弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

無期転換逃れを指導する行政(地方公共団体)、それに唯々諾々と従う公益法人

1.無期転換逃れ

 労働契約法18条1項本文は、

「同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約・・・の契約期間を通算した期間・・・が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。」

と規定しています。

 簡単に言うと、有期労働契約が反復更新されて、通算期間が5年以上になったら、労働者には有期労働契約を無期労働契約に転換する権利(無期転換権)が生じるということです。

 この無期転換権が発生することを忌避して、使用者が無期転換権の発生直前に雇止めを行うことを俗に「無期転換逃れ」といいます。

2.立法者意思と行政解釈は無期転換逃れに否定的

 使用者が無期転換逃れのための雇止めをするのではないかとの懸念は、立法初期の段階から指摘されていました。

 そのため、平成26年10月28日、参議院厚生労働委員会は「専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法案に対する附帯決議」の中で、

「無期転換ルールの本格的な適用開始に向けて、労働者及び事業主双方への周知、相談体制の整備等に万全を期すとともに、無期転換申込権発生を回避するための雇止めを防止するため、実効性ある対応策を講ずること。」

を明記しました。

 また、平成27年8月7日、厚生労働省は、

「平成25年4月から施行された無期転換ルールについては、無期転換申込権が発生する直前の雇止めについて懸念があることを踏まえ、平成26年2月14日付け労働政策審議会建議『有期労働契約の無期転換ルールの特例等について』・・・において、『雇用の安定がもたらす労働者の意欲や能力の向上や、企業活動に必要な人材の確保に寄与することなどのメリットについて十分に理解が進むよう一層の周知を図ること』や『有期契約労働者やその雇用管理の担当者にも内容が行き届くよう、効果的な周知の方法を工夫すること』等が厚生労働行政に求められている。」

「また、平成26年10月28日付け専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法案に対する参議院厚生労働委員会附帯決議・・・においても政府は『無期転換ルールの本格的な適用開始に向けて、労働者及び事業主双方への周知、相談体制の整備等に万全を期すとともに、無期転換申込権発生を回避するための雇止めを防止するため、実効性ある対応策を講ずること』を求められているところである。」

「こうした状況を踏まえ、厚生労働行政としては、引き続き労働契約法の内容について周知を図るとともに、特に無期転換ルールについては、事業主や雇用管理担当者(以下、「事業主等」という。)、有期契約労働者に対し、円滑な無期転換の促進に向けた積極的かつ効果的な周知啓発を行うこととする。

との通知を発出しました(地発0807第3号/基発0807第1号/職発0807第1号/ 都道府県労働局長あて厚生労働省大臣官房地方課長・厚生労働省労働基準局長・厚生労働省職業安定局長通知「労働契約法の『無期転換ルール』の定着について」)。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc2180&dataType=1&pageNo=1

3.グリーントラストうつのみや事件

 立法者意思にしても、行政解釈にしても、無期転換逃れを行うことには否定的な見解を出しています。

 そうであるにもかかわらず、近時公刊された判例集に、目を疑いたくなる裁判例が掲載されていました。宇都宮地判令2.6.10労働判例ジャーナル101-1 グリーントラストうつのみや事件です。何が特徴的なのかというと、無期転換権の発生を防止するために宇都宮市が被告公益財団法人の有期雇用労働者の雇止めを指導したことです。

 本件で被告となったのは、宇都宮市内に主たる事務所を置いて設立された公益財団法人です。

 原告になったのは、被告公益財団法人の非常勤職員として有期労働契約を締結し、これを反復更新していた方です。被告事務次長らから、

「5年のルール(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換を定める労契法18条所定のルールのこと)が同年4月1日から施行されるので、原告については今度更新すると長期雇用となってしまうので、市の人事課から人員を整理するよう指導があった」

との理由で雇止めを通知され、これに納得できないとして雇止めの無効・地位確認等を求める訴訟を提起しました。

 裁判所は、労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があることを認めたうえ、次のとおり判示し、雇止めの効力を否定(地位確認請求を認容)しました。

(裁判所の判断)

「本件労働契約・・・は有期労働契約であるが、労契法19条2号に該当し、労働者たる原告の雇用継続に対する期待は合理的な理由に基づくものとして一定の範囲で法的に保護されたものであるから、特段の事情もなく、かかる原告の合理的期待を否定することは、客観的にみて合理性を欠き、社会通念上も相当とは認められないものというべきである。」

