弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の時間外勤務手当の詐取-懲戒免職処分は適法でも退職手当の全部不支給処分は違法とされた例

1.懲戒免職処分と退職金不支給処分との連動性

 公務員の場合、懲戒免職処分と退職金不支給処分とが連動する仕組みがとられています。

 国家公務員の場合、退職金の支給/不支給の判断は、国家公務員退職手当法という法律に基づいて行われます。

 国家公務員が懲戒免職処分等を受けた場合、退職手当管理機関は、一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができると規定しています(国家公務員退職手当法12条1項)。

 この国家公務員退職手当法には、運用方針が定められており、懲戒免職処分等を受けた国家公務員に対しては、

「非違の発生を抑止するという制度目的に留意し、一般の退職手当等の全部を支給しないこととすることを原則とするものとする」

とされています(国家公務員退職手当法の運用方針 昭和60年4月30日 総人第 261 号最終改正 令和元年 9 月 5 日閣人人第 256 号)。

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/jinji_c10.html

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/s600430_261.pdf

 そのため、懲戒免職処分を受けた国家公務員は、基本、退職手当全部不支給処分を受けることになります。

 多くの地方公共団体は、国家公務員の例を参考に地方公務員の管理を行っているため、地方公務員の場合も懲戒免職処分と退職手当全部不支給手当は基本的に連動しているといっても差支えありません。

 ただ、基本的に連動しているとはいっても、懲戒免職処分を受けた公務員の全てが退職金の全部不支給処分を甘受しなければならないのかというと、必ずしもそうはなっていません。

 このブログでも、以前、飲酒運転の例で、懲戒免職処分は適法でも、退職手当の全部不支給処分は違法とされた例を紹介させて頂いたことがあります。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/10/27/002148

 近時公刊された判例集に、時間外勤務手当の詐取のケースで、懲戒免職処分を適法としつつ、退職手当の全部不支給処分を違法とした裁判例が掲載されていました。新潟地判令2.4.15労働判例ジャーナル101-20 新潟市事件です。

 公金の詐取は飲酒運転以上に厳しい処分が予定されているため(懲戒処分の指針について 平成12年3月31日職職-68 人事院事務総長発 最終改正:令和2年4月1日職審-131参照)、この類型で退職手当の全部不支給処分が違法になるというのは意外でした。珍しい判断であるため、ご紹介させて頂きたいと思います。

2.新潟市事件

 本件で被告になったのは新潟市です。

 原告になったのは、新潟市の職員であった方です。所属する課の課長の印鑑を無断で押捺して時間外勤務命令票を偽造し、時間外勤務手当を詐取し又は詐取しようとしたことを理由として、懲戒免職処分・退職手当支給制限処分を受けました。これに対し、事実誤認・裁量の逸脱濫用があるとして、各処分の取消を求めて提訴したのが本件です。

 裁判所は事実誤認の違法はないとしたうえ、懲戒免職処分に係る行政庁の判断に裁量の逸脱濫用はないと判示しました。

 そのうえで、次のとおり述べて、退職手当支給制限処分(全部不支給)は、裁量を逸脱・濫用した違法なものであると判示しました。

(裁判所の判断)

「・・・退職手当条例10条の運用に当たって、退職手当法運用方針を参考として退職手当支給制限の要否や程度について判断することは、合理性を有するものと認められる。もっとも、退職手当法運用方針が被告において参考とされているものにとどまり被告の定めた処分基準ではないことのほか、退職手当の上記のような性格や、それゆえ退職手当支給制限処分については、特定の時期においてされた非違行為に対する直接的な懲戒権の行使としての懲戒免職処分と比較して、公務員に対する社会の信頼その他社会的責任の高まり等、その時々の社会情勢に応じた要請を考慮すべき程度がそこまで高いとはいい難い側面もあり、より長期的な観点から、対象者の勤務態度等を含む諸般の事情を考慮することが相当であるというべきこと等に鑑みれば、退職手当の全部又は一部を支給しないことができる旨定める退職手当条例の適用に当たって、その全部を支給しないという処分をするに当たっては、懲戒免職処分を選択するか否かの判断におけるよりも、慎重な裁量権の行使が求められているというのが相当である。

