弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員は公務外非行の詐欺でも退職金(退職手当)まで吹き飛ぶ

1.公務員の懲戒処分

 公金に関する公務員の不正行為に対して、法は極めて厳格な立場をとっています。

 国家公務員の場合、公金を横領、窃取、詐取した職員は、基本的に免職になります(「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職―68)(人事院事務総長発)最終改正: 令和2年4月1日職審-131参照)。

懲戒処分の指針について

 また、懲戒免職処分等を受けて退職したことは、退職手当の支給制限事由に該当します(国家公務員退職手当法12条1項1号)。懲戒免職処分を受けた場合、退職手当は全部不支給が原則になるため(国家公務員退職手当法の運用方針 昭和60年4月30日 総人第261号 最終改正 令和元年9月5日閣人人第256号参照)、公金を横領、窃取、詐取して懲戒免職とされた国家公務員は、ほぼ自動的に退職金の全部不支給処分を受けます。

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/s600430_261.pdf

 このように公金に関する不正行為には厳格な姿勢がとられていますが、公務外非行にに対しては、そこまで厳しい立場がとられているわけではありません。

 同じく横領、窃取、詐欺をしたとしても、それが公務外非行であれば、「免職又は停職」が標準的な懲戒処分になります(前掲「懲戒処分の指針について」参照)。

 また、懲戒免職処分を受けた場合でも、前掲「国家公務員退職手当法の運用方針」で、

「停職以下の処分にとどめる余地がある場合に、特に厳しい措置として懲戒免職等処分とされた場合」

が退職手当不支給を一部に留められる場合として規定されているため、全額とまではいかなくても、退職手当の一部は受給できる余地が生じます。

 上述の国家公務員に関するルールは、多くの地方自治体でも参考にされているため、地方公務員が懲戒処分を受けた場合にも妥当します。

 しかし、公務外非行であるからといって、必ずしも処分が甘くなるとは限りません。近時公刊された判例集に、公務外非行の詐欺で懲戒免職・退職手当全部不支給処分の有効性が認められた裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.6.29労働判例ジャーナル105-42 守口市門真市消防組合事件です。

2.守口市門真市消防組合事件

 本件は、

「平成26年10月から平成27年12月までの間、整骨院と共謀し、診療報酬を欺いたこと」(本件非違行為)

を理由に懲戒免職処分、それに引き続く退職手当全部不支給処分を受けた消防士長が、勤務先である特別地方公共団体・守口市門真市消防組合に対し、各処分の取消を求めて出訴した事件です(ただし、退職手当全部不支給処分の処分事由には過去の勤務態度などの事情も付加されています)。

 原告の方は直接詐欺行為に及んだわけではなく、謝礼(月額5000円)をもらって詐欺行為に加担した立場にありました。

 直接現金を詐取した方(F)は、起訴され、次の事実で有罪判決を受けたとされています。

「Fは、C、D、E院長及び原告と共謀の上、柔道整復施術療養費名目で現金をだまし取ろうと考え、・・・平成26年11月11日頃から平成28年2月10日頃までの間、15回にわたり、真実は、原告が本件整骨院に約40日しか通院していないのに、合計238日間通院して、柔道整復師による施術を受けたとする内容虚偽の柔道整復施術療養費支給申請書等を作成の上、大阪府市町村職員共済組合(以下『共済組合』という。)に提出して、柔道整復施術療養費の支払いを請求し,共済組合の職員らをしてその旨誤信させ、よって、平成27年2月3日から平成28年5月6日までの間、15回にわたり、共済組合から25万7577円を詐取した」(本件詐欺行為)

 ただし、原告の方は本件詐欺行為について不起訴処分(起訴猶予)を受ける留まりました。

 こうした事実関係のもと、裁判所は、次のとおり判示し、各処分の適法性を認めました。

(裁判所の判断)

