弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

懲戒免職処分を受けた公務員の退職手当-一般労働者との均衡を考慮すべきとされた例

1.懲戒免職処分を受けた公務員の退職手当-民間との違い

 民間の一般労働者の場合、懲戒解雇された労働者であっても、退職金が全額不支給となる場面は限定されています。退職金の全額不支給が適法と認められるのは「当該非違行為がその労働者の過去の功労を抹消するほど重大なものであった場合に限定される」と理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕596頁参照)。そのため、懲戒解雇された場合であったとしても、過去の功労を抹消するほどのことではないとの理由で、一部請求が認められる例は少なくありません。

 他方、懲戒免職処分を受けた国家公務員には、原則として退職手当が支給されることはありません。国家公務員退職手当法の運用方針 昭和60年4月30日 総人第261号最終改正 令和元年9月5日閣人人第256号)が、

「非違の発生を抑止するという制度目的に留意し、一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とするものとする」

と規定しているからです。

 多くの地方自治体では国家公務員に準じた仕組みを採用しているため、地方公務員の場合も、懲戒免職処分と退職手当の全部を対象とする退職手当支給制限処分(退職手当全部不支給処分)とは紐づいてる関係にあります。

 裁判所が基本的に処分行政庁の裁量を尊重する姿勢をとることもあり、懲戒免職処分を受けた公務員が退職手当全部不支給処分の効力を争っても、処分の取消請求が認められる例は決して多くありません。つまり、懲戒免職処分を受けた公務員は退職手当全額について支給を受けられないのが普通です。

 このように、民間と公務員とでは、懲戒解雇/免職を受けた場合の退職金/退職手当の取扱いに、かなり顕著な差があります。

 しかし、近時公刊された判例集に、公務員の退職手当全部不支給処分の可否を判断するにあたり、一般労働者との均衡を考慮すべきとした裁判例が掲載されていました。東京高判令4.1.14労働判例ジャーナル124-72 小諸市事件です。

2.小諸市事件

 本件は酒気帯び運転をして懲戒免職処分、退職手当全部不支給処分を受けた小諸市職員の方が、退職手当全部不支給処分(本件支給制限処分)の取消を求めて市を提訴した事件の控訴審です。

 原審が本件支給制限処分の取消を認めたため、小諸市側が控訴したのが本件です。

 控訴審も本件支給制限処分を取消した原判決を相当と認め、小諸市側の控訴を棄却したのですが、控訴審判決では、原審の判断に、次の一文が書き加えられました。

(裁判所の判断)

「原判決14頁18行目の後に、改行して、『なお、一般の労働契約において、退職金を全額不支給とし得るのは、労働者のそれまでの勤続の功を抹消してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に限られると解されることをも考慮すべきである。』を付加する。

3.一般労働者との均衡を考慮すべきとされた例

 最三小判昭43.3.12最高裁判所民事判例集22-3-562は、公務員の退職手当の法的性質について、次のとおり判示しています。

「国家公務員等退職手当法(以下『退職手当法』という。)に基づき支給される一般の退職手当は、同法所定の国家公務員または公社の職員(以下『国家公務員等』という。)が退職した場合に、その勤続を報償する趣旨で支給されるものであつて、必ずしもその経済的性格が給与の後払の趣旨のみを有するものではない

 民間の退職金も、一般に「賃金後払的性格を持つと同時に功労法相的性格をもあわせもつものである」と理解されています(前掲『詳解 労働法』596頁)。

 結局、公務員の退職手当も民間の退職金も法的性質において同じ(賃金後払い+功労報償)であるのであれば、本来的には均衡が意識されて然るべきであるといえます。

 それでも公務員の場合に民間より厳しい取扱いがされてきたのは、

職員の長年にわたる公務への公権に対する勤続報償を基本的な性格としている」

という政府解釈と、政府解釈のもとで行われた処分行政庁の裁量的判断を尊重しようとする裁判所の姿勢に原因があるのではないかと思われます。

国家公務員退職手当の支給の在り方等に関する検討会(第5回)(平成20年2月13日)

https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/komuin_taishoku/pdf/080213_1_si4.pdf

 確かに、勤続報償的な要素が強いという解釈にも一定の理由はあるのですが、それにしても民間との間でかなり顕著な不均衡が生じていました。

 本裁判例は、こうした不均衡を維持・放置することに一石を投じるもので、公務員関係裁判例として画期的なものです。

 東京高裁の裁判例ということもあり、その影響力が注目されます。