1.一人会社に対する業務委託
労働法の適用を逃れるために、業務委託契約や請負契約といった、雇用契約以外の法形式が用いられることがあります。
しかし、当然のことながら、このような手法で労働法の適用を免れることはできません。労働者性の判断は、形式的な契約形式のいかんにかかわらず、実質的な使用従属性を勘案して判断されるからです(昭和60年12月19日 労働基準法研究会報告 労働基準法の「労働者」の判断基準について 参照 以下「研究会報告」といいます)。業務委託契約や請負契約といった形式で契約が締結されていたとしても、実質的に考察して労働者性が認められる場合、受託者や請負人は、労働基準法等の労働法で認められた諸権利を主張することができます。
それでは、一人会社との間で業務委託契約を交わすなどして、労働者性の問題を解消してしまうことはできないのでしょうか?
法令用語ではないため厳密な定義はありませんが、一人会社とは、発行済株式の全てを一人で保有したうえ、自身を代表者とし、従業員を使用することなく経営している会社をいいます。こうした会社と業務委託契約を交わし、「法人間での契約であるから、労働者性が問題になることはない」という理屈のもと、その代表者に被用者と似たような働き方をさせることはできるのでしょうか?
この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令5.10.26労働判例ジャーナル143-24 ハイスタンダードほか1社事件です。
2.ハイスタンダードほか1社事件
本件で被告になったのは、
貨物・荷物の搬入出代行業務等を目的とする株式会社(被告ハイスタンダード)と
一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社(被告Growing up)
です。
原告になったのは、貨物・荷物の搬入出代行業務等を目的とする株式会社サンライズ(反訴被告サンライズ)の代表取締役です。
原告の方は、
被告ハイスタンダードとの間で期間の定めのない労働契約を締結した
と主張して、未払賃金や未払退職金を請求しました。
また 被告Grawing upとの間でも期間の定めのない労働契約を締結していたと主張し、賃金が一部しか支払われていないとして、未払賃金を請求しました。
これに対し、被告らは、原告及び反訴被告サンライズに対し、従業員への引き抜き行為や競業先への接触、信用毀損行為を行ったと主張し、損害賠償を請求する反訴を提起しました。
本件では、原告と被告Grawing upとの間で労働契約が締結されていたことに争いはなかったのですが、被告ハイスタンダードとの間で労働契約が成立しているのかが争点になりました。
被告らは、
「原告と被告ハイスタンダードとの間に労働契約はなく、原告は、経営する反訴被告サンライズの職人から反旗を翻されて被告代表者に助けを求め、被告ハイスタンダードを委託者、反訴被告サンライズを受託者とする営業代行の業務委託契約を締結した」
などと主張し、そもそも原告との間では契約が成立していないとの立場を採りました。
しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告と被告ハイスタンダードとの間の労働契約の成立を認めました。
(裁判所の判断)
「上記認定事実・・・のとおり、原告は、平成22年頃、反訴被告サンライズの売上が低下したことから、被告代表者との間で、反訴被告サンライズの従業員及び顧客を被告ハイスタンダードに引き継ぎ、原告は被告ハイスタンダードの営業を行う旨を合意した。以上によれば、反訴被告サンライズはその営業資産を被告ハイスタンダードに承継する一方で、その後の反訴被告サンライズによる営業は原告自身の労務の提供以外に存しない。そうすると、上記合意の際、反訴被告サンライズと被告ハイスタンダードとの間で、反訴被告サンライズが被告ハイスタンダードに対して取引先及び従業員を承継する旨の合意が成立するとともに、原告と被告ハイスタンダードとの間で、原告が被告ハイスタンダードの営業を担当する旨の合意が成立したと認められる。」
「これに対して、被告ハイスタンダードは、被告ハイスタンダードと反訴被告サンライズとの間で被告ハイスタンダードの営業を委託する旨の契約を締結した旨主張する。
しかし、上記・・・で説示したとおり、上記・・・の合意の際、反訴被告サンライズではみるべき営業資産である取引先及び従業員は全て被告ハイスタンダードに承継したのであるから、被告ハイスタンダードの営業を担当するという債務は原告による労務の提供以外に想定し難いのであって、これは被告ハイスタンダードに対する請求書の主体が反訴被告サンライズであることや、同社の口座に対して報酬が支払われ、そこから原告が役員報酬を受領していたこと・・・によって左右されない。したがって、被告ハイスタンダードの上記主張は採用することができない。」
「したがって、以下では、原告と被告ハイスタンダードとの間に原告が被告ハイスタンダードの営業を担当する旨の合意が成立したことを前提に、同合意が労働契約か否か(原告の労働者性)を検討する。」
(中略)
「以上のとおり、原告は、被告ハイスタンダードの営業業務について諾否の自由がなく、業務遂行に当たって指揮監督を受けるとともに、勤務場所及び勤務時間に関して相応の拘束を受け、その労務提供に代替性がない一方で・・・。その報酬は労務対償性に欠けるところはなく・・・、専属性の程度が高いという労働者性を補強する要素があること・・・を考慮すると、原告には使用従属性を認めることができる。」
「したがって、原告と被告ハイスタンダードとの間の合意は労働契約であるといえる。」
3.契約当事者は原告になるとされた
上述のとおり、裁判所は、
「反訴被告サンライズによる営業は原告自身の労務の提供以外に存しない」
として、契約当事者を原告と被告ハイスタンダードだと判示しました。
この理屈で行くと、一人会社の殆どは、代表者個人との契約の成立を主張できることになり、相当数の方が労働者としての保護を受けられることになります。
いわゆるフリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)では、
「法人であって、一の代表者以外に他の役員(理事、取締役、執行役、業務を執行する社員、監事若しくは監査役又はこれらに準ずる者をいう。第六項第二号において同じ。)がなく、かつ、従業員を使用しないもの」
も個人であるフリーランスと同様の保護を受けます(フリーランス新法2条1項2号参照)。
裁判所の考え方は、労働者性の問題を、これと並行的に捉えようとするものとも評価でき、実務上参考になります。