弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

執行役員(従業員)の不正行為により事業の見通しが立たなくなったことは内定取消の必要性を基礎付けるか?

1.採用内定の取消

 採用内定により労働契約が成立する場合、その後の使用者による一方的な解約(内定取消)は解雇にあたると理解されています。解雇にあたる以上、内定取消にも解雇権濫用法理(労働契約法16条)が適用されます(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕457頁参照)。

 また、経営状況の悪化を理由とする内定取消については、整理解雇に準じた取扱いが求められるとされています(前掲『詳解 労働法』458頁)。

 それでは、自社の執行役員(従業員)の不正行為によって事業の見通しが立たなくなったことは、内定取消の必要性を基礎付けるのでしょうか?

 就職先で不正行為が発生したことは、採用内定者にとって何の責任もありません。このようなことを理由に内定を取り消されるのは、極めて酷であるように思われます。

 しかし、現実問題、不正行為によって体力のなくなった就職先に雇用の維持を強制できるのかという問題もあります。不正行為の被害者という観点からも、気の毒な面があることは否定できません。

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.9.29労働判例1261-70 エスツー事件です。

2.エスツー事件

 本件で被告になったのは、サーバーホスティング及びサーバーハウジング事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告から採用内定を得た複数名の外国人です。

 被告はニアショアサービス事業(首都圏の法人顧客に対するシステムの開発、運用、保守等を地方都市で提供するサービス)への参入を検討し、この分野の専門家Cを執行役員として採用しました。

 しかし、Cが被告の経費で業務外出張を行ったり、他社名義で被告と競業可能性のある業務を行っていたりしたことが発覚し、被告を合意退職することになりました。

 Cの退職後、システム開発の経験者がいなかったことから、ニアショア開発等は事業としての見通しが立たなくなりました。そのため、被告は、予定されていた事業で受け入れることができなくなったとして、原告らの採用内定を取り消しました。

 これに対し、違法に内定を取り消されたとして、原告らが損害賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では内定取消の不法行為該当性が問題になりました。裁判所は、次のとおり判示し、内定取消の違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「本件内定取消しは、被告による留保解約権の行使にほかならないところ、留保解約権の行使は、当該留保の趣旨目的に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利濫用として無効となるものと解される。」

「前記前提事実及び認定事実によれば、本件労働契約において解約権が留保された趣旨目的は、本件入社承諾書に記載された6つの内定取消事由のほか、本件内定当時に予期しえない事情により入社が困難となった場合に、本件内定を取り消すことができるとしたものと認められる。」

「そして、前記認定事実によれば、被告は、Cの退職に伴い、新規事業の見通しが立たなくなるなどして、財務状況が悪化し、本件内定取消し直後の平成30年3月期の決算では、多額の当期純損失を計上して、前年度の資産超過から大幅な債務超過に陥ったことが認められる。」

「しかしながら、前記認定事実によれば、上記のような事態は、そもそも、被告が、入社してそれほど機関の経過していないCに、□□のほぼ全権を委ね、適切なマネジメント体制を構築せず、Cからの事業報告の頻度が減るなど同人の適切な業務遂行を疑うべき事情があったのに、これを放置するなどしたことに由来するものというべきであるから、前記のような事態に陥ったことをもって、人員削減の必要性が直ちに正当化されるものではない。

「加えて、前判示のとおり、本件労働契約において勤務場所及び職種の限定は付されていなかったのであるから、自ら前記のような事態を招いた被告としては、原告ら(原告X1を除く)の内定取消しを回避すべく、あらゆる手段を検討すべきであったところ、被告は、Cが退職したわずか2週間後の平成30年2月27日に本件内定取消しを行っており、それ自体拙速である上、その間、上記原告らのうち数名程度であればなお採用する余地があるとしながら、本件内定取消しの時点で未だ多くの原告らとは連絡すら取れていなかったというのであるから、被告において真摯に内定取消しを回避する努力がされたとは認め難い。これに対し、被告は、上記原告らが一刻も早く就職活動を再開できるよう、早期に内定を取り消した旨主張するが、同時期には母国へ一時帰国していた原告らも多く、内定取消しとなっても直ちに就職活動を再開することができたかは疑問であるし、正式な内定取消しの前であっても他の就職先を探すこと自体は可能であるから、そのような理由で上記対応を正当化することはできない。」

「その他、本件記録上現れた事情を総合すれば、本件内定取消しは、解約権を留保した趣旨に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないから、権利濫用として無効というべきである。」

「これに対し、被告は、上記原告らの内定取消しを回避すべく、経費削減を行ったほか、他部署での採用等も検討したが、上記原告らの日本語能力やスキルの問題により不可能であったなどと主張する。しかしながら、被告の主張する経費削減は本件内定取消し後の事情であるし・・・、上記原告らの能力をいう点についても、そもそも被告役員らは上記原告らに会ったことがなく・・・、Eについても説明会・・・で一度会ったのみであるのに・・・、本件内定取消しに先立ち同人らに直接会って日本語能力等を確認することすらしていないのであるから、上記原告らの実際の能力を踏まえた真摯な検討がされたとは認められない。」

また、被告は、Cの事業報告が具体的で、契約書類等も添付されていたことから、Cの背任を予見し回避することは困難であった旨主張する。しかし、前判示のとおり、そもそも入社してそれほど期間の経過していないCに□□のほぼ全権を委ねていたこと自体に問題があった上、同事業部の立ち上げ後間もない平成29年秋頃から事業報告の頻度が減るなど不審な点があったのに、その後、平成30年2月に至るまでこれを放置していたことは被告役員らの落ち度といわざるを得ないから、被告の前記主張は採用することができない。

「さらに、被告は、本件内定にはN2合格が採用条件として付されていたとも主張するが、前記認定事実によれば、本件内定通知書以外の書面には同旨の記載がなく、被告において上記原告らにその合格の状況を確認していたこともうかがわれない上・・・、FがBを通じて確認した際も入社時点で合格している必要はない旨の回答を得ていたというのであるから、同条件が本件労働契約の内容となっていたとは認められない。」

「その他、被告が主張するところを考慮しても、前記結論は揺るがない。」

「以上より、本件内定取消しは、権利濫用により無効である。」

「そして、これまで判示してきた事情に照らせば、被告は、専ら自らの落ち度により本件内定取消しを行わざるを得ない状況を作出したにもかかわらず、上記原告らに対する真摯な対応をしないまま、無効な本件内定取消しに及んだというべきであり、そのような経緯によりされた本件内定取消しは、上記原告らに対する不法行為を構成するというべきである。」

3.マネジメント対策をしなかった会社の自業自得であるとされた

 以上のとおり、裁判所は、執行役員の不正行為によって事業の見通しが立たなくなったという被告の主張を、内定取消の必要性を基礎付ける事情として重視しませんでした。

 本件は外国人を対象とする事件ですが、内定者が外国人であるか日本人であるかは、損害論はともかく内定取消の違法性をいう場面において、それほど本質的な問題では無いように思われます。本件の判示は、就職先から不正行為の影響を理由に内定取消を受けた場合全般に広く応用できる可能性があり、実務上参考になります。