「以上を踏まえ、本件支給制限処分について検討するに、まず、本件非違行為は、前記のとおり、人事院指針における詐取の例に当たるというべきものであるが、他方で違法支払等の例にも該当するといえるものである。この点、詐取の例については免職が標準例とされる一方、違法支払等の例においては戒告又は減給が標準例とされている。したがって、本件非違行為は、停職以下の処分にとどめる余地がある場合(退職手当法運用方針12条関係の2号のイ)に当たるというべきである。」

「そこで、上記を前提に、本件非違行為に係る非違の内容及び程度、非違に至った経緯、当該非違後における当該退職をした者の言動、当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響に加え、被処分者の過去の功績の度合い、支給が制限される手当の金額、当該支給制限処分により被処分者が被る経済的不利益の内容等を総合考慮した上で、本件支給制限処分が社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと認められるかを検討する。」

「上述のとおり、本件非違行為は、課長補佐の職位にある原告が、所属長の印鑑を無断で用いて時間外勤務手当を不正に受給し、受給しようとした事案であって、発覚のしにくさや任命権者に対する直接の背信行為であること等も考慮すれば、悪質な行為態様であるといわざるを得ない。また、住民の税金により賄われている原告の時間外勤務手当を詐取しようとした事案であることに鑑みれば、住民からの公務に対する信頼に及ぼす影響も決して軽視することはできないものである。加えて、原告が課長補佐という被告の職員に対して範を示すべき立場にあったこと、本件非違行為の3か月ほど前に本件厳重注意処分を受けていたこと、本件非違行為後の原告の態度も思わしくないこと等、原告に不利な事情も認められる。」

「しかしながら、本件非違行為によって原告が実際に受給した時間外勤務手当は数万円程度であり、それも返還済みであることや、平成27年5月分の時間外勤務手当については実際には支給されていないことからすれば、被告に実質的な経済的損害は生じていないということができ、本件非違行為は第三者に対する経済的被害を及ぼすものでもない。また、原告は、被告あるいは新潟市に合併される前の地方公共団体の職員として、通算して36年余りの勤務歴を有し、本件懲戒免職処分を受けるまでに懲戒処分を受けたことはなく、その勤務成績も平成27年2月に本件厳重注意処分を受けたほかはおおむね良好であったと認められるのであって(このことは本件懲戒免職処分に関する審査請求手続におけるC課長の供述内容からもうかがわれるところである。)、本件懲戒免職処分に至るまでに、公務に対して相応の貢献をしてきたことが認められる。そして、本件非違行為は、2か月分の時間外勤務手当の受給に係るものではあるものの、同年5月頃に、ほとんど同一の機会にされたものであると認められ、また、既に触れたところからして、原告の地位等ゆえにC課長印を冒用することが比較的容易であったこと、それゆえ原告に対する誘惑が一定程度あったことは否定できず、その点で動機において斟酌すべき点がなかったとまではいえない。この点、原告が、当時、服薬によりコントロールはできていたとしても、心療内科に通院を継続していたという事情も、斟酌し得ないものではない。上記に関し、カラ出張の件に係る本件厳重注意処分及びカラ出張顛末書の提出等は、本件非違行為と3か月ほどの近接した時期にされているところ、この点は、既に指摘したとおり、原告に対する非難を強める事情ではあるが、他方で、カラ出張の件に係る原告の行為態様等が本件非違行為におけるものと相当程度に異なっていることを考慮すれば、それらが連続してされていることの悪質性を過度に強調することも相当とはいい難いところがある。

