弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

親会社から資金供給を停止されたことを理由とする休業と民法536条2項の「責めに帰すべき事由」

1.休業手当の限度? 賃金全額?

 労働基準法26条は、

「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない」

と規定しています。

 このルールに基づいて、「使用者の責めに帰すべき場合」に支払われる「平均賃金の百分の六十以上の手当」のことを休業手当といいます。

 他方、民法536条2項前段は、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない」

と規定しています。

 この条文があるため、労働者は使用者の「責めに帰すべき事由」による休業で労務提供義務を履行することができなくなったときは、賃金(反対給付)の全額を請求することができます。

 休業手当の根拠となる「使用者の責に帰すべき事由」と賃金全額を請求する根拠となる「責めに帰すべき事由」の関係については、最高裁判例があり、

「休業手当の制度は、右のとおり労働者の生活保障という観点から設けられたものではあるが、賃金の全額においてその保障をするものではなく、しかも、その支払義務の有無を使用者の帰責事由の存否にかからしめていることからみて、労働契約の一方当事者たる使用者の立場をも考慮すべきものとしていることは明らかである。そうすると、労働基準法二六条の『使用者の責に帰すべき事由』の解釈適用に当たつては、いかなる事由による休業の場合に労働者の生活保障のために使用者に前記の限度での負担を要求するのが社会的に正当とされるかという考量を必要とするといわなければならない。このようにみると、右の『使用者の責に帰すべき事由』とは、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであつて、民法五三六条二項の『債権者ノ責ニ帰スヘキ事由』よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当である。

という整理がされています(最二小判昭62.7.17労働判例499-6 ノースウエスト航空事件)。

 これによると「使用者側に起因する経営、管理上の障害」は休業手当(平均賃金の60%)を請求する根拠にはなっても、民法536条2項前段に基づく賃金全額を請求する根拠にはならないと言えそうです。

 問題は何が「経営上の障害」にあたるかですが、「親会社自体が資材資金の獲得に支障を来し、下請工場が所要の供給をうけることができずしかも他よりの獲得もできないため休業した場合」は経営障害による休業、つまり「使用者の責に帰すべき事由による休業」(労働基準法26条)の典型例にあたると考えられてきました(昭23.6.11基収1998号)。

 このような議論状況にあったところ、近時公刊された判例集に、親会社から資金供給を停止されたことを理由とする休業について、労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」による休業であるだけではなく、民法536条2項の「使用者の責めに帰すべき事由」による休業でもあるとして、賃金全額の請求を認めた裁判例が掲載されていました。東京地判令3.12.23労働判例ジャーナル124-56 バイボックス・ジャパン事件です。

2.バイボックス・ジャパン事件

 本件で被告になったのは、暗号資産交換業(仮想通貨取引業)を行う中国系企業である「バイボックステクノロジー」という会社の子会社として設立された株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、平成30年10月1日から賃金月額62万5000円で働いていた方です。

 被告は、

「平成31年3月25日、全従業員に対するミーティングにおいて、ベンチャーキャピタルがバイボックステクノロジーに対する資金提供を停止したこと、同社から被告に対して資金が支払われず、同年2月分及び3月分の給与を支払うことができないこと、会社存続に向けて鋭意努力していくつもりであり、会社の再建及び給与支払いに向けて交渉中であることなどを説明し、翌日から出社を不要とする旨を告げ」

その業務を停止しました。

 原告は令和元年6月15日に退職しました。そして、賃金の支払が停止された平成31年4月~令和元年6月分の給与相当額を、

労働基準法26条の休業手当と、

民法536条2項に基づく賃金

の二つに分けて請求する訴えを提起しました。

 休業手当が認められるのは通達の趣旨から別段驚くようなことではないのですが、裁判所は、次のとおり述べて、民法536条2項に基づく請求も認めました。

(裁判所の判断)

