弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員の飲酒運転-懲戒免職処分は適法でも退職手当の全部不支給処分は違法とされた例

1.飲酒運転に対する処分の厳格化とその反動

 飲酒運転による凄惨な事故が相次いだ影響で、国も自治体も、公務員による飲酒運転に対しては、かなり厳しい姿勢をとっています。

 自治体によっては、人身事故などの具体的被害が生じていなくても、酒気を帯びて運転をすれば、それだけで懲戒免職処分・退職手当全部不支給処分をしているところもあります。

 しかし、他の非違行為との関係で飲酒運転だけが突出して重く処分されるというアンバランスな状況が目立つようになり、その反動からか、行き過ぎではないかということで、裁判所が処分の見直しを迫る例が一定数出されるようになっています。近時の公刊物に掲載されていた、長崎地判平31.4.16労働判例ジャーナル91-52 長崎県・長崎県教委事件もその一つです。

2.長崎県・長崎県教委事件

(1)事案の概要

 本件の原告になったのは、県立高校の教諭の方です。

 酒気帯び運転をして信号待ちの最中に寝入ってしまったところ、通報を受けた警察から呼気検査を受け、検挙されました。

 その後、長崎県教育委員会から、酒気帯び運転をしたことを理由に、懲戒免職処分・退職手当の全部不支給処分を受けました。

 これに対し、あまりに処分が重いのではないかとして、懲戒免職処分・退職手当の全部不支給処分の取消を求めて提訴したのが本件です。

 長崎県教育委員会では、酒気帯び運転について、以下のような規定を持っていました。裁判所が認定した関係法令等は次のとおりです。

(県教育委員会の懲戒処分の標準例)

「県教委懲戒基準は、交通事故・交通法規違反関係に対する標準例のうち『酒気帯び運転をした教職員』の標準例は、免職とする旨定めている」

(長崎県職員の懲戒処分の指針)

「長崎県懲戒指針(平成30年1月1日施行)は、長崎県職員の懲戒処分の指針として、県教委懲戒基準と同様に基本的な考慮事項及び標準例を示しており、飲酒運転・交通事故・交通法規違反関係のうち、酒気帯び運転をした職員については、免職とする旨定めている」

(職員の退職手当に関する条例)
本件条例12条1項は、懲戒免職処分を受けた場合等の退職手当の支給制限について、退職をした者が、懲戒免職処分を受けて退職した者であるときは、当該退職に係る退職手当管理機関(法令の規定により職員の退職の日において当該職員に対して懲戒免職処分を行う権限を有していた機関)は、当該退職をした者に対し、当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任、当該退職をした者の勤務の状況、当該退職をした者が行った非違の内容及び程度、当該非違に至った経緯、当該非違後における当該退職をした者の言動、当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響を勘案して、退職手当の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる旨定めている。

(長崎県人事委員会委員長通知「職員の退職手当に関する条例の運用について」)
「本件運用通知(本件条例12条関係)1項及び2項は、本件条例12条については、非違の発生を抑止するという制度目的に留意し、退職手当の全部を支給しないこととすることを原則とする旨定め、また、退職手当の一部を支給しないこととする処分にとどめることを検討する場合は、当該退職をした者が行った非違の内容及び程度について、次のいずれかに該当する場合に限定する旨定め、その場合も公務に対する信頼に及ぼす影響の程度に留意して慎重な検討を行うものと定めている。」

 原告の方に対する懲戒免職処分・退職手当の全部不支給処分は、上記の条例や裁量基準に基づいて行われたものでした。

(2)裁判所の判断

 原告の請求に対し、裁判所は、次のように述べて、懲戒免職処分は適法であるが、退職手当の全部不支給処分は行き過ぎで違法だと判示しました。

(判決要旨)

