弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

新型コロナウイルスの影響下での使用者による時短・休業に休業手当の支払いを要するとされた例

1.新型コロナウイルスの影響による休業

 労働基準法26条は、

「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」

と規定しています。

 この「使用者の責めに帰すべき事由」に関しては、

使用者の故意、過失又は信義則上これと同視すべきものよりも広い、

ただし、不可抗力によるものは含まれない、

と理解されています(厚生労働省労働基準局編『労働基準法 上』〔労務行政、平成22年版、平23〕367頁参照)。

 新型コロナウイルスの流行以来、感染症による時短・休業が労働基準法26条に規定されている「使用者の責めに帰すべき事由」に該当するのかという問題が議論されてきました。これは新型コロナウイルスの影響により時短・休業を余儀なくされたことが「不可抗力」といえるのかという問題でもあります。

2.曖昧な行政解釈と問題の潜在化

 この問題は新型コロナウイルスの流行が拡大して数年を経た現在でも、あまり良く分かっていません。良く分からないのは、明快な行政解釈がないことと、助成金が充実している関係で問題が潜在化していることに原因があります。

 新型コロナウイルスの影響と「使用者の責めに帰すべき事由」との関係性について、厚生労働省は、次のような見解を出しています。

<事業の休止に伴う休業>

問5 新型コロナウイルス感染症によって、事業の休止などを余儀なくされ、やむを得ず休業とする場合等にどのようなことに心がければよいのでしょうか。

今回の新型コロナウイルス感染症により、事業の休止などを余儀なくされた場合において、労働者を休業させるときには、労使がよく話し合って労働者の不利益を回避するように努力することが大切です。
また、労働基準法第26条では、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には、使用者は、休業期間中の休業手当(平均賃金の100分の60以上)を支払わなければならないとされています。休業手当の支払いについて、不可抗力による休業の場合は、使用者に休業手当の支払義務はありません。
具体的には、例えば、海外の取引先が新型コロナウイルス感染症を受け事業を休止したことに伴う事業の休止である場合には、当該取引先への依存の程度、他の代替手段の可能性、事業休止からの期間、使用者としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案し、判断する必要があると考えられます。

新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)|厚生労働省

 前段では良く話し合えと言っていて、後段では休業手当に触れながら、不可抗力の場合には支払わなくてもいいという当たり前のことを言っています。これでは休業手当の支払いが必要なのかどうかが分かりません。

 ただ、分からなくて困るかというと、そういうわけでもありません。雇用調整助成金等の各種助成金が充実していて、休業したとしても平均賃金の60%を割り込むような賃金しか支給されない事態がそれほど顕在化しなかったからです。

 かくして、この論点は、明確な答えが得られないまま、問題として温存されたままになってきました。

 しかし、近時公刊された判例集に、この問題について判示した裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日とご紹介させて頂いている、東京地判令3.11.29労働判例ジャーナル122-44 ホテルステーショングループ事件です。

3.ホテルステーショングループ事件

 本件で被告になったのは、都内で16店舗のラブホテルを経営する個人です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、客室清掃等を担当するルーム係として勤務していた方です。原告の労働条件は、

所定労働時間 午前10時~午後5時(うち45分間休憩)

所定就業日 毎週水曜日を除く各日

とされていました。

 ところが、新型コロナウイルス感染拡大による売上減少に対処するため、被告は、令和2年3月29日以降、従業員の勤務時間を減らすこととし、4時間に限って勤務させる「時短の日」、終日休業させる「休業の日」を設け、賃金の一部をカットしました。

 本件の原告は、残業代のほか、被告から支払われた休業手当に不足額があるとして、労働基準法26条に基づく未払休業手当を請求しました。

 この事案で、裁判所は、次のとおり判示し、原告による未払休業手当の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「原告の労働契約の内容が変更されるような就業規則の変更や個別の合意は存在しない。被告は、緊急避難的に、原告の所定労働時間を変更したと主張するが、法律上の根拠がなく、採用できない。」

(中略)

「上記・・・のとおり、原告との労働契約における所定労働時間の定めは変更されていないから、別紙4の令和2年3月29日から同年11月5日までの間の『時短』及び『休業』の日においては、1日の所定労働時間の一部又は全部につき、被告が原告に休業を命じた(労務の受領を拒絶した)ものと解すべきである。」

「これらの日における休業は、連続しない複数の日に及んでいるものであるが、新型コロナウイルス感染拡大による売上減少に対応するため令和3年3月29日から講じられた一連の措置と解釈すべきであるから、一連の休業と捉えて休業手当の支払義務やその額を検討するのが相当である(以下、これらの原告の休業を一括して『本件休業』という。)。」

「そして、休業手当の支払義務につき、労基法26条にいう『責めに帰すべき事由』とは、故意又は過失よりは広く、使用者側に起因する経営・管理上の障害を含むが、不可抗力は含まないものと解する(最高裁判所昭和62年7月17日第二小法廷判決・民集41巻5号1283頁参照)。」

被告においては、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛などにより、令和2年2月頃以降売上の減少という影響を受けはじめ、同年3月の売上は前年同月比約36%減、同年4月は約68%減となり、その後も売上は停滞した。被告は、このような売上減少に対応するため、同年3月29日以降、従業員全体の出勤時間を抑制することとし、原告には本件休業を命じたものである。このような売上減少の状況において人件費削減の対策を講じたことの合理性は認められるところであり、これによる雇用維持や事業存続への効果が実際に生じたであろうことを否定するものではない。しかしながら、被告は、事業を停止していたものではなく、毎月変動する売上の状況やその予測を踏まえつつ、人件費すなわち従業員の勤務日数や勤務時間数を調整していたのであるから、これはまさに使用者がその裁量をもった判断により従業員に休業を行わせていたものにほかならない。そうだとすれば、本件休業が不可抗力によるものであったとはいえず、労働者の生活保障として賃金の6割の支払を確保したという労基法26条の趣旨も踏まえると、原告の本件休業は、被告側に起因する経営・管理上の障害によるものと評価すべきである。よって、本件休業は、被告の『責めに帰すべき事由』によるものと認められる。

4.雇用調整助成金の特例措置の終了を前に・・・

 なぜ、この問題を取り上げたのかというと、雇用調整助成金の特例措置が令和4年6月30日までとされているからです。

雇用調整助成金(新型コロナ特例)|厚生労働省

 特例措置が終了すると、休業手当の支払いの要否の問題が顕在化する可能性があります。その際、本裁判例は休業手当の請求を認めた裁判例として参考になります。