弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

勤務時間が定められていなかったとしても元からであったとして、労働契約を合意解約して業務委託契約を締結したとの主張が排斥された例

1.労働者と業務受託者

 労働者は労働基準法をはじめとする労働関係法令の保護を受けます。

 これに対して、業務委託契約を交わして業務を遂行する個人事業主(フリーランス)は、労働関係法令の保護を受けることができません。昨年、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」というフリーランスの就業環境整備を目的に含む法律が成立しましたが(未施行)、労働者ほど強力な保護が与えられているわけではありません。

 労働者が保護されるということは、裏を返すと、使用者が好き勝手できないということです。こうした不自由さを嫌い、一部使用者の間で、従業員との間の契約を、労働契約から業務委託契約へと切り替えようとする動きがあります。

 以前、労働契約を業務委託契約に変更する合意について、

「原告が自由な意思に基づいて上記の契約の形式の変更に同意したものと容易く認定することもできない。」

と述べて、その効力を否定した裁判例をご紹介しました。

業務委託契約に変更されていても、なお労働者であると認められた例(自由な意思の法理の適用?) - 弁護士 師子角允彬のブログ

 これは明示的な変更合意の事実があったことを前提として、その効力が問題となったものですが、近時公刊された判例集に、労働契約の合意解除と新たな業務委託契約の締結の事実自体の立証が否定された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.7.19労働判例ジャーナル144-32 ネクサスジャパン事件です。

2.ネクサスジャパン事件

 本件は三つの事件が併合されている複雑な事件です。

 賃金を支払わなかった会社の代表取締役の個人責任との関係でいうと、本件で被告になったのは、

弁当、総菜の加工、販売等を目的とする株式会社(被告ネクサス)

被告ネクサスの代表取締役B(被告B)

の二名です。

 原告になったのは、被告ネクサスとの間で雇用契約を締結し、弁当工場で労務を提供するなどしていた方です(原告A)。

被告ネクサスに対して雇用契約に基づいて支払われるべき未払賃金を請求するとともに、

被告ネクサスが賃金を支払わなかったのは、取締役としての任務懈怠にあたるとして、被告Bに会社法429条1項に基づく損害賠償を

請求しました。

 これに対し、被告ネクサスは、

「被告Bは、平成30年3月頃までに、原告Aに対し、本件雇用契約を業務委託契約(原告は主に弁当等の配送業務に従事し、被告ネクサスが業務委託料(月額20万円。ただし、令和元年8月以降は、月額10万円)を支払うもの)に切り替えることを提案し、原告Aはこれを了承し、以後、原告Aは同契約に基づき、業務を遂行した」

と述べ、労働契約は途中解消されていると主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、労働契約の業務委託契約への切り替えを否定しました。

(裁判所の判断)

「原告Aは、平成26年11月、原告にしむらとの間で期間の定めのない雇用契約を締結し、弁当工場で労務を提供した。弁当工場、従業員のほか、取引関係全体を引き継いだ被告ネクサスは、平成28年9月頃に原告Aと本件雇用契約を締結した。」

「原告Aは、遅くとも平成29年6月には、被告Bが運営する居酒屋での勤務を開始したが、同店は平成30年1月に閉店したため、原告Aは、同年2月から3月まで有限会社メイジに出向した・・・。」

「原告Aは、平成30年3月には弁当工場での業務に戻り、令和3年4月25日まで、被告Bが取引先から発注を受けた弁当総菜の配送のほか、被告Bから指示を受けて材料の仕入れ、弁当の製造等の業務を行った・・・。」

「被告ネクサスは、本件雇用契約が平成30年3月頃に合意解約され、新たに原告Aと被告ネクサスとの間で業務委託契約が締結された旨主張し、被告Bもその旨供述する・・・。」

しかしながら、本件では、本件雇用契約が平成30年3月頃に合意解約され、新たに業務委託契約が締結されたことに関する書面は作成されていない・・・。また、原告Aも雇用関係が終了する前提での話をされたことはなく、今後は業務委託になる等の話をされたこともない旨述べて、雇用契約の解約と業務委託契約の締結を否定する供述をしていること・・・からすると、本件雇用契約が平成30年3月頃に合意解約され、新たに業務委託契約が締結されたとは認められない。

「被告ネクサスは、

〔1〕原告Aが同年3月以降に従事した業務は、被告の工場において製造された弁当総菜を取引先へ配送するドライバーとしての仕事であり、配送が必要な時にその都度、業務に従事することになるから、所定の勤務時間中に継続的に業務を行う必要はなかった、

〔2〕原告Aに対してスムージーの製造加工を依頼することもあったが、これについても同様に必要があるときに被告の製造工場を訪れれば足り、それ以外に製造工場への出勤を義務付けられていたわけではなかった

ことから、原告Aは被告ネクサスの指揮命令下にはなく、したがって業務委託契約に基づき業務を提供していたというべきであるとも主張する。」

「しかしながら、証拠・・・によれば、原告Aは被告Bから業務上の指示を受けており、被告ネクサスの指揮命令下にあったというべきである。加えて、被告Bの供述・・・によれば、

〔1〕原告Aについては、雇用契約において勤務時間が明確には定められておらず、現に被告Bは原告Aの勤務時間を把握していなかったこと、

〔2〕被告Bは、雇用契約であろうと、業務委託契約であろうと、原告Aに20万円を支払えばいいのではないかと考えていたこと

が認められるから、被告ネクサスの主張する上記〔1〕、〔2〕の事情があり、原告Aの勤務時間が明確に定められていないとの事情があったとしても、原告Aの勤務状況は、雇用契約が締結されていたことに争いのない平成30年3月以前と同様であり、被告ネクサスの指揮命令下において労務を提供していたというべきである。

「以上によれば、本件雇用契約が平成30年3月頃に合意解約され、新たに業務委託契約が締結されたとは認められない。」

3.労働者性を否定する要素があっても、元からであれば大した意味はない

 労働者性の判断にあたり、

「勤務場所及び勤務時間が指定され、管理されていることは、一般的には、指揮監督関係の基本的な要素である。」

と理解されています。

https://jsite.mhlw.go.jp/osaka-roudoukyoku/library/osaka-roudoukyoku/H23/23kantoku/roudousyasei.pdf

 勤務時間が定められていないことは、労働者性を否定する要素になるはずです。しかし、裁判所は、勤務時間が明確に定められていないことは、雇用契約が締結されていた時代と変わらないとして、労働者性を否定する事実として重視しませんでした。

 当たり前と言えば当たり前のことですが、労働契約から業務委託契約への切り替えを否定する論理の一つとして参考になります。