弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

無期・フルタイムの労働者間での労働条件格差の問題にどう取り組むかⅡ-旧労契法20条と均衡待遇の理念

1.労働条件格差に対する法規制

 短時間労働者と無期正社員との間での労働条件格差、有期契約労働者と無期正社員との間での労働条件格差に関しては、

「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」

という名前の法律で、その是正が図られています(同法8条、9条参照)。

 しかし、無期・フルタイムの労働者間での労働条件格差に関しては、これを直接規律する法令はありません。現状、存在する道具としては、

「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」

と規定する憲法14条1項、

「労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。」

とする労働契約法3条2項、

「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。」

と規定する民法90条

などの理念的・一般的な条項があるだけです。

 このような状況のもと、無期・フルタイム労働者間の労働条件格差の問題に取り組むため、実務では様々な法律構成が試みられてきました。そうした法律構成の一つに、有期労働契約者と無期正社員との間の不合理な労働条件格差を禁止する旧労働契約法20条の類推適用という考え方があります。

 近時公刊された判例集に、この旧労働契約法20条の類推適用の可否が問題になった裁判例が掲載されていました。神戸地姫路支判令3.3.22労働判例1242-5 科学的飼料研究所事件です。

2.科学的飼料研究所事件

 本件で被告になったのは、飼料及び飼料添加物の製造・販売等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、「嘱託」という名称の有期労働契約者と「年俸社員」という名称の無期労働契約者です。被告には更に「社員」という括りの無期労働契約者がおり、原告らは「社員」との間に存在する労働条件格差が違法であるとして、損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 この時に「年俸社員」の原告らが使った法律構成が、旧労働契約法20条の類推適用等の法律構成です。

 原告らは、

「平等原則を定める憲法14条、均衡待遇の理念を定める労働契約法3条2項の規定が存在していること、また、平成25年4月1日に同一労働同一賃金の原則を背景とした労働契約法20条が施行されるに至り、有期契約労働者と無期契約労働者との間の不合理な差別が禁止されるようになったにもかかわらず、多様な正社員間では不合理な差別が許容されるというのは背理であること等からすれば、無期契約労働者間における労働条件の相違であったとしても、それが多様な正社員間における職務区分を利用した不合理な相違といえる場合には、労働契約法20条を類推適用し、あるいは憲法14条、労働契約法3条2項、同一労働同一賃金の原則等により裏付けられた公序良俗(民法90条)に違反するものとして、使用者がそのような措置を講じることは、労働者に対する不法行為を構成し得ると解するべきである。」

などと主張して、労働条件格差は違法だと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、「年俸社員」原告らの請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「原告らは、原告ら年俸社員と一般職コース社員の間に本件手当等の支給に係る労働条件の相違があることについて、労働契約法20条を類推適用するべきである旨、あるいは、憲法14条、労働契約法3条2項、同一労働同一賃金の原則等により裏付けられた公序良俗(民法90条)に違反する旨を主張する。」

「しかし、労働契約法20条の文言に照らすと、前記・・・のとおり、同条は、有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が不合理であることを禁止する規定であることは明らかであり、また、雇止めに対する不安がないなどの点において、有期契約労働者と無期契約労働者では雇用契約上の地位が異なっていること等に鑑みると、無期契約労働者間の労働条件の相違について同条を類推適用することは困難である。そのため、無期契約労働者間の労働条件の相違について、同条と同じ枠組みによりその違法性の有無を判断することは相当でないというべきである。また、憲法14条、労働契約法3条2項、その他の法令上、無期契約労働者間において同一労働同一賃金の原則を具体的に定めたと解される規定は見当たらない以上、そのような原則自体が、使用者と無期契約労働者との間の労働関係を規律する法規範として存在していたとか、これが公序として確立していたと認めることもできない。このことは、『同一労働同一賃金ガイドライン案』・・・が本件当時に作成されていたことによって変わることとはいえない。」

(中略)

「そうすると、労働契約法3条2項が『労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする』と定めていることや、有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違に関する規定ではあるが、同法20条が平成25年4月1日に施行されるに至っていた背景等に照らし、無期契約労働者の労働条件においても均衡待遇の理念が働くことを踏まえたとしても、本件事実関係において、上記労働条件の相違が社会通念に照らして著しく不当な内容であるとまで評価することはできない。したがって、当該労働条件の相違を設けたことが、公序良俗に違反するとか、不法行為を構成すると認めることはできない。

「以上によれば、被告が原告ら年俸社員に対して不法行為責任を負うとは認められない。」

「この点、原告らは、労働契約法20条の施行により有期契約労働者と無期契約労働者との間の不合理な差別が禁止されるようになったにもかかわらず、正社員間では不合理な差別が許容されるというのは背理である旨主張する。そして、前記2のとおり、確かに、被告が原告ら嘱託社員に家族手当及び住宅手当を支給しないことは、労働契約法20条に違反し、同原告らに対する不法行為が成立すると認められる。」

「しかし、上記・・・のとおり、有期契約労働者と無期契約労働者では雇用契約上の地位が異なり、適用される法令等も異なっていること、また、原告X13を除く原告ら年俸社員については、その年俸額は、Gにおける基本給、家族手当、皆勤手当及び賞与を含めた年間支給額を基にそれを超える額が定められたのであり・・・、採用や賃金決定の沿革が嘱託社員とは大きく異なり、当該労働条件の定められた前提が違っていたことからすると、原告ら嘱託社員に家族手当及び住宅手当に相当する額の損害賠償が認められることになるといった事情が、原告ら年俸社員の労働条件の相違についての違法性を根拠づける事由になるとは解されないから、上記・・・の判断は変わらないというべきである。」

3.類推適用は否定されたが・・・

 裁判所は旧労働契約法20条の類推適用は否定しました。

 しかし、無期契約労働者の労働条件においても均衡待遇の理念が、反公序良俗性や不法行為の成否の考慮要素となること自体は認めているように読めます。

 以前、無期労働者間の労働条件格差を是正する法律構成として、労働契約法7条を使える可能性があることを紹介しました。

無期・フルタイムの労働者間での労働条件格差の問題にどう取り組むか - 弁護士 師子角允彬のブログ

 本件が無期労働者敗訴事案であることからも分かるとおり、ハードルが高いことは否定できませんが、労契法7条に加え、「均衡待遇の理念」を反公序良俗性や不法行為の成否の判断の考慮用途として主張することも、無期労働者間の労働条件格差の是正を図るための有意な法律構成の一つとして、記憶しておいてよいように思われます。