弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

古い解雇理由は大したことはない-闇金から金銭を借り入れる際、役員名簿のコピーを交付しても解雇理由にならないとされた例

1.古い解雇理由

 これまでも何度か言及してきましたが、一般論として、古い事件を掘り起こしても、勝てることはあまりありません。

 主な理由は二点あります。

 一点目は、主張、立証が困難になることです。人の記憶は時間の経過と共に薄れて行きます。そのため、時間が経過すると、具体的な主張を行うことが困難になります。また、証拠資料は散逸し、証人となってくれる協力者の記憶も曖昧になって行きます。古い事件で主張、立証責任を果たして行くことは、決して容易ではありません。

 二点目は、長期間に渡る問題の放置が、裁判所の心証形成上不利に働くことです。問題が起きても、すぐに事件化していなければ、裁判所は、

黙認する趣旨であった(今更文句は言わせない)、

本当はそのような事実はなかった(後付けで創作した話にすぎない)、

などと理由をつけ、声を挙げた人の主張を排斥します。

 相談を受けていると、消滅時効期間が経過するまでは塩漬けにしていても事件にすることができると誤解している方を散見しますが、こういう発想をする実務家は多分いないと思います。時効が経過していようがいまいが、とにかく古い事件はどうにもならないのが普通です。

 そして、このことは、何も原告労働者側に不利にのみ働くわけではりません。古い出来事を持ち出してもどうにもならないというのは、被告会社側にとっても同じです。過去、相当にまずいことをしていたとしても、それが解雇から遡って随分前のことで、しかも放置されていた場合には、解雇理由としてのインパクトは大きく減殺されます。

 近時公刊された判例集にも、そのことが分かる裁判例が掲載されていました。大阪地判令5.10.6労働判例ジャーナル143-32 NPO法人関西七福神グループ事件です。

2.NPO法人関西七福神グループ事件

 本件で被告になったのは、障害福祉サービス事業等を行うNPO法人です。

 原告になったのは、平成31年1月頃、被告との間で期間の定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結し、被告が運営するグループホームで、管理者ないしサービス管理責任者として働いていた方です。また、被告の理事を務めていたともされています。

 被告から解雇されたことを受け、その無効を主張し、バックペイの支払等を求めて提訴したのが本件です。

 本件で被告が主張した解雇理由は多岐に渡りますが、その中の一つに、

「原告は、いわゆる闇金融業者から借金をした際、被告の役員名簿を見せた」

というものがありました。

 かなりの問題行為だと思われますが、裁判所は、次のとおり述べて、これだけでは解雇の客観的で合理的な理由にはならないと判示しました。結論としても、解雇は無効だとされています。

(裁判所の判断)

「令和元年秋頃、原告は、いわゆる闇金融業者から金銭を借り入れた際、同金融業者からの求めに応じて被告の役員名簿のコピーを交付した。その後(同年中)、同金融業者から被告に電話があったことから、被告は原告の上記行為を認識した。なお、上記電話に対応したDは、同金融業者から、役員名簿にDの氏名が掲載されていることを告げられた。」

(中略)

原告は、令和元年秋頃、いわゆる闇金融業者に対して被告の役員名簿のコピーを交付したが・・・、同行為は不適切な行為であったといわざるを得ないし、決して軽視できるものではない。しかしながら、上記行為の内容に加え、同行為の時期及び被告に発覚した時期が本件解雇の1年半以上前であり、その間、原告に対する懲戒処分がされていなかったことからすると、被告はこれを重大視していなかったことがうかがわれるのであり、上記行為のみをもって、本件解雇に客観的で合理的な理由があるとは認められない。

「よって、被告の主張・・・は理由がない。」

「以上のとおりであるから、被告の主張する解雇事由は、いずれも事実が認められないか、認められたとしても本件解雇に客観的で合理的な理由があることの根拠になるようなものではない。加えて、被告は、原告に対し、懲戒処分や注意指導を経ることなく、突然本件解雇をしたものであることも考慮すれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠くものであり、無効である。」

3.闇金への役員名簿の提供は相当に問題だと思われるが・・・

 私も債務整理に関係して闇金の相手をしたことはありますが、連中は迷惑な輩です。対応は警察に連絡を入れながら行いますし、法律家に手を出せばどうなるかの想像はつくらしく、さしたる実害はありません。しかし、ある程度継続して下らない電話がかかってきて、業務の妨げになることがあります。

 回数や頻度、期間は不明ですが、本件でも被告の元に闇金から電話がかかってきた事実が認定されています。弁護士に対しても迷惑行為に及ぶくらいなので、一般私企業がどれだけの迷惑を受けるのかを想像すると、私としても、闇金への役員名簿の提供は軽視できません。役員名簿を提供したことが発覚した後、すぐに解雇が行われていたとすれば、解雇の効力を争うことは難しかったのではないかと思います。

 しかし、闇金への役員名簿の提供は、発覚してから1年半以上もの間、懲戒処分が行われることもなく放置されていました。こうなってくると話は別で、解雇の効力を争う芽が出て来ます。

 この裁判例からも分かるとおり、古い解雇理由(特に、古いうえに放置されていた解雇理由)が強い意味を持ってくることは、それほど多くはありません。結構な問題行動でも、古ければ解雇の効力を争える可能性は随分と高まります。