加えて、原告の本件支給制限処分時の年齢は55歳であって、再度の就職をすることが一般的に困難を伴う年齢であること、本件支給制限処分によって支給が制限された退職手当の金額は1854万1700円と高額であること、公務員は一般的に兼職が禁止され、給与以外に収入を得る手段が乏しいこと等を併せ考慮すると、原告の妻も少なくとも本件各処分時において被告の職員であり約645万円程度と相応の年収があったこと(甲42参照)、原告の3人の娘も結婚や就職などをして既に自立していること等の事情を踏まえてもなお、本件支給制限処分は原告に対して重大な経済的不利益を与えるものであるといわざるを得ない。

以上の諸点を総合考慮すれば、原告の退職手当の受給権について、その大半(8割程度)を減額する旨の退職手当一部不支給処分をすることは処分行政庁の裁量権の範囲に属するものといえるが、本件非違行為が原告の退職手当の受給権全てを否定するに足りる程度の重大性を有するということは困難であり、退職金の全部の支給を制限する旨の本件支給制限処分については、本件非違行為の内容及び程度と不利益処分との間の均衡を欠き、原告に対して過度に重大な処分を課すものとみるのが相当である。

「被告は、本件行為態様が悪質であることや、原告がこれまでにも諸給与や休暇等を不正に受給又は取得していた疑いがあること等情状面でも問題があること等を指摘するが、その疑いに係る不正行為全てが実際にあったと認めるに足りる証拠はなく、これらを踏まえても上記判断が左右されるものとはいい難い。また、被告は、本件により原告が不正に受給し又は受給しようとした金額が比較的低額であるとしても、本件がたまたま不正行為の途中で発覚したものにすぎず、被害金額が拡大していた可能性があることを指摘するものの、被告指摘の事情は実際に生じた経済的被害等の多寡に直接影響を及ぼすものではないし、発覚しなければ生じ得た被害を過度に重視することは相当ではないから、この点に関する被告の主張も、上記判断を左右するに足りるものではない。

「よって、本件支給制限処分は、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法な処分であると認められる。」

3.同種事案で使えそうな論理

 新潟市事件の判示は事例判断として参考になるほか、他の事案でも使えそうなロジックを含んでいます。個人的に重要だと考えているのは、次の二点です。

 一つ目は、退職金全部不支給処分を行うにあたっての行政裁量が懲戒免職処分を行うにあたっての行政裁量よりも慎重に行使されるべきであると明記した点です。

 これは、懲戒免職処分を受けた方が、懲戒免職処分と同時に退職金全部不支給処分の効力を争うにあたり、引用することができる判示です。

 もう一つが、「たまたま被害が少なかった」論を過度に重視すべきではないと排斥した点です。

 被害・損害が比較的軽微な事案では、かなりの頻度で行政庁側から「被害が軽微だったのは、たまたまであって、一歩間違えれば重大な結果が生じていた」という主張が展開されます。例えば、「飲酒運転をして怪我人が出なかったのは、たまたまであって、一歩間違えれば死人すら出てもおかしくなかったのだから、怪我人が生じていないことを過度に重視すべきではない。」などといった主張です。

 この論法が通用するとすれば、凡そ懲戒処分・退職金支給制限処分の適法性は、行為の危険性だけをみることになり、結果が処分量定の考慮事情になることと矛盾すると思われますが、この論法は割と至るところで提示されます。

 これを、

「発覚しなければ生じ得た被害を過度に重視することは相当ではない」

と排斥した点も、他の事案に応用可能な判示だと思います。

 公務員の退職手当は勤続年数が長いと相当高額に及ぶため、やった非違行為との関係で退職金の支給制限処分が重すぎるのではないかと思われることは少なくありません。

 非違行為をしてしまったとしても、どのような処分でも甘受しなければならないというわけではありませんし、「幾ら何でも・・・」と違和感を持った場合には、処分の適法性を争うことができないか、弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所でも、相談を、お受け付けしています。