-懲戒免職処分関係-

「本件非違行為の内容は、友人との会食の際、午後2時頃までに缶ビール4本、焼酎1本という相当量の飲酒をし、それから1時間足らずしか経過していない午後2時50分頃、酒気帯びの状態であると認識しながら、自動車を約3.6kmにわたり運転し、検挙された時点でその呼気からは酒気帯び運転の基準値(0.15mg/l)の2倍以上に当たる量(0.35mg/l)のアルコールが検出されたというものである。このような行為の態様に照らせば、本件非違行為は、原告の職の信用を傷つけ、職全体の不名誉となる信用失墜行為(地方公務員法29条1項1号、33条)及び全体の奉仕者たるにふさわしくない非違(同法29条1項3号)に当たるものと認められる。」
「そして、原告は、飲酒後にスパ施設又は乗用車内で休憩しようとしたものの、寒く、寝心地が悪かったため、別の場所で休憩したいという理由で、タクシー又は運転代行業者の利用等、自動車を運転しない他の手段を特段検討することなく、自動車を運転するに至っており、本件非違行為は故意に基づくものであることはもとより、その動機も安易といわざるを得ない。また、前記アルコール濃度の高さに加え、原告の走行経路は幹線道路(SSKバイパス)で、原告は長い車列(90m程度)内で信号待ち中に検挙されたもので、当時は相当量の交通量があったと推認されることも考慮すると、原告の酒気帯び運転の態様は相当危険なものであったといえる。現に、原告は、本件非違行為により罰金30万円の刑に処せられている。」
「加えて、公立学校の教職員は、児童生徒を指導教育し、その心身の健全な発達や育成に努める責務を負い、高い倫理観、自律が期待されるところであり、そのため、非違行為抑止等の観点から飲酒運転に対する処分の標準例を免職とする県教委懲戒基準が定められ、原則懲戒免職という厳正な対処がされることを含めて注意喚起等による飲酒運転根絶の取組みが繰り返し続けられてきたものであることを考慮すると、そのような中でされた本件非違行為については、教職員の公務に対する児童生徒、保護者及び社会一般からの信用を大きく損なうもので、公務の遂行に及ぼす支障の程度も決して小さいものではないといえる。 」
「他方で、原告は当初、民宿への宿泊やスパ施設での休憩等を考えていたもので、本件非違行為に計画性まではうかがわれないこと、本件非違行為は原告が友人との会食の帰りに生じた私生活上のものであり、また、幸いにして交通事故等の重大な結果は生じていないこと、原告は管理職員ではなく、29年余り教職員として勤務を続ける間に懲戒処分歴もないこと、原告は本件非違行為の後、事情聴取に誠実に対応し、反省の情を示していることなど、原告にとって酌むべき事情も相応にあるとはいえるものの、前記の事情と総合考慮すると、本件懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとはいえず、懲戒権者の裁量権の範囲を超え、又はこれを濫用したものとして違法であるということはできない。

-退職手当全部不支給処分関係-

「本件非違行為に当たる酒気帯び運転の行為は、故意の犯罪行為であり、その動機は安易で、その態様も危険なものであって、原告はこれにより罰金刑という刑事処罰も受けていること、公立学校教諭という原告の職責に照らして本件非違行為は児童生徒及び保護者ひいては社会一般に対する公教育の信用を大きく損なうもので、公務の遂行に与える影響も小さくないといえることは前記2のとおりであることからすれば、非違の抑止の観点に鑑み、原告の退職手当の支給が相当程度制限されることはやむを得ないものというべきである。」
「しかし、他方において、原告の酒気帯び運転の行為に計画性はうかがわれないこと、本件非違行為が職務と関連しない私生活上の非違行為であって、物損、人身を問わず事故を伴っていないことなどからすると、本件非違行為は、その内容及び程度の点で、酒気帯び運転のうちでも重大、悪質な部類に属するものとまではいい難い。また、原告は検挙された後は校長等による事情聴取にも誠実に協力し、一貫して反省の情を示している。さらに、原告は、採用以来29年余りにわたり高校教諭として活動し、最終の職場における評価は高いといえないものの、懲戒処分歴はなく、与えられた職務や生徒指導は重大な問題なく行ってきたものと推認されること、原告は管理職ではないこと、原告は本件不支給処分当時、57歳であり、新たに安定した職を探すことは容易でない年齢にある一方で、本件不支給処分により約1652万円に上る退職手当の受給権を失うことになることも併せ考慮すると、本件非違行為が原告の永年勤続の功を全て抹消し、賃金後払いや生活保障の要請を全て否定するほどの重大なものとまではいい難いというべきである。」

(中略)

「以上を総合すると、原告の退職手当の全部を不支給とした県教委の判断については、考慮を要する事項について適切な考慮を欠いた結果、重きに失するに至ったものということができるから、社会観念上著しく妥当性を欠くものであり、その裁量権を逸脱し、又はこれを濫用してされたものというべきである。」

3.退職手当不支給の許容性は懲戒免職の許容性よりも狭い

 公務員の退職手当は、

「一般に、勤続報償としての性格、賃金の後払いの性格及び退職後の生活保障の性格を併せ有するものと解され」

ています。非違行為によって在職中の功績が没却されたからといって直ちに生活保障や賃金後払いを全くしなくてよいということにならないため、退職手当の不支給処分の可否は、懲戒免職処分の可否よりも、更に厳格に理解されています。本件も、一部不支給であれば適法だったとは思いますが、全部不支給にするのは行き過ぎで違法だとされました。

 公務員の退職手当は金額も大きく、全部不支給処分を受けるとなると、文字通り今後の生活の見通しが立たなくなってしまうことがあり得ます。

 飲酒運転は決して軽く見られてよい非違行為ではありませんし、非違行為に対して責任をとることは必要ですが、あまりに過酷な処分に対して見直しを求めることは、決して責められることではないだろうと思います。お悩みの方がおられましたら、一度、弁護士のもとに相談に行ってみることをお勧めします。