弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働契約か否か?-雇用契約書の交付⇒業務委託契約書の交付パターンの契約の法的性質

1.労働者性が争われる事件

 労働法の適用を逃れるために、業務委託契約や請負契約といった、雇用契約以外の法形式が用いられることがあります。

 しかし、当然のことながら、このような手法で労働法の適用を免れることはできません。労働者性の判断は、形式的な契約形式のいかんにかかわらず、実質的な使用従属性を勘案して判断されるからです(昭和60年12月19日 労働基準法研究会報告 労働基準法の「労働者」の判断基準について 参照 以下「研究会報告」といいます)。業務委託契約や請負契約といった形式で契約が締結されていたとしても、実質的に考察して労働者性が認められる場合、受託者や請負人は、労働基準法等の労働法で認められた諸権利を主張することができます。

 労働法の適用を受けられるのかどうかは、法律関係に大きく影響するため、しばしば熾烈に争われます。

 近時公刊された判例集にも、雇用契約を締結したかどうかが争点となった裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令5.2.3労働経済判例速報2527-21 ウインダム事件です。

2.ウィンダム事件

 本件で被告になったのは、医学部向け大学受験予備校『A』(本件予備校)を経営する株式会社です。

 原告になったのは、本件予備校において、平成13年8月頃から令和元年10月20日まで講師として稼働していた方です。被告から「今後一切業務委託をしない旨」の通知を受け、それを解雇と構成したうえで、地位確認等を求める訴訟を提起したのが本件です。

 契約開始から数年間、原告は、被告から「雇用契約書」の交付を受けていました。しかし、その後、「業務委託契約書」「業務委託内訳書」の交付を受けるようになり、本件では原告被告間の契約が雇用契約といえるのかどうかが争点になりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、雇用契約の成立を認めました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告に対し、平成14年から平成19年までは『雇用契約書』と題する書面を、平成20年からは『業務委託契約書』及び『業務委託内訳書』と題する書面を、毎年4月頃、契約期間を各年度前半として記載して交付していたものではあるが、原告が、交付を受けた各契約書の原告署名欄に記入して被告に交付したことはなく、各年度後半については、そもそも契約書が交付されないことも多かったのであるから、これらの契約書により原告と被告との間で契約が成立したことはなく、他方原告は、各契約書いおける契約期間が満了した後も引き続き役務提供を継続し、被告もこれを知りながら異議を述べていなかったのであるから、原告の被告に対する役務提供に係る契約は、黙示の意思表示により締結され、更新されていたものと認めるのが相当である。」

「もっとも、これらの契約書は、被告により作成されたものであり、原告もその内容に特段の異議を述べた形跡はないから、上記原告と被告との間で黙示に成立していた契約の内容は、その性質上適用することができない規定を除いて、上記各契約書の各規定が定める内容と同内容であったと認めることができる。」

「また、上記原告と被告との間の契約の種別は、遅くとも平成18年以降、各雇用契約書の『その他』欄に遵守事項が記載され、それらの事項に違反した場合に、被告からの『処分』に従う旨の記載がされるようになり、また、平成20年に『業務委託契約書』及び『業務委託内訳書』と題する書面が用いられるようになって、順次契約書の内容が変化した前後を通じて、いずれも原告の業務内容、報酬の支払方法及び契約更新の方法に変化があった形跡がないことからすれば、原告が被告で就労していた期間を通じて変化はなく、同一であったと認めるのが相当である。」

そして、被告が、当初、『雇用契約書』と題する書面を用いていたところ、雇用及び業務委託はいずれも特に難解な法律概念ではないこと、被告が、原告に対し、自らの行為を『深く反省致し』、被告の『方針に従い、忠実に業務を行うことを誓約』し、『違反した場合には、違反に相応する処分に従う』という内容の本件確認書を提出させ、本件自宅待機命令等により、『自宅待機』を命ずるなど、業務委託契約における委託者の指示として想定される、個別の業務遂行に係る指示の範囲を超える命令を下すことにより指揮命令権を現に行使していること、被告が、原告に対し、業務ごとに単価が決められ、それらを積算して額が決定される報酬のみならず、個別の業務との結び付きが乏しい賞与(被告は、名目が『特別報酬』であったと主張するが、名目の如何にかかわらず、個別の業務との結び付きが乏しいことには変わりがない。)を半年ごとに継続して支払っていたことからすれば、原告と被告との間の契約は、入社した当初から、原告が、被告に対し、その指揮命令の下で労務を提供し、被告が、その対価として賃金を支払うことをその内容とする、雇用契約であったと認めるのが相当である。

被告は、原告と被告が、当初から雇用契約ではなく業務委託契約を締結していたと主張する。そして、原告は、被告において就労している間に、小規模ではあるものの本件予備校とは別の予備校を経営していたほか、証拠(略)によれば、原告は、本件予備校における講義内容ないし生徒に対する指導内容については、相当に広い裁量を有していたと認めることができ、少なくとも被告から原告に対する個別の業務遂行上の指揮監督の要素が希薄であったことを否定することはできず、このことからすれば、出講依頼に諾否の自由がなかった旨の原告の主張も、直ちに採用することはできないというべきである。

しかし、被告が、原告との契約において、当初から雇用契約の名目を用いており、その後、業務委託契約の名目を用いることになった後の時期を含め、主として原告の利益を図る目的であったことが推認されるものの、一貫して、原告に対し、報酬の一部を賃金(給与)名目で支払うなど、『雇用』という法形式を用い続けていたことにも照らせば、前記・・・で説示した認定を覆して、原告と被告との間の契約が当初から業務委託契約であったと解することはできず、前記・・・の被告の主張は採用することができない。

3.処分は業務委託とは違う/使用者が用いた文言が効いている

 労働契約と業務委託契約との区別が問題になる時、しばしば「業務委託でも有り得る」といったロジックが用いられます。何をもって労働契約でなければ有り得ないということになるのかは分かりにくいのですが、本件では被告側の指示に「処分」という実効性確保手段が設けられていたことが重視されているように思われます。

 また、労働者性の判断(労働契約か否かの判断)は、就労実体を見た実質判断であるはずなのですが、本件では使用者側が最初に「雇用契約書」と銘打った書面を作成していていることが重視され、就労実体にはあまり踏み込んでいないように見えます。

 労働契約(雇用契約)か否かの判断について特徴的な判断が示されており、覚えておいて損のない裁判例ではないかと思います。