-懲戒免職処分の裁量逸脱・濫用の有無について-

「原告は、Dらとの共謀に基づいて、本件詐欺行為を行ったものであって、原告の行為は、詐欺罪(刑法246条1項)に該当する刑法上の犯罪行為である。詐欺罪の法定刑は10年以下の懲役であるところ、原告は、本件詐欺行為において、首謀者たる地位にあるとはいえないものの、自らの保険証を提供し、自らが通院したとの事実を仮装することが可能な日を伝えるなどして、原告が本件整骨院へ通院した事実を仮装し、柔道整復施術療養費の詐取を可能ならしめるにあたり、重要な役割を果たしている上、かかる犯罪行為への関与につき、月額5000円という比較的少額のものとはいえ、多数回にわたり報酬を受領している。」

「以上によれば、原告の行為は、公務に対する信頼を著しく損なう悪質なものであり、厳しい非難に値するものというべきであって、原告が指摘する事情を踏まえても、被告が、原告に対する事情聴取を経て、懲戒処分として免職処分を選択したことは、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したものということはできない。

-退職手当全部不支給処分の裁量逸脱・濫用の有無について-

「退職手当の性格は、勤続報償的要素のほか、生活保障的要素、賃金後払い的要素が含まれると解されるものの、原告は、上記のとおり、刑法上の犯罪行為である本件詐欺行為において重要な役割を果たし、相当期間にわたり、少額とはいえ報酬を多数回にわたって受領していることからすると、本件非違行為の内容は悪質であって、原告が占めていた職の職務内容や責任の程度のいかんを問わず、本件非違行為が公務に対する信頼に消極的影響を及ぼし、原告の継続勤務の功を抹消するものと言わざるを得ない。」

「なお、本件退職手当条例は、国家公務員退職手当法とほぼ同様の文言を用いた規定となっているところ、国家公務員の退職手当法の運用方針においては、懲戒免職処分がされた場合、退職手当を全部不支給とすることを原則とし、例外的に退職手当一部不支給処分とすることができるとする4項目・・・を定めるが、本件は、このいずれにも該当しない。また、本件退職手当条例には、処分をする際、被処分者に対して告知・聴聞の機会を与えることを定めた規定は存しない・・・のみならず、本件各処分をするに先立ち、原告に対して弁明の機会も与えられていたといえることは上記・・・で説示したとおりである。」

「以上の事情のほか、原告が本件非違行為を行うに至った経緯に特に酌むべき事情があるとは認められず、共謀の事実を否認したり、本件非違行為の社会的影響などを過小視する等、真摯な反省の情を示しているとも認められないことにも鑑みると、本件詐欺行為について原告の氏名が報道されたとは認められないことなど、原告の主張内容を考慮しても、退職手当の全部を不支給とした被告の判断に裁量権の逸脱又は濫用があるということはできない。

3.報道なし、利益少額、起訴猶予でも厳しい

 公務員に限ったことではありませんが、懲戒処分の効力を検討するにあたり、報道がされたかどうかが考慮要素の一つになることがあります。

 報道されるかどうかは本人のコントロールできない偶然的な事情に依拠することから、これが考慮要素とされることに違和感を持つ方もいるのではないかと思います。

 しかし、懲戒処分を行うにあたっては、企業の場合には対外的な信用性がどれだけ毀損されたのか、公務員の場合には公務に対する国民の信用がどれだけ毀損されたのかが問われることになります。こうした観点から、報道の有無は、一定の重さを持つ考慮要素になるとされています。

 本件の場合、報道されたわけでもなく、得た利益も少額で、刑事的にも起訴猶予処分を受けるに留まっています。このレベルの公務外非行で懲戒免職処分・退職手当全部不支給処分というのは、やや厳しいようにも思われますが、裁判所は、いずれの処分の適法性も認めました。

 やはり、犯罪は割に合いません。公職に就いている方は、そのことを特に自覚した方が良さそうです。