「・・・被告は、・・・被告の財政基盤は一般企業などとは異なり脆弱であって、およそ安定していないのか実情であって、労契法18条1項により非常勤嘱託員を期間の定めのない労働契約の労働者として雇用を継続することは著しく困難である旨主張する。」

「確かに、労契法19条各号により雇用継続の期待が保護される有期労働契約においても人員整理的な雇止めが行われることがあり、・・・本件雇止めも、かかる人員整理的な雇止めとして実行されたものということができる。そうすると、その審査の在り方(厳格性)はともかく、本件雇止めにも、いわゆる整理解雇の法理が妥当するものというべきであるから、〔1〕人員整理の必要性、〔2〕使用者による解雇回避努力の有無・程度、〔3〕被解雇者の選定及び〔4〕その手続の妥当性を要素として総合考慮し、人員整理的雇止めとしての客観的合理性・社会的相当性が肯定される場合に限り、本件雇止めには上記特段の事情が認められるものというべきである。」

「・・・非常勤嘱託員の報酬(給与)は、宇都宮市からの補助金によって賄われていたところ、被告は、本件雇止めに当たって、宇都宮市の人事課から原告につき労契法18条1項が適用され、それまでの有期労働契約が期間の定めのない労働契約に転換されないよう人員整理を行うべき旨の指導を受けていたというのであるから、被告には上記人員整理のため本件雇止めを行う必要性が生じていたことは否定し難い。」

「しかし、上記原告の業務実態は、本件各労働契約締結のかなり早い段階から、非常勤としての臨時的なものから基幹的業務に関する常用的なものへと変容し、その雇用期間の定めも、雇止めを容易にするだけの名目的なものになりつつあったというのであるから、〔1〕人員整理のため本件雇止めを行う必要性をそれほど大きく重視することは適当ではない上、〔2〕本件雇止め回避努力の有無・程度、〔3〕被雇止め者の選定及び〔4〕その手続の妥当性に関する審査も、これを大きく緩和することは許されないものと解されるところ、・・・被告は、財政援助団体である宇都宮市(人事課)からの指導を唯々諾々と受入れ、本件の人員整理的な雇止めを実行したものであって、その決定過程において本件雇止めを回避するための努力はもとより、原告を被雇止め者として選定することやその手続の妥当性について何らかの検討を加えた形跡は全く認められないのであるから、これらの事情を合わせ考慮すると、人員整理を目的とした本件雇止めには、客観的な合理性はもとより社会的な相当性も認められず、したがって、本件雇止めに上記特段の事情は存在しないものというべきである。
(4)以上によれば、本件労働契約〔6〕の更新申込みに対する本件雇止めは、労契法19条柱書にいう『客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき』に当たるものというべきである。」

4.公共部門の法務は案外脆弱かもしれない

 民間企業が無期転換逃れをするのは昔から想定されていたことで、(適切かは別として)別段、驚くようなことではありませんが、公共部門、地方公共団体が無期転換逃れを主導するというのは意外でした。無期転換逃れが立法者意思にも行政解釈にも反していることは明らかだからです。真の目的が無期転換逃れにあったとしても、それを堂々と言うことは憚られるので、普通は何かもっともらしい別の理屈を構築して、わかりにくいように雇止めにします。

 しかし、宇都宮市の人事課も被告公益財団法人も、無期転換逃れであることを堂々と原告に伝えています。

 ここまでストレートに無期転換逃れであることを伝えていることからすると、無期転換逃れを目的とする雇止めについて、そもそも何の問題意識も持っていなかった可能性が疑われます。

 最近は自治体にも法曹資格を持った職員が入りつつありますが、まだ法専門家との繋がりが薄い自治体も少なくありません。宇都宮市規模の自治体ですら、参議院附帯決議・厚生労働省通知に反する行政指導を行ったことからすると、適法性に疑義のある形で雇止めを主導している自治体が他にあったとしても不思議ではありません。

 公共部門の判断には誤りがないと諦めがちですが、法務が案外脆弱であることもあるため、不本意な形で雇止めを受けた方は、一度、弁護士の元に争える余地がないのかを相談してみても良いかも知れません。