、令和元年5月16日、

『応募数の中で全体の先生が満遍なく勤務出来るように判断致します。a先生のみ特別扱いは難しく多くの先生が週2回程度の勤務になりますので、ご了承くださいませ。』というメッセージをLINEで送り、原告は、

『了解しました。よろしくお願いいたします。』

と返信した・・・。」 

「本件雇用契約書は、標題が『雇用契約書(日雇:医師)』というものであり、始業及び終業の時刻について『始業20時00分、終業24時30分』、賃金は『時給(8000円)22時以降(10000円)』とあるのみであり、勤務日の記載はなかった。」

「dは、令和元年6月1日、原告に対し、LINE上、本件雇用契約書への押印を求めたが、原告はこれを拒否した。dは、同月2日、原告に対し、再度本件雇用契約書への押印を求め、雇用契約書に押印しないと勤務はできない旨LINEで伝えたが、原告はこれを拒否し、話合いの機会を設けることを求めた。dは話合いの機会を設けることに同意し、原告は、予定を調整する旨伝えたが、その後連絡を取ることはなかった・・・。」

 以上の事実関係のもと、被告は、

「原告は、令和元年6月以降、シフトに入りにくくなることを承諾しており、被告がした勤務日及び勤務時間の削減に同意したものである。」

「本件業務は、繁忙期と閑散期に応じて顧客の需要が増減するため、登録医師の勤務をシフト制に応じて柔軟に変更する必要があり、仮に原告のみ特別扱いをすれば、登録医師間の公平平等な取扱を害することになるし、被告も経営破たんすることになりかねない。原告の勤務日及び勤務時間の削減はやむを得ないものであり、被告に『責めに帰すべき事由』(民法536条2項)はない」

などと主張し、賃金支払義務の存在を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

-被告がした勤務日及び勤務時間の削減に原告が同意したか-

「被告は、原告が、令和元年5月16日、被告に対し、『了解しました。よろしくお願いいたします。』というLINE上のメッセージを送り、勤務日及び勤務時間の削減に同意したと主張する。」

「しかし、原告は、前記・・・のとおり、勤務日及び勤務時間の削減について同意していない旨をLINE上で明確に伝え、本件雇用契約書への押印を拒否しているのであり、dとの交渉の過程で発せられた上記メッセージを取出してこれをもって原告が勤務日及び勤務時間の削減に同意したものと認めることはできない。」

「したがって、被告の前記主張を採用することはできない。」

「被告は、原告が、令和元年5月15日、被告に対し、『勤務につきましては週に3~4日程度定期的に入れれば幸いです。』というLINE上のメッセージを送ったことにより、週3日の勤務とすることに合意した旨主張する。」

「しかし、上記メッセージは、原告が被告と交渉する経緯の中での妥協案として提案したものと認められるところ、被告は、結局、この提案を受け容れたものとは認められないことに照らせば、上記メッセージをもって原告と被告が週3日の勤務日とする合意をしたものと認めることはできない。」

「したがって、被告の前記主張を採用することはできない。」

-被告の「責めに帰すべき事由」の有無-

「以上によれば、原告と被告は、本件雇用契約において、前記・・・のような固定した勤務日及び勤務時間を合意していたところ、被告は、前記・・・のとおり、一方的にこれを削減するという労働条件の切下げをしたものであるが、これは無効かつ違法であるというべきであり、被告に『責めに帰すべき事由』があることは明らかである。」

「これに対し、被告は、前記のとおり、原告の勤務日及び勤務時間の削減はやむを得ないものであり、被告には『責めに帰すべき事由』はない旨主張する。」

「しかし、被告は、前記・・・のとおり、原告との間で、本件雇用契約において、固定した勤務日及び勤務時間について合意していたものであるから、原告に割り当てる固定した勤務日及び勤務時間を除いてシフトを組めばよいのであって、原告の勤務日及び勤務時間の削減がやむを得ないとはいえない。そもそも被告は、前記・・・のとおり、平成30年12月の時点で登録していた医師が約50名にすぎず、ファストドクターの担当者の『はい。大歓迎でございます!』というメッセージ・・・からもうかがわれるようにシフトを埋めることに努力を要する状況にあったことが推認されるところ、前記・・・のとおり、令和元年6月の時点で登録する医師が約200名に増加したため、原告の固定する勤務日及び勤務時間が逆に業務の支障になったものであり、被告の都合で、それまで大幅にシフトを埋めていた原告の勤務日及び勤務時間を一方的に切り下げたものと認められる。

「したがって、被告の前記主張を採用することはできない。」

3.合意の認定は慎重になされ、不利益変更該当性も肯定される

 以上のとおり、裁判所は、シフト数削減の合意について、かなり抑制的な認定を行いました。また、合意されていたシフトを削減することについて、一方的な労働条件の切り下げであるとの評価を下しました。

 一旦既得権として得た固定シフト枠を消滅させることが労働条件の不利益変更とされることや、労働条件の不利益変更であることを踏まえて削減合意の認定が慎重に行われることを示した裁判例として、本件は注目されます。