弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

退職金不支給処分・返納命令の処分事由説明書の記載を軽信するのは危険

1.処分事由の追加主張

 職員に対して不利益処分が行われる場合、処分権者には「処分の事由」を記載した「説明書」を交付する義務があります(国家公務員法89条1項、地方公務員法49条1項)。

 懲戒・分限などの不利益処分を受けた公務員が、不服申立を行うのか否かを判断するにあたっては、この「説明書」を精査検討することが出発点になります。

 しかし、いざ不服申立手続をとると、この「説明書」に記載されていない事由が縷々主張されることがあります。

 こうした取扱いは、果たして適法なのでしょうか。

 これは講学上、処分事由の追加主張と呼ばれている論点です。

 国家公務員法の概説書は、

「判例は、処分説明書に記載のない事実についての追加主張を何らの限定なしに認めるものもあるが・・・、その大勢は、基本的処分事由たる事実については、処分説明書記載の事実と同一性のない事実を後の争訟過程で追加主張することはできないが、情状事実については、処分説明書に記載のない事実も主張することができるとしている」

との現状認識を示しています(森園幸男ほか『逐条 国家公務員法』〔学陽書房、全訂版、平27〕772頁)。

 また、

「懲戒処分の場合は、具体的な行為の責任を問う処分であるので、処分説明書に明示された行為以外の行為を処分理由として追加することは、一般に、処分説明書に記載された事実と基本的事実関係において同一性を有する事実の範囲にあるものとは評価されないことになろう。」

との解釈も示してます。

 地方公務員法の概説書も、

「懲戒処分の場合は、具体的な行為の責任を問う処分であるので、明示された行為以外の行為を追加することは問題である。処分者が処分当時把握しており、その責任を問う意思であった事実以外の事実が後になって判明したときは、これについて別途懲戒処分を行うべきであり、追加理由とすることは消極に解すべきである」

との理解を示しています(橋本勇『逐条 地方公務員法』(学陽書房、第4次改訂版、平29〕867頁参照)。

 このように不服申立段階で「説明書」に記載された処分事由以外の事由を追加主張することに関しては、法は積極的な評価を与えていません。

2.懲戒免職処分と退職金不支給・返納命令処分との関係ではどうか

 それでは懲戒免職処分と退職金不支給・返納命令処分との関係ではどうでしょうか。

 国家公務員退職手当法では、懲戒免職処分等が退職手当の支給制限事由として掲げられています(国家公務員退職手当法12条、同報14条参照)。また、地方公務員の場合でも、多くの地方公共団体においては、条例で似たような制度設計がなされています。

 こうした仕組みのもと、懲戒免職処分の処分事由として掲げていなかった事実を、退職金不支給・返納命令処分の事由として追加することは可能なのでしょうか。

 昨日ご紹介した札幌地判令元.11.12判例タイムズ1471-48は、この問題を考えるうえでも有益な示唆を与えてくれます。

3.札幌地判令元.11.12 判例タイムズ1471-48

 本件は退職手当返納命令に対する取消訴訟です。

 原告になったのは、教育委員会の元職員の方です。定年後再任用された後、在職中の非違行為が発覚して懲戒免職処分を受け、それに引き続く形で、退職金返納命令を受けました。この方は懲戒免職処分は争っておらず、退職手当返納命令だけを問題にしています。

 懲戒免職処分の処分事由説明書には、

① 偽造した校長、教頭の私印を用いて、私費会計(PTA会計等のこと)の事務処理を紅潮の決済を受けることなく繰り返し単独で行ったこと等、

② 私費会計から関係団体に支払う負担金や業者への支払金を原告の個人口座に入金し、その口座から関係団体等へ振り込むことによって、振込手数料の差額を横領したこと、

③ 体育科実習費を預金していたC信用金庫の口座を解約した際、解約残金を新設した口座に入金せず、使途不明とした、

ことが記載されていました。

 退職金返納命令を行うに先立って発出された聴聞通知書には、①~③の各事由が記載されていました。

 しかし、聴聞を経て行われた退職金返納命令の命令書には、①、②の非違行為しか記載されていませんでした。

 この退職金返納命令に対して原告が審査請求を行ったところ、処分行政庁から、③のほか、

④ 私文書偽造等により自己負担すべき物品等を私費会計に負担させ、私的流用を行ったこと、

⑤ その他の使途不明金を発生させたこと、

が処分事由として追加主張されました。

 そして、処分行政庁による処分事由を①~⑤とする主張が、審査請求の棄却採決後の取消訴訟でも維持されたという経過が辿られています。

 当然、原告側は③~⑤が処分事由とされることに文句を言うのですが、裁判所は、次のとおり述べて、③~⑤のいずれについても、退職金返納命令の処分事由になると判断しました。

