弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アカデミックハラスメント-恋愛感情の表明がセクハラとされた例「別に先生が嫌いというわけではありませんが・・・」を真に受けるべからず

1.アカデミックハラスメント

 職場におけるセクシュアルハラスメント(セクハラ)とは、

「事業主が職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」

をいいます(平成18年10月11日 厚生労働省告示第615号『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』最終改正:令和2年1月15日同 第 6号参照)。

 人を雇用している以上、大学も、セクハラに対して、法令が要求する雇用管理上講ずべき措置等をとる必要があります。

 しかし、指針におけるセクハラは労働者保護を目的としています。大学が雇用しているわけではないことから、学生は保護の対象には含まれていません。そのため、多くの大学は、アカデミックハラスメントという概念を独自に定義し、教員の権力から学生を保護する仕組みを整えています。

 このように独自に定義されたセクハラ概念との関係ではありますが、近時公刊された判例集に、興味深い裁判例が掲載されていました。佐賀地判令3.12.17労働判例ジャーナル122-34 国立大学法人佐賀大学事件です。何に興味を惹かれたのかというと、恋愛感情の表明がセクハラとされている部分です。

2.国立大学法人佐賀大学事件

 本件で被告になったのは、佐賀大学を設置、運営している国立大学法人です。

 原告になったのは、被告の教育学部准教授の地位に在った方です。女子学生に対するメールの送信行為等がハラスメント行為にあたるとして、6か月の停職処分を受けました。本件では、この停職処分の効力が争点の一つになりました。

 メールの送信との関係で、裁判所が事実認定したのは次のとおりです。

(裁判所の認定)

「原告は、平成23年度後期に担当したゼミにおいて、本件学生に対し、ゼミ開講以降、『貴女に会うのが楽しみだ『いつでも研究室に来てください』『昨日は貴女と会ったんで、気分が乗って論文を一気に書き上げた』『名付けて「C・ローテーション』」だよ。貴女と会う期待に頑張って仕事するやる気が起こる一方、貴女が持参するドーナツで力いっぱい仕事に励むわけだ。』『Cちゃんが大好きだから、何でも美味しいわけだな』などの内容のメールを送信した。」

「原告は、平成23年11月11日、本件学生に対し、『映画の招待券をあげようかと思うが、どうかな。もちろん、貴女が行くならば私も一緒について行きたい」などとデートに誘うようなメールを送信した(なお、この誘いは本件学生に断られている)。同月20日には、「なぜ貴女を好きなのか、自分でも分かりません』などとメールを送信した。」

「これに対し、本件学生は、『先生がどう思っているか分かりませんが、私は学生なので、1人の学生として扱って頂いたらうれしいです。別に先生が嫌いという訳ではありませんが、そんなメールをしていただくとあまり気分がよくありません。』と返信した。

 「しかし、原告は、その後も『卒業後に求婚するね』『貴女に会うのがもっと楽しみだ』というメールや、後記の本件学生の信仰に関連して『ひょっとして貴女がわざと原理教とか持ち出したかもしれないと疑っています。私が貴女を本当に好きで、いろいろ求愛した後に失恋したからね。』などというメールを引き続き送信した。」

 原告は、これを懲戒事由に該当しないと主張しましたが、裁判所は、次のとおり判示し、セクハラへの該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件メール送信行為について、被告大学の懲戒処分標準例・・・に照らしてハラスメントの該当性を判断すべきである旨主張する。」

「しかし、懲戒処分標準例は、被告大学におけるセクハラの定義を定めたものではなく、種々の非違行為に対して標準的な懲戒処分例を示したものにすぎない。被告は、ハラスメント指針3条にセクハラの定義を規定しており、同条によれば、セクハラとは、被告大学の内外において、被告大学の構成員が他の構成員に対して、教育上、研究上若しくは職場での権力を利用して、他者を不快にさせる性的な言動や嫌がらせを行うことをいう。これに則って判断するのが相当である。」

「したがって、原告の上記主張は採用することができない。『本件メール送信行』(認定事実・・・中の『貴女に会うのが楽しみだ』「昨日は貴女と会ったんで、気分が乗って論文を一気に書き上げた』『映画の招待券をあげようかと思うが、どうかな。もちろん、貴女が行くならば私も一緒について行きたい』『なぜ貴女を好きなのか、自分でも分かりません』などの文面からすれば、男性である原告が、女子学生である本件学生に対し、恋愛感情を抱いていることを端的に示すものとみるほかない。そして、やり取りの中で、本件学生は、『そんなメールをしていただくとあまり気分がよくありません』というメールを送っているから、原告の上記メールについて嫌悪感を抱いており、原告はその旨を明確に認識していたものというべきであるが、それにもかかわらず、原告は、『卒業後に求婚するね』『貴女に会うのがもっと楽しみだ』などといったメールを引き続き送信している。本件メール送信行為は、本件学生の意に反して、恋愛感情を繰り返し表明するもので、本件学生に嫌悪感や不快感を抱かせるものである。
 そして、本件学生が原告の担当するゼミに所属する学生で、原告と本件学生との間にはその関係性に基づく影響力が働いていたことも考慮すれば、本件メール送信行為は、『教育上、研究上若しくは職場での権力を利用して、他者を不快にさせる性的な言動や嫌がらせを行うこと』にあたり、セクハラと認められる。

「したがって、本件メール送信行為は、就業規則29条1項、2項、ハラスメント規則6条に違反するものであり、就業規則53条1項1号に該当する。」

3.恋愛感情の表明もダメ-「嫌いというわけではありませんが・・・」

 本件で特徴的なのは、特に猥褻な言動をとっているわけでもないのにセクハラが認定されているところです。セクハラというと従前は猥褻な言動を伴うものが多かったように思われます。原告の言動は不適切ではありますが、猥褻な内容というには躊躇を覚えます。大学独自の定義ではあるものの、セクシュアルハラスメントにおける「性的」の概念を恋愛感情の表明にまで拡張させたように思われます。

 また、本件学生が付けた「別に先生が嫌いという訳ではありませんが」という枕詞の存在が完全に無視黙殺されている点も特徴的です。学生の言葉を真に受けたところで保護に値しないということを態度で示しているようにも思われます。

 大学教員と学生とのトラブルは後を絶ちません。学生がどのような発言をしても、容易には免責されない傾向にあるため、大学教員の方は学生を恋愛対象とはしない方が無難です。