1.業務委託契約か労働契約か?
厚生労働省から委託を受けて、第二東京弁護士会では、フリーランス・トラブル110番という相談・紛争解決事業を実施しています。
『フリーランス・トラブル110番』の開始について|第二東京弁護士会
この相談・紛争解決事業は、複数の委員会を中心に運営されていますが、その中の一つに私の所属している労働問題検討委員会があります。委員会活動の一環として、私は、事業の運営に携わっているほか、相談担当に入ったり、相談内容を分析したりしています。
そうした活動を通して得られた経験知の一つに、フリーランスの中には、労働者ではないかと疑われる方が、相当数含まれているということがあります。
フリーランスの方からの相談は、労働者性を論証できれば解決する問題が少なくありません。
例えば、違約金の存在で辞められないという問題があります。業務委託契約には、途中解約したら金〇円を支払うといったように、違約金の定めが置かれていることがあります。こういう条項が怖くて辞められないという悩みは、労働者性を論証することで、ある程度解決します。労働者性が認められれば、労働基準法16条の、
「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」
という規定が適用されるからです。もちろん、契約期間内に一方的に契約を破棄すれば、損害賠償のリスクがないとはいいませんが、損害賠償の範囲は発生した損害実額が上限となり、契約書に定められている違約金をそのまま払わなければならない事態には避けられます(そして、多くの場合、辞めたことによる損害の立証は困難です)。
「明日から来なくてもいいと言われた。」という相談に対しても、労働者性の論証が有効であることは少なくありません。業務委託契約の場合、無理由解約が可能なのが原則であるため(民法651条1項参照)、「明日から来なくてもいい。」という主張も基本的には通ってしまいます。しかし、労働者であることが論証できれば、
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」
と規定する労働契約法16条の適用を主張することにより、一方的な契約の解除を制限することが可能になります。
そのほか、競業避止契約に拘束されるのか、休憩できない、働いていて怪我をしたといった問題にも、労働者であるという主張は大きな意味を持ちます。
こうした相談に日頃から触れていることもあり、業務委託契約と労働契約の区別の問題には関心を持っていたところ、近時公刊された判例集に、目を引く裁判例が掲載されていました。名古屋地判令元.9.24 名古屋高判令2.10.23労働判例1237-18 NOVA事件です。名古屋地裁の裁判例が一審で、名古屋高裁の判例はその控訴審です。
2.NOVA事件
本件は著名な英会話教室の英会話講師として働いていた原告(被控訴人)らが、勤務先である株式会社NOVAを被告(控訴人)として、
原告らと被告との間の契約は、形式上業務委託契約とされていたが、実質的には労働契約である、
労働者であるのに、被告は年次有給休暇を請求させてくれなかった、
労働者であるのに、被告は健康保険に加入させてくれなかった、
と主張して、不法行為などの法律構成をとり、慰謝料等の支払いを求める訴えを提起した事件です。
本件では、原告らの労働者性が主要な争点になりました。
この問題について、一審名古屋地裁は、次のとおり述べて、原告らの労働者性を認めました。一審の次の判示は、控訴審名古屋高裁でも変更されることなく維持されています。
(裁判所の判断)
「以下の事情を総合考慮すれば、原告らは、被告の指揮監督下において労務を提供していたものと評価することができるし、原告らの報酬についても労務の提供の対価として支払われたものとみることができる。以下のとおり原告らの専属性の程度が高いことも合わせ考慮すると、原告らは、被告との関係において、労働基準法上の労働者に当たると解するのが相当である。
-業務遂行上の指揮監督-
(ア)被告は、雇用講師と同様、委託講師のレッスンにもテキストの使用を義務付け、初回研修、その後のオブザベーション・フィードバックによって、テキストの使い方、マニュアルに沿った教授法を具体的に指示しており、委託講師の裁量は小さいと思料されること。
(イ)被告が、委託講師に対し、雇用講師と同様、ビジネス英語、TOEFL試験対策のレッスンに関する社内資格を取得するための研修を委託講師のスケジュールに盛り込み受講させていたこと。
(ウ)原告らが、レッスンに空き時間が出来た場合、雇用講師と同様、コーヒーマシーンの清掃、教室等の清掃、ゴミ出しなど施設の管理業務や、販促物(ティッシュ)配り、パンフレットの作成、カウンセリングにも従事していたこと。
(エ)被告が委託講師に対して雇用講師と同様の細かい服装に関する指示をしており、実際に被告のマネージャーが原告X3に対して注意していること。
(オ)被告自身、あくまで事前に確認し、同意を得た上としつつも、委託講師との間でレッスン場所やスケジュールを変更することがあることを自認している。また、原告X5や原告X6のように、委託講師についても、他校のヘルプとして契約外のレッスンに従事することがあること。」
-具体的仕事の依頼・業務従事の指示に対する諾否の自由-
委託講師は、受け持ちレッスン時間に生徒らの予約があれば、レッスンを実施しなければならず、その意味で個別のレッスンについて諾否の自由はない。この点は、本件契約書上、包括的に受け持ちレッスン時間のレッスンを受託しているとも解されるから、過度に重視できないが、指揮監督関係を肯定する方向に働く一事情といえる。
-勤務場所・勤務時間の拘束性-
レッスンの時間、レッスンを行う校舎は、予め契約によって決められており、その意味で勤務場所・時間の拘束が認められる。この点については、被告が指摘するように、業務の性質によるものとも解され得るが、レッスンがなくなった場合でも、その時間、当該校舎の販促業務や清掃業務等に従事しなければならなかったことも加味すると、やはり指揮監督関係を肯定する方向に働く一事情とみるのが相当である。
-報酬の労務対償性-
委託講師に対する報酬は、成功委託料も含めて1レッスン(44分間)を基準して支払われており、一定時間労務を提供したことに対する対価とみることができる。
-専属性-
確かに、被告が指摘するように、委託講師の兼業は可能であり、実際にその実績もあることは認定事実のとおりであるが、雇用講師も兼業を禁止されておらず、この点は労働者性を左右する程の事情であるとはいえない。
むしろ、委託講師は、契約期間中、競業避止義務を負わされており、被告と同様の英会話学校の業務に従事することができず、契約期間終了後も1年間、同様の義務を負わされていたこと、原告らが週5日、原告X1については週34コマ、その他の原告らについては週40コマのレッスンを担当しており、時間的余裕がなく、被告が指摘するような兼業は事実上困難であったと認められることからすれば、専属性は高いといえる。」
3.他の会社にも波及する可能性
この種の業務委託契約は、業界単位で類似性が認められることが少なくありません。
例えば、A配送会社が用いている業務委託契約書と、B配送会社が用いている業務委託契約書は類似点が結構あります。Cエステサロンで使っている業務委託契約書と、Dエステサロンで使っている業務委託契約書には、やはり共通点が多くみられます。
業務委託契約を結んで英会話講師として働いている人は、かなりの数に及びますが、本判決は、そうした方々の労働者性の議論にも影響する可能性があります。
社会的影響という観点からも、この裁判例は、銘記しておくべき裁判例だと思われます。