(裁判所の判断)

-③を処分事由とすることについて-

「確かに、本件命令書には非違行為③に関する記載はない・・・。」

「しかしながら、上記・・・のとおり、本件処分は、本件懲戒処分を受けて行われたものであるから、その処分理由となる非違行為が本件処分の処分事由と同一であることは、特段の事情のない限り、被処分者である原告にとっても明らかであったというべきである。そして、非違行為③については、本件懲戒処分の処分事由の一つとされており、本件命令書に非違行為③を処分理由から除外することをうかがわせる文言はなく、他に上記特段の事情の存在は伺われない。

-④、⑤を処分事由とすることについて-

「本件懲戒処分の処分事由説明書においては、非違行為④、⑤は記載されていないところ、このような重大な事実をあえて処分事由説明書に記載しない合理的な理由は見当たらない。そうすると、処分行政庁においては、本件懲戒処分をするに当たって、非違行為④、⑤につえも処分事由とすることが検討されたものの、結局あそれは見送られたとみるほかないのであって、本件懲戒処分において非違行為④、⑤が処分事由になっていたと認めることはできない。」

「本件懲戒処分を受けて行われた本件処分についてみても、本件聴聞に先立ち原告に示された本件通知書には非違行為④、⑤に関する記載はなく、本件退職手当返納命令の理由として非違行為④、⑤に関する説明があったことはうかがわれない。加えて、前期・・・のとおり、本件処分理由が記載された本件命令書においても、非違行為④、⑤は理由として明記されていないのである・・・。」

「そうすると、非違行為④、⑤が本件処分の処分理由になっているとは認められない。」

(中略)

「本件条例12条1項1号、15条1項2号によれば、退職手当返納命令処分は『当該退職をした者が行った非違』の内容等を勘案して行われるものであるところ、上記処分は懲戒免職等訴分を前提とするものであるから、上記各条項にいう『当該退職をした者が行った非違』とは、懲戒免職等処分の処分事由となった非違行為と同一であることが当然に想定されているというべきである。一方、上記各条項によれば、退職手当返納命令処分を行うに当たっては、非違の内容程度のほか、被処分者の勤務状況や非違後の言動当を勘案するものとされているのであるから、懲戒免職等処分の処分事由となっていなかった非違行為がある場合、これをいわば情状事実をとして勘案して処分の内容を決することも、上記各条項の下では想定されているというべきである。

したがって、本件においても、被告が非違行為④、⑤についても本件処分の処分理由として主張することは許され、裁判所もこれを考慮して本件処分の適法性を判断することができると解するのが相当である。

4.退職手当不支給処分・返納命令の説明書の処分事由の記載はあてにならない

 裁判所は、退職手当返納命令の処分事由の説明書に記載されていなくても、懲戒免職と連動するシステムがとられていることから、懲戒免職処分の処分事由の説明書に記載されている処分事由は、退職手当返納命令の処分事由にもなると判示しました。

 また、退職手当返納命令を行うにあたっての考慮要素が懲戒免職処分を受けたこと以外にも広がっていることを捉え、懲戒免職の処分事由以外の事由を退職手当返納命令の処分事由として処分行政庁が主張することも問題ないとしました。

 こうなってくると、退職手当の不支給処分・返納命令の処分事由説明書の記載は、事件の見通しを考えるにあたり、殆ど役に立たないことになります。懲戒免職処分の処分事由説明書に記載されていることがゾンビのように復活してきたり、説明書に記載されていないことが「情状事実」の名のもとに際限なく出されてきたりするからです。

 公務員の退職手当の不支給処分・返納命令を争う事件では、大きな金額を取り扱うことが少なくありません。本件でも、返納が命じられた金額は、2618万8547円にも及んでいます。

 金額規模の大きな事件を受任するにあたっては、普段以上に見通しを慎重に精査検討し、依頼人に伝えて行くことが必要になります。本件のような処分事由説明書の記載が許容されると、事件の結論の予測精度が著しく悪くなるため、弁護士にとっては非常に困ります。

 この種の事件を取り扱う弁護士は、退職金不支給処分・返納命令の説明書の処分事由の記載を鵜呑みにして事由の質量がこの程度なら勝てると軽信すると、火傷しかねないことを意識しておく必要があるのだと思われます。