弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

解雇前からの副業収入部分について、中間収入控除が否定された例

1.中間収入控除

 民法536条2項は、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。」

と規定しています。

 判決で解雇が違法無効であると確定した場合、解雇された時に遡って賃金を請求できるのは(いわゆるバックペイの請求ができるのは)、民法536条2項前段が根拠とされています。使用者(債権者)が違法無効な解雇をしたこと(責めに帰すべき事由)によって、労働者(債務者)が労務提供義務を履行することができなくなったのであるから、使用者は反対給付(賃金支払債務)の陸を拒むことができないという趣旨です。

 しかし、民法536条2項には続き(後段)があります。この民法536条2項後段があるため、労働者は解雇の効力を争って係争している間に他社就労によって得た賃金を使用者に償還する必要があります。使用者に労務提供義務を履行しなかったことにより、他社就労により利益を得たと理解されるからです。

 このようにバックペイから他社就労によって得た賃金を控除することを「中間収入控除」といいます。

 中間収入控除についての判例の立場は、

「①中間収入は、それが副業的なものでない限り、債務を免れたことによって得た利益として償還の対象となるが、③最低生活保障という労基法26条の趣旨からすると、平均賃金の6割に達するまでの部分は、控除の対象とすることが禁止されている。そして、②この平均賃金の6割の絶対保障枠を超える部分については、これと時期的に対応する中間収入の額を控除(相殺)することも許される」

と理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、第2版、令3〕644頁、最二小判昭37.7.20民集16-8-1656参照)。

 中間収入控除というと、他社就労によって得た利益を平均賃金の4割に達するまで無条件で吐き出さなければならないと見られがちです。しかし、傍線を付した部分からも分かるとおり、判例の立場は、そう単純ではありません。解雇されなかったとしても得られていた副業収入に関しては、解雇されて労務提供義務を免れたことによって得た利益とはいえないため、中間収入控除の対象にはなりません。昨日ご紹介した、大阪地判令5.10.6労働判例ジャーナル143-32 NPO法人関西七福神グループ事件は、このことを明らかにした裁判例でもあります。

2.NPO法人関西七福神グループ事件

 本件で被告になったのは、障害福祉サービス事業等を行うNPO法人です。

 原告になったのは、平成31年1月頃、被告との間で期間の定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結し、被告が運営するグループホームで、管理者ないしサービス管理責任者として働いていた方です。また、被告の理事を務めていたともされています。

 被告から解雇されたことを受け、その無効を主張し、バックペイの支払等を求めて提訴したのが本件です。

 本件では、

令和3年7月29日に解雇の意思表示が行われ、

令和4年2月1日に原告が障害福祉サービス事業を目的とする合同会社あおいを設立し、代表社員に就任した、

という経過がたどられており、解雇前から就労していた被告以外の勤務先(ニッソー)で得ていた収入の中間収入控除の可否等が争点になりました。

 裁判所は、解雇を無効であるとしたうえ、中間収入控除の可否等について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件解雇後、ニッソーで勤務し、収入を得ていたものであるから、同収入を賃金額から控除できるかどうか、及びその金額が問題となる。」

「この点、使用者の責めに帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇期間内に他の職について利益を得たときは、その収入が副業的なものであって解雇がなくても当然取得し得るなど特段の事情がない限り、民法536条2項に基づき、これを使用者に償還すべきであり、使用者が、労働者に解雇期間中の賃金を支払うにあたり、右利得金額を賃金額から控除することはできるが、その限度は、平均賃金の4割の範囲内にとどめるべきである(最高裁昭和36年(オ)第190号同37年7月20日第二小法廷判決・民集16巻8号1656頁参照)。」

「前提事実・・・によれば、原告は、被告で勤務を始めた当初からニッソーで勤務していたところ、本件解雇前は、1か月13日程度勤務し、1か月20万2125円程度(令和3年5月分から同年8月分までの給与の平均額)の収入を得ていた。原告は、本件解雇後もニッソーで勤務を継続していたが、同年9月分から同年12月分(対象勤務期間は同年8月1日から同年11月30日)までの勤務日数は1か月13日程度(ただし、有給休暇の日数を除く。)であり、本件解雇前と変わらず、収入金額も約20万円から21万円(ただし、有給休暇に対応する金額は除く。)であり、本件解雇前と大きく変わるものではなかった。

したがって、ニッソーでの同年9月分から同年12月分までの収入は、本件解雇がなくても当然取得し得る収入であったと認めるのが相当であり、特段の事情が認められるから、賃金から控除することはできない。

「前提事実・・・によれば、令和4年1月分及び同年2月分(対象就労期間は令和3年12月1日から令和4年1月31日)の勤務日数は1か月22日及び23日であり、本件解雇前から10日程度増加しており、収入金額も28万8850円及び31万0400円であり、相当程度増加している。」

「以上によれば、上記各収入のうち20万2125円を超過する部分は、解雇がなくても当然取得し得る収入であると認めることができないから、上記超過部分に限り、賃金から控除するのが相当である。なお、上記超過部分は、原告の被告における平均賃金の4割の範囲内である。」

「したがって、原告のニッソーでの収入のうち、令和4年1月分の8万6725円(28万8850円-20万2125円)及び同年2月分の10万8275円(31万0400円-20万2125円)に限り、賃金額から控除するのが相当である。」

3.解雇されなくても得られていた収入ではないか?

 あまりよくあるケースではないためか、他社就労していると自動的に中間収入控除の対象になってしまうかのように誤解している方がいます。

 しかし、判決が示しているとおり、他社就労=中間収入控除と考えるのは早計です。労務提供義務を免れたことにより収入が得られているという関係がなければ、中間収入控除の対象にはなりません。

 少し前から副業が認められる会社が増えつつあるように思いますが、解雇の効力を争うにあたっては、中間収入控除との関係で注意が必要です。