弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

無期・フルタイムの労働者間での労働条件格差の問題にどう取り組むか

1.労働条件格差に対する法規制

 短時間労働者と無期正社員との間での労働条件格差、有期契約労働者と無期正社員との間での労働条件格差に関しては、

「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」

という名前の法律で是正が図られています。

 具体的に言うと、同法8条が、

事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下 『職務の内容』という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

と不合理な待遇の禁止を規定し、同法9条が、

事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(第十一条第一項において『職務内容同一短時間・有期雇用労働者』という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において『通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者』という。)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。

と差別的取扱いの禁止を規定しています。

 しかし、無期・フルタイムの労働者間での労働条件格差に関しては、これを直接規律する法令はありません。そのため、無期・フルタイムで同じ仕事に従事しているにもかかわらず、一方は高待遇で、他方は低待遇であるという場合があっても、これを是正するための法律構成は困難ではないかと思われてきました。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、無期労働者間での労働条件格差を法益に争う余地を認めた裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.11.25 労働経済判例速報2439-3 ハマキョウレックス(無期転換)事件です。

2.ハマキョウレックス(無期転換)事件

 本件は5年ルール(労働契約法18条1項)により無期労働契約に転換した労働者と元々の無期労働契約者との間での労働条件格差が問題となった事件です。

 被告になったのは、一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告と有期労働契約を締結していたトラック運転手の方です(原告X1、原告X2)。原告らの有期労働契約は更新され、労働契約法18条1項の5年ルールにより、無期労働契約に転換されました。

 しかし、被告の就業規則は、無期労働契約に転換した者を対象にした就業規則(契約社員就業規則)と、元からの無期労働契約者を対象にした就業規則(正社員就業規則)とに分けられていました。

 これに対し、原告らが、正社員就業規則に基づく権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、差額賃金に相当する損害賠償等を請求したのが本件です。

 ここで原告らがとった法律構成に、労働契約法7条を使ったものがありました。

 労働契約法7条は、

「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。」

と規定しています。

 原告らの主張の論旨は、大雑把に言うと、

無期転換後の原告らと正社員との間では、職務の内容や配置の変更の範囲等の就業の実体において違いがない、

そうであるにもかかわらず、原告らを正社員よりも不利な労働条件に置く契約社員就業規則(無期契約社員規定)は合理的であるとはいえない、

よって、原告らには、正社員就業規則が適用される、

というものです。

 この理屈に対し、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「原告らは、無期転換後の原告らに契約社員就業規則を適用することは、正社員より明らかに不利な労働条件を設定するものとして、均衡考慮の原則(労契法3条2項)及び信義則(同条4項)に違反し、合理性の要件(同法7条)を欠く旨主張する。」

「しかし、証拠・・・及び当裁判所に顕著な前訴最判によれば、被告において、有期の契約社員と正社員とで職務の内容に違いはないものの、職務の内容及び配置の変更の範囲に関しては、正社員は、出向を含む全国規模の広域異動の可能性があるほか、等級役職制度が設けられており、職務遂行能力に見合う等級役職への格付けを通じて、将来、被告の中核を担う人材として登用される可能性があるのに対し、有期の契約社員は、就業場所の変更や出向は予定されておらず、将来、そのような人材として登用されることも予定されていないという違いがあることが認められる。」

「そして、証拠・・・によれば、無期転換の前と後で原告らの勤務場所や賃金の定めについて変わるところはないことが認められ、他方で本件全証拠によっても、被告が無期転換後の原告らに正社員と同様の就業場所の変更や出向及び人材登用を予定していると認めるに足りない。」

「したがって、無期転換後の原告らと正社員との間にも、職務の内容及び配置の変更の範囲に関し、有期の契約社員と正社員との間と同様の違いがあるということができる。」

「そして、無期転換後の原告らと正社員との労働条件の相違も、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲等の就業の実態に応じた均衡が保たれている限り、労契法7条の合理性の要件を満たしているということができる。

「この点、原告らは、無期転換後の原告らと正社員との間に職務内容及び配置の変更の範囲等の就業の実態に関して違いがないことを前提に、無期転換後の原告らに契約社員就業規則を適用することの違法をいうが、前提を異にするものとして採用できない。」

「なお、無期転換後の原告らと正社員との労働条件の相違が両者の就業実態と均衡を欠き労契法3条2項、4項、7条に違反すると解された場合であっても、契約社員就業規則の上記各条項に違反する部分が原告らに適用されないというにすぎず、原告らに正社員就業規則が適用されることになると解することはできない。すなわち、上記部分の契約解釈として正社員就業規則が参照されることがありうるとしても、上記各条項の文言及び被告において正社員就業規則と契約社員就業規則が別個独立のものとして作成されていることを踏まえると、上記各条項の効力として、原告らに正社員就業規則が適用されることになると解することはできない。」

3.失当主張として排斥されてはいない

 上述のとおり、裁判所は、原告の主張を認めませんでした。

 しかし、注目するのは、その理由付けです。労働契約法7条に基づいた法律構成自体がダメだとは言わず、要旨、

無期転換後の原告らと正社員との労働条件の相違が両者の就業実態と均衡を欠く場合、契約社員就業規則の各条項は原告に適用されない、

しかし、本件における無期転換後の原告らと正社員との職務の内容及び配置の変更の範囲等は、同一とはいえない、

労働条件の相違は、就業の実態に応じた均衡がとれている、

よって、契約社員就業規則は合理的であるといえるから、労働契約法7条違反の問題は生じない、

との理屈を展開しました。

 この理屈からすると、無期転換後の有期契約社員と元々の正社員について、就業の実態が全く同じといえるような場合には、正社員就業規則の適用までは主張できないにしても、労働契約法7条を根拠として、損害賠償請求等の形で労働条件格差を問題にできることになります。

 これは、従来法律構成が困難とされてきた、無期労働契約者間の労働条件格差の是正に向けた可能性を示唆するもので、画期的な判断だといえます。

 この判例法理がどのように発展していくのか、今後の裁判例の動向が注目されます。