「被告は、事業停止の原因について、バイボックステクノロジーから資金の供給を突如停止されたことが原因である旨主張する。」

「しかしながら、被告の資金調達が専らバイボックステクノロジーからの資金供給に依存していたというのであれば、その供給が停止されれば事業の存続が困難になるのであるから、かかる事態を避けるため、相当の資金を保有しておくことや他の資金調達先を確保しておく等の措置を講じておくべきであるが、Cの供述によれば、被告は、バイボックステクノロジー以外には資金調達先がなく、また、平成31年3月当時の資金は100万円未満であったというのであるから、かかるCの供述を前提としても、被告は、事業停止を避けるために適切な措置を講じることを怠っていたというべきである。

また、Cは、バイボックステクノロジーが資金提供を停止した理由は、被告に対して金融庁からの許可が下りない状況が続いていたからである旨供述するが、同許可の取得は被告の業務であるところ、これに長期間を要した原因について、同業務を担当していた原告に著しい職務懈怠があったこと等の特別の事情は窺われない。そうすると、仮に資金供給を停止された理由が金融庁からの許可が下りない状況が続いたことにあるとしても、被告にその責任があるというべきである。

さらに、被告は、バイボックステクノロジーから資金供給を停止することを告げられた後、CがEに対して資金を供給するよう求め、また、出資元のベンチャーキャピタルに対して電子メールにより出資を停止した理由について説明を求め、国内外の企業に対して原告等の従業員の受入れを打診した旨主張し、Cもこれに沿う供述をする。しかしながら、本件全証拠によっても、上記主張に関するCとEとの間のやり取りや、被告と他の企業との交渉の詳細な経緯、内容は明らかではなく、具体的な交渉の進展を窺わせる客観的な証拠は存在しない。かえって、前記認定事実によれば、Dは、令和元年6月1日ころから、株式会社プロメテの代表取締役として仮想通貨に関するコンサルティング業を開始し、同月30日には被告の代表取締役であったCとともに被告の取締役を辞任していることが認められ、これらの事実に照らせば、被告が事業を停止した後、事業の再開や従業員の就労先の確保に向けて十分な活動を行っていたということはできない。

以上によれば、バイボックステクノロジーから資金供給を突如停止されたとする被告の主張を考慮しても、本件における休業につきやむを得ない必要があったとは認められない。

「前記認定事実によれば、原告は、事前の予告なしに事業を停止する旨を告げられ、賃金の支払を停止されたこと、平成31年2月分及び同年3月分の賃金についても支払を受けていないこと(なお、原告は、Dから102万6104円の支払を受けているが、同金員の性質には争いがあり、Dから原告に対して同金員の返還を求める訴訟が提起されている。)が認められ、加えて、原告が62歳を超える高齢・・・であり、就職先を見つけることが容易ではないと考えられることも考慮すると、原告が休業を命じられることにより被る不利益は小さくないということができる。

被告は、Dから全従業員に対し、事業を清算するつもりであり、給与の支払が困難である旨を告げたと主張するが、本件全証拠によっても、被告が、従業員に対して、事業の停止に至る経緯、財務状況、休業期間の見通しについて具体的な説明を行ったものとは認められない。また、被告は原告に対して事業の売却交渉の進捗状況について報告していた旨主張するが、確かに、被告から原告に対し、海外のベンチャーキャピタルとの連絡を依頼していたことが認められるものの、原告は、連絡の依頼を受けていたにすぎないことからすれば、事業の停止に至る経緯、財務状況等について理解していたとまでは認められない。

以上の事情を総合的に考慮すれば、被告が事業を停止したことが合理的であるとは認められず、被告が原告に対して休業を命じたことについて、民法536条2項所定の債権者の帰責事由が認められる。

3.経営上の障害だからといって諦めないこと

 資金供給の停止に関しては、典型的な経営上の障害ということで、最初から休業手当の請求のみに留める例もあるように思われます。

 しかし、この裁判例は、資金供給の停止・経営上の障害であるからといって、直ちに民法536条2項で全額を請求することが不可能と帰結されるわけではないことを示しています。

 資金供給の停止、経営上の障害であるからといって、思考停止に陥ることなく、実体を見る必要があることを示唆する裁判例として参考になります。