弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

使用者から連絡を待つように指示され、そのまま放置されたら・・・

1.放置の帰責事由該当性と就労意思

 民法536条2項本文は、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」

と規定しています。

 この条文があることにより、使用者の責めに帰すべき事由によって労務を提供することができなくなった労働者は、反対給付である賃金を請求することができます。

 近時、新型コロナウイルスの影響か、休業についてきちんとした説明もなされないまま、ただ単に自宅待機を言い渡され、労働者が放置されるという例を見聞することがあります。

 こうした場合、労働者は使用者に対して賃金を請求することができるのでしょうか。

 この問題を考えるうえでの参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令元.10.30労働判例ジャーナル97-40 TWO EYES GLOBAL LIMITED事件です。 

2.TWO EYES GLOBAL LIMITED事件

 本件で被告になったのは、レストラン、バー、ナイトクラブの経営や、衣料品等の輸出入及び販売等を目的とする株式会社です。

 原告は平成28年9月から被告が経営する飲食店(本件店舗)で働いていた方です。

 平成29年1月分の賃金が支払われず、社会保険に加入することもなかったため、平成29年2月23日に原告と被告代表者との間でミーティングが行われました。

 しかし、本件店舗の売上が上がっていないことを問題視する被告代表者との間での話し合いが、まとまることはありませんでした。

 平成29年2月24日、原告が本件店舗に出勤したところ、被告代表者から本件店舗の鍵を返した上で退勤し、被告からの連絡を待つように指示されました。

 その後、原告はLNEで賃金の支払を求めたり、何度電話しても連絡がつかないがいつまで自宅待機なのかを尋ねたりしました。

 しかし、被告からの連絡はありませんでした。

 こうした態度を受け、原告が被告に対して未払賃金等の支払を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の請求に対し、被告は、

「原告が本件店舗を訪れて被告に対して就労意思を示したことはなく、原告の就労意思は消滅し、本件労働契約も事実上解約されていたというべきである。」

など反論しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥し、原告による未払賃金の請求を認めました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告に対し、平成29年1月分以降の賃金を支払っていないところ、原告は、同年2月24日、本件店舗に出勤した際に、被告代表者から、本件店舗の鍵を返した上で退勤し、被告からの連絡を待つように指示されたものの、その後、被告からの連絡がなく、原告が被告代表者に架電しても連絡が付かない状況であったというのであるから、同日以降、原告は、被告の責めに帰すべき事由によって本件労働契約に基づく債務を履行することができなくなっていたということができる。
「そうすると、被告は、原告に対する同月23日までの賃金はもちろん、同月24日以降の賃金についても支払を拒むことができないこととなる(民法第536条第2項前段)。」
「なお、・・・原告は、同年3月21日に、被告に対し、未払賃金等請求書を送付し、何度電話しても連絡が付かないが、いつまで自宅待機なのかを尋ねるなどしており、同年2月24日以降も、被告における就労意思を有していたと認められるところ、本件各証拠によっても、その後、・・・原告が被告における就労意思を喪失したと認めるに足りる事情は認められない。

3.店が閉められていた事案ではないが・・・

 被告は、平成29年3月以降、WEBサイト上で、本件店舗について、リニューアルオープンした旨の情報を掲載しており、本件は閉店や事業規模の縮小が認定されている事案ではありません。

 しかし、適切な説明もなく自宅待機を指示され、その後の連絡もなく、ただ単に放置された場合の労働者の地位を理解するうえで、一定の参考にはなります。

 使用者の側にも資力の乏しさがうかがわれる時に、どのような救済が考えられるのかは検討を要する問題ではありますが、新型コロナウイルス関係で、休業手当も支給されないまま、ただ単に自宅待機を命じられ、その後の連絡もなく放置されている労働者の方は、こうした裁判例を根拠に法的措置をとってみることも、考えられるかも知れません。