弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

有期労働契約の無期労働契約への転化が認められた例

1.有期労働契約の無期労働契約への転化

 民法629条1項は、

「雇用の期間が満了した後労働者が引き続きその労働に従事する場合において、使用者がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の雇用と同一の条件で更に雇用をしたものと推定する。この場合において、各当事者は、第六百二十七条の規定により解約の申入れをすることができる。」

と規定しています。

 そして、民法627条1項は、

「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。」

と規定しています。

 民法629条1項は「雇用契約についていわゆる黙示の更新を認めたものであるが、賃貸借に関する619条の規定とまったく同じ趣旨」であると理解されています(我妻榮ほか『我妻・有泉コンメンタール民法』〔日本評論社、第8版、令4〕1350頁参照)。

 民法619条1項は、

「賃貸借の期間が満了した後賃借人が賃借物の使用又は収益を継続する場合において、賃貸人がこれを知りながら異議を述べないときは、従前の賃貸借と同一の条件で更に賃貸借をしたものと推定する。この場合において、各当事者は、第六百十七条の規定により解約の申入れをすることができる。」

と規定しています。

 この条文は、

「本条によって更新された賃貸借契約は、賃料額、その支払時期その他の契約条件などすべてが受然のものと同様である。ただ、期間の点だけは、従前の契約によって定められた期間が更新されるのではなく、期間の定めのないものとなり各当事者が617条によって解約できることになる」

と理解されています(前掲『コンメンタール 民法』1302頁次参照)。

 民法629条1項は、これと同趣旨の条文であるため、同項によって更新された契約は、期間の定めのないものになります。

 近時公刊された判例集に、この条文に基づく有期労働契約の無期労働契約への転化を認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令5.2.3労働経済判例速報2527-21 ウインダム事件です。

2.ウインダム事件

 本件で被告になったのは、医学部向け大学受験予備校『A』(本件予備校)を経営する株式会社です。

 原告になったのは、本件予備校において、平成13年8月頃から令和元年10月20日まで講師として稼働していた方です。被告において、年度前半、年度後半とで契約書を作成していたという事案で、「今後一切業務委託をしない旨」の通知を受け、それを解雇と構成したうえで、地位確認等を求める訴訟を提起したのが本件です。

 この事案では、解雇の意思表示がされた時点で、有期労働契約が無期労働契約に転化していたのではないかが争点の一つになりました。

 この争点について、裁判所は、次のとおり述べて、無期労働契約への転化を認めました。

(裁判所の判断)

「原告と被告が雇用契約を締結していた期間は、本件解雇の意思表示がされた時点で、原告が専任講師となってからでも、通算17年以上の長期に及んでおり、この間、被告は、原告に対し、毎年4月頃に、年度前半を契約期間として記載した契約書を、原告のの署名欄を空欄のまま原告に交付してたが、原告が交付を受けた各契約書の原告署名案に記入して被告に交付したことはなく、年度後半の契約書は原告に交付されないことも多かったというのであって、更新手続が完全に形骸化したかたちで、黙示の更新規約あ繰り返されていたものである。また、被告が作成した各年度前半の契約書における契約期間の始期及び終期は、各契約書において区々であったにもかかわらず、上記のとおり、年度後半の契約書が原告に交付されないことも多かったのであるから、年度後半の解約については、仮に有期雇用契約であったとした場合、原告において、正確な契約期間も知り得なった年度にうおいて、正確な契約期間も知り得なかった年度の参加が多かったことになる。さらに、原告の業務は、被告の事業における根幹業務である予備校講師であり、数学科の主任講師とされ(なお、証人Bは、原告が平成22年以降主任講師を解任された胸述べるが、このことを直接裏付ける証拠はなく、平成24年度の本籍予備校のパンフレットも数学講師の中の筆頭として紹介されていることからすれば、原告が主任講師を解任されたと認めることはできない。)、その能力を高く評価されていたことが推認されることからすれば、原告と被告との間では、本件解雇の意思表示がされるまでのいずれかの時点で、雇用契約を黙示に更新する際に、黙示の更新により期間の定めのない雇用契約に転化する旨の民法629条1項後段による推定を排除する意思があったとは、もはや認めることができなくなり、原告と被告との間の雇用契約は、期間の定めのない雇用契約(以下『本件無期雇用契』に転化していたものというべきである。そして、被告から原告に対する契約書の交付等の上記形骸化した更新手続も、当該年度における各業務の単価を通話する程度の意義しかないものになっていたと認めるのが相当である。」

3.いつ転化したのか良く分からないが・・・

 判決は「本件解雇の意思表示がされるまでのいずれかの時点で」としか述べていないため、具体的にいつ有期労働契約が無期労働契約に変質したのかは良く分かりません。

 しかし、有期労働契約の無期労働契約への転化が認められている点は注目に値します。こうした法律構成が試みられる例は、あまり目にしませんでしたが、この主張は他の事案にも応用できる可能性があります。

 雇止め事案において新たな争い方を切り開く可能性を示した裁判例として、本件は実